13 滅びの国Ⅳ
国内に魔物が出始めたという報告を、アーサーはそれほど重要視していなかった。
魔物など、以前から出ていたはずだ。
今さら何を騒いでいるのかと、その報告をしてきた者を怒鳴りつけたくらいだ。
だが、思っていたよりも事態は深刻だった。
魔物は町にまで侵入し、人的被害が出た。
町に出没した魔物は郊外ではよく見かけるもので、それほど強い魔物ではなかったはずだ。
それなのに町を襲った魔物は、今までのものとは桁違いに強く、警備団程度では対応できなかったようだ。
仕方なく騎士団を派遣して討伐させたが、思っていたよりも手間取り、多数の怪我人が出てしまった。
被害は大きかったが、あれほど強い魔物はそう出ないだろう。それを討伐できたことを喜ぶべきだ。
アーサーはそう思っていた。
それなのに。
翌日から次々に、魔物による被害の報告が上がってきた。
これだけの数だ。警備団はもちろん、騎士団にも対応できるようなものではない。
冒険者たちに報酬を出して討伐させるしかなかった。
「なぜ、こんなことに……」
これでは、昔のロイダラス王国に戻ったようなものだ。
父が魔物の討伐に苦労をして、冒険者たちや他の国の力を借りながらも必死に被害を食い止めようとしていた、昔を思い出す。
「あの頃とは違う。今、この国には聖女がいる。それなのになぜだ!」
アーサーは怒りの感情を抑えきれず、報告書の山を床に叩きつけると、そのまま聖女のいる部屋に向かった。
神殿が改装中のため、聖女マリーレは王城に滞在している。
大神官は遠ざけたが、マリーレは何かと理由をつけて彼を呼び出しているようだ。
それもまた、アーサーを苛立たせる原因となっていた。
部屋を守る騎士に扉を開けさせると、アーサーは聖女の部屋に入った。
美しく着飾った聖女マリーレは、突然現れたアーサーに驚き、非難するような視線を向けてきた。
「王太子殿下。今は、祈りの時間なのです。聖女様の祈りを妨げてはなりません」
今日も聖女の傍にいた大神官が、咎めるようにそう言う。
だがアーサーは、彼を乱暴に突き飛ばすと、マリーレの元に詰め寄った。
「……っ」
不満そうな顔をしていたマリーレは、頼りにしていた大神官が目の前で突き飛ばされたところを見て、途端に怯えたような目をする。
「お前が本当に聖女なら、なぜ国内で魔物が暴れているのだ」
「わ、わたくしはちゃんと祈りを……」
「効果のない祈りなど、何の意味もない。きちんと役目を果たせ。これ以上魔物が増えるようなら、お前も、この大神官も、聖女を騙った罪で処刑だ」
「そ、そんな……」
マリーレは狼狽えたように大神官を見るが、彼も真っ青な顔で震えるだけだ。
「聖女なら、それくらいできるはずだ」
そんなふたりを見て、アーサーは冷たく言い放つ。
たしかに、聖女は貴重な存在だ。
ロイダラス王国の中で聖女が誕生したことは、喜ばしいことである。
だが、役に立たない聖女など必要ない。
(これなら、ミラのほうがよほど……)
追放した聖女の顔を思い浮かべて、アーサーは悔しそうに歯噛みする。
マリーレがこれほど役立たずだとわかっていれば、彼女をわざわざ手放すことなどしなかったのに。