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「ラウルは大丈夫だった?」
「ああ。俺は少し、光に当てられただけだ」
「エリアーノは……」
「おそらく、光の中で消滅した」
「そんな……」
結局彼女を助けられなかったのかと、ショックを受ける。それを慰めるように、ラウルの手がミラの頭をそっと撫でた。
「エリアーノはもう、魂まで魔に染まっていた。それが一時的にでも、人としての意識を取り戻したのは、ミラの魔法のお蔭だ。グリーソン公爵令嬢に巣食った魔を払ったとき、彼女の闇の一部を消滅させたからだ」
あのとき、断末魔のような叫び声が聞こえたことを思い出す。
「あれは、彼女の?」
「そうだ。そうでなければ、ただの魔物として終わるはずだった」
多くの人を死なせ、オーリアも魔物に変えようとしていたエリアーノは、もう人間ではなくなっていたのか。
「ミラのお蔭で人としての意識を取り戻し、闇から解放され、光のもとに還った。過去の憎しみ、悲しみからも解放され、今度こそ幸せになるために生まれ変わるだろう」
「私は、彼女を助けることができたの?」
「……間違いなく。そうでなければ、聖女が復活するはずがない」
「うん……」
エリアーノの魂は浄化され、光に還ったからこそ、オーリアに聖女の力が宿ったのだ。
「ラウルは、大丈夫?」
エリアーノは、彼の祖国だったリーダイ王国を滅ぼす原因となっている。仇を取りたいと思っていたかもしれない。
「もしエリアーノが魔物と化していたのなら、躊躇なく倒せる。そう思っていた。だが、あれほどの悲しみを見てしまうと、俺には……」
ミラは黙って、ラウルの腕に抱きついた。
あれほどの悲劇を見てしまったあとに、優しいラウルが彼女を殺せるはずがない。それなのに、そんなことを聞いてしまったことを後悔した。
「それに、父にも少しは原因があったかもしれない」
「ないわ。国を思うリーダイ国王の気持ちを、過去にトラウマがあったエリアーノが、悪い方向に捉えてしまっただけよ。不幸なすれ違いだった。それだけよ」
「……」
ラウルは答えなかった。
彼の中で解決するには、まだ時間が必要かもしれない。
「お兄様が、そろそろ私達の役目は終わると言っていたわ。近々、エイタス王国に帰ることになると思うの」
「そうだな。この国はもう大丈夫だ」
「だから、その。ラウルも一緒に、エイタス王国に来てくれないかなって、思って」
ラウルのことだから、ミラがエイタス王国に帰ると言えば、先にリーダイ王国に向かってしまうかもしれない。だから、どうやったら彼と一緒に行くことができるか、ずっと考えていた。
「あの、宿代、とか。色々と借りていたものがあったから。護衛してもらった代金も支払わないといけないし」
「それは別に……」
「駄目。そういうのはちゃんとしないと。だから、一緒にエイタス王国に行こう?」
必死に頼み込むミラに、ラウルは声を上げて笑う。
「そんなに必死にならなくても、最初から一緒に行くつもりだ」
「え、本当に?」
「ああ。護衛の仕事は、無事にエイタス王国に送り届けるまでだと思っていたからな」
安堵と後悔が同時に押し寄せてきて、ミラは頬を染めて俯いた。
宿代を払うからエイタス王国まで来てほしいなんて、いくら何でも短絡的だった。
「だがそのあとは本当に、旅に出るつもりか?」
「ええ、もちろん。それは誰に言われても揺るがないわ」
母と姉に何を言われても、ラウルとともに旅に出るという意思は変わらない。
「そうか。だったら、これからもよろしく頼む」
「ええ、もちろん!」
ミラは笑顔で頷いた。
ロイダラス王国の問題は無事に解決したものの、まだまだ先は長い。それでもラウルと一緒なら、乗り越えていける。
ミラはそう信じていた。
出立の日が決まっても、それからまた忙しかった。
兄はジェイダーの地位固めに忙しく、その合間に剣を教えたり、国王としての心得を伝授したりして、ずっと彼に掛かり切りだった。
その献身ぶりは、兄を恐れていたオーリアさえ感心するものだったようだ。
「お兄様は、身内にはとても甘いのよ」
ミラは少し呆れながら、そう言う。
ともに旅をし、何かと相談に乗り、いつの間にか剣を教えていたジェイダーは、兄にとってはもう身内同然の存在になっていたようだ。
ジェイダーも兄がいたとはいえ、相手があのアーサーだったので、兄弟はいないようなものだった。本当の兄のように慕う姿は、微笑ましくもある。
だが、そうは言ってもジェイダーは他国の王族である。あまり肩入れし過ぎると、またあらぬ噂を招いてしまうかもしれない。
「それは、もう問題ありませんわ」
不安を口にしたミラに、オーリアは静かに首を振る。
「リロイド様とミラ様が、この国のためにどれだけご尽力くださったのか。皆、もう知っております。わたくしに聖女の力が宿ったのも、ミラ様がこの国を覆う闇を取り払ってくださったお蔭です。それに」
オーリアは言葉を切り、ミラを見てにこりと笑った。
「父はもう、失脚しましたし」
「……」
笑顔で言う彼女にどう答えたらいいのかわからずに、ミラも曖昧に笑う。
グリーソン公爵は、オーリアが最初に聖女となったとき、あまりにも独裁的だったせいで多くの味方を失い、今では王都ではなく海辺の領地に移動して、その復興に力を注いでいるという。
「父もまた、ずっと聖女の呪縛に囚われていました。聖女の家系にも関わらず、娘を授かったにも関わらず、聖女ではなかった。父はわたくしを責めていたのではなく、ずっと自分自身を責めていたのです」
ミラは、オーリアとグリーソン公爵には、エリアーノの正体を告げた。彼女の子孫として、知っておくべきだと思ったからだ。
最後の聖女クリスティーは、若くて病気で亡くなってしまったと伝えられていたらしく、夫による毒殺だったと聞いて、オーリアはとてもショックを受けていた。
「父はあの屋敷があった場所に、クリスティー様の墓所を建てるようです。クリスティー様と、そしてエリアーノ様の鎮魂のために」
エリアーノの魂は光によって浄化された。
今度こそ無垢な魂として、幸せになるために生まれ変わる。ミラはそう信じている。
明日、コミカライズの第2話が更新されます。
とても綺麗に丁寧に描いていただいているので、是非ご覧ください。
また、小説2巻が6/24に発売となります。
1巻よりも手に入りにくいと思うので、ご予約などしていただければ有難いです。
どうぞよろしくお願いいたします!




