12
山頂付近で一泊したあと、山を下りて町に向かう。
サリア達との契約は迂回路を通るまでなので、彼女達とは町で別れることになる。
「これからどうするの?」
腕が良くて親切なサリアと、寡黙だが剣の腕はたしかで、穏やかな人柄のバロックを雇うことができて、幸運だった。
そう思っていたミラに、サリアがそう尋ねる。
「私達、エイタス王国に向かう途中なの。だから、これから国境を目指す予定よ」
「エイタス王国? でも、あの国は移民を受け入れていないわ」
正確に言えば、移民を受け入れていないわけではない。
国がなくなってしまったリーダイ王国の人間に対する支援は、兄も積極的に行っている。
ただ、エイタス王国の国民を守ることを優先させているだけだ。
「私は、あの国の出身なの。だから、国に帰るだけだわ」
そう説明すると、サリアとバロックは、驚いたように顔を見合わせている。
「安全なエイタス王国から出て、わざわざこの国に?」
「実は、縁談で。でも、他にもっと彼にふさわしい女性を見つけたようで、一方的に婚約を破棄されて国に戻るところなんです」
聖女であること、王女であることを隠して、話しても構わないところだけ告げる。
「何よそれ。酷すぎるわ」
サリアはアーサーの仕打ちにかなり怒ってくれた。
「災難だったね。でも、そんな男と結婚しなくてよかったと思うしかないわ」
「うん、そうね」
優しくしてもらったことなど、もう忘れてしまう。
あれは彼の本性ではない。偽りの姿だったのだ。
「私達も、できるならエイタス王国に向かいたくて。途中まで、同行させてもらえないかしら」
「ええ、もちろん。とても心強いわ」
ミラはすぐに頷いた。
それから山を下り、ようやく町に入ることができた。今日はひさしぶりに宿屋に泊まって、ゆっくりと休むことにした。
ミラは町に着くとすぐに、兄に連絡を入れることにした。
なるべく私情を挟まずに、簡潔に事情を書いた手紙を届けてもらう。
崖崩れや山越えなどで、かなり時間が掛かってしまったから、今頃は定期連絡がないことを心配しているかもしれない。
兄や姉があまり心配しないように祈りながら、先を急ぐことにした。
幸いなことに、これから先もサリア達が同行してくれることになったから、心強い。
「ここまで違うと思わなかったわ」
だが、サリアはそう言って厳しい顔をしていた。
それは宿を引き払い、この町を出発しようとしていたときのことだった。
町の外から悲鳴が聞こえたのだ。
盗賊か、人さらいでも出たのかもしれない。
そう考えて勇ましく駆け出した警備兵の後ろ姿を、ミラも見ていた。
だが次の瞬間。
「ま、魔物だあっ」
先ほどの警備兵の悲鳴が聞こえてきて、町は騒然となった。
「まさか、こんな町の近くで?」
人々はそう言って騒ぎ出し、先を争って家の中に逃げ込んでいく。
「こんなところにも?」
サリアも信じられないとでも言いたげな顔をしていたが、ミラにしてみれば想定内のことである。結界もなくなり、瘴気も浄化していないのだ。
町の近くに出る魔物くらい、ミラの聖女の力で簡単に倒せる。
でもこんなに人目の多いところで、その力を使うのは危険かもしれないと思い直す。
「私達が行くわ」
夫である剣士のバロックとともに駆けて行ったサリアは、しばらくして帰ってきた。
町の近くに出没する魔物は、そう強くない。
だからミラも心配していなかったが、帰ってきたふたりは険しい顔をしていた。
「瘴気が強くなると、こんなに魔物の強さが違うなんて。町の近くでこうなら、もっと強い魔物が出たら、どうなるか……」
いつも寡黙なサリアの夫バロックも、同意するように深く頷いている。
「やっぱりなるべく早く、この国を出たほうが良さそうね。急ぎましょう」