2-48 (第二部 完)
「わたくしも、ジェイダー様のお気持ちがわかります」
ふと憂い顔になったオーリアは、そう言って目を潤ませる。
「わたくしもマリーレも、ミラ様と離れるのはつらいですから」
「オーリア様」
ミラは、マリーレがもう逃げ回らなくてもよいように、彼女を一度王都に連れてきて、ジェイダーとオーリアに事情を説明した。
彼女はディアロ伯爵に利用され、聖女であると思い込まされていただけ。そう説明したミラに、ジェイダーとオーリアも納得してくれた。
それに彼女を罪人として投獄したアーサーは、自分が国を混乱させた張本人として、地方に幽閉されている身であり、ディアロ伯爵は王都が魔物に襲われた際に、命を落としている。
オーリアは、新しく聖女となったマリーレにあまり良い感情を抱いていなかった。
けれどその話を聞き、最後の聖女クリスティーと似たような境遇にすっかり同情したらしく、彼女を庇護することにしたようだ。それに聖女ではなかったが、治療師としての彼女は優秀であり、オーリアの助けとなってくれるだろう。
そしてふたりとも、ミラを姉のように慕ってくれている。姉しかいなかったミラも、まるで妹がふたりできたようで、楽しかった。
「ミラ様と、もう簡単に会うことができないなんて……」
俯くオーリアは本当に寂しそうで、抱きしめたくなる。
「大丈夫。もしふたりに危険が迫ったら、すぐに助けに行くわ」
ミラも寂しくはあったが、いつまでもここにいるわけにはいかない。母も姉も心配しているだろうし、兄もエイタス国王として、あまり長く国を空けることはできない。
「ミラ様。ひとつだけお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ。何でも聞いて」
寂しそうに俯いていたオーリアが、ふと何かを思いついたように尋ねてきた。
「ミラ様とラウルさんって、恋人同士なのでしょうか?」
「!」
優雅に紅茶を飲んでいたミラは、その瞬間、控えていたシスターが慌てて飛んでくるほどむせてしまった。
「まあ、ミラ様。大丈夫ですか?」
「え、ええ。……大丈夫」
ラウルとの関係。
ミラは自分の中にある答えを探して、じっくりと考えてみる。
恋人同士では、ない。
でも、もちろんただの護衛でもない。
魔物からこの世界を守りたいというミラの目的を理解して、それを支えてくれるかけがえのない存在だ。
ラウルが傍にいてくれると、ミラはもっと強くなれる。
ふたりで、これからも旅を続けていくつもりである。
「これからの人生をともにする、大切なパートナー、かしら」
そう告げると、オーリアだけではなく、慌てて駆けつけてきたシスターも、悲鳴のような歓声を上げて、頬を染める。
「恋人どころか、もう将来を誓い合って……。素敵ですね」
「え? ええ」
何だか盛り上がりすぎてて気になるが、深く追求はしなかった。
そして、とうとう王都を出発する日が来た。
ジェイダーは兄に何度も頭を下げて礼を言い、ミラはオーリアとマリーレに左右から抱きしめられて、どうしたらいいかわからない状態だ。
ラウルというと、騎士や衛兵達に肩を叩かれ、何やら激励されているようだ。
聖女を射止めるなんてさすがだと言われ、ラウルが困惑した目でこちらを見ているが、ミラもどう答えたらいいのかわからない。
「そろそろ出発するぞ」
兄に声を掛けられて、ミラはオーリアとマリーレをひとりずつ抱きしめてから、馬車に乗り込んだ。
ここからは、ジェイダーが用意してくれた馬車で、エイタス王国の国境まで向かう。
たくさんの人達に見送られ、馬車はゆっくりと王都を後にする。
ラウルと初めて出会った町を通り過ぎた。
エイタス王国からギルド員が駆け付け、ギルドを不法占拠していた男達は、一人残らず捕らえられたようだ。あの受付の女性は、ギルドの再建で大忙しらしい。
氷漬けになったドラゴンの傍を通り過ぎる。
あのドラゴンは、本当にロイダラス王国の復興のシンボルになるようだ。
馬車は山道を通らずに、大きく道を迂回していく。
道中、いくつもの町を経由し、復興が確実に進んでいることを見ることができて、安堵する。
この国は滅びの手から逃れ、蘇ろうとしている。
そうして、ジェイダーが守っていた町に帰る。
別れた頃よりもしっかりした子ども達におかえりなさいと言われ、ミラはひとりずつ抱きしめた。
魔物の襲撃もなく、平和だったようだ。
兄の護衛騎士達は、兄が無事に戻ってきたことに安堵していた。この兄の護衛騎士は、本当に大変な仕事かもしれない。
町で一泊し、ひさしぶりに子ども達と一緒に料理をして、それから町を立つ。
今まで町を守っていた護衛騎士がいなくなってしまうが、町の人達に不安はないようだ。
ジェイダーがきっと、この国を立て直してくれる。そう信じているようだ。
こうしてロイダラス王国での旅は終わりを迎え、ミラはラウルとともに、ようやくエイタス王国に帰還する。
(お母様とお姉様を、どうやって説得しようかしら……)
そんなことを考えるミラの瞳は、懐かしい故国を映していた。
6/24に2巻が発売されます!
書籍版はミラが祖国に帰ってからの出来事を加筆しています。
電子書籍には特典もつく予定です。詳細は情報が出次第、お知らせいたします。
どうぞよろしくお願いします。




