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立て続けに大きな魔法を使ったミラはそのまま意識を失ってしまったようだ。気が付けばベッドの上で、前と同じように兄が見守っていた。
前と違って険しい顔をしているのは、二度目だからか。
「……お兄様」
「目が覚めたか? 具合はどうだ?」
厳しい顔とは裏腹に、優しく労わるような声だった。
「うん。大丈夫」
あれだけの力を使ったにも関わらず、魔力も体力も回復しているようだ。それどころか、前よりもさらに強くなったような気がする。
「あれから、どうなったの?」
「それは……」
オーリアからミラの伝言を受け取った兄は、急いでミラの後を追ったらしい。やっと港町に辿り着くと、ミラとラウルが倒れていた。
慌てて介抱し、人を呼んで王城に連れて帰り、目が覚めるまで付き添った。
兄は兄で、とても大変だったようだ。厳しい顔をしていたのは怒っていたのではなく、疲れていたのだろう。
「ごめんなさい。お兄様」
エイタス王国を出てから、何度こうして兄に謝ったかわからない。
「これがお前の役目ならば、仕方があるまい。だが、なるべく無理はしないでくれ」
「……うん」
どんなときも味方でいてくれる家族の存在が、どんなに有難いか。ミラは改めて思い知る。
「ラウルは?」
「彼はすぐに目が覚めたよ。ミラのことを心配していたが、眠っている女性の部屋にいつまでもいられないと言うので、俺の代わりにジェイダーに剣を教えている」
「そんなこと、今さら気にする必要なんてないのに」
「リーダイ王国は女性を大切にする国だからな。あれだけ紳士だと、兄としては安心だ」
「もう、お兄様ったら」
笑っていた兄は、ふと表情を改める。
「話は、ラウルに詳しく聞いた」
「ラウルに?」
「自分の父が、リーダイ王国の国王が、最初にエリアーノを追い詰めたのではないかと気に病んでいたが、リーダイ国王に、彼女を虐げる意思があったとは思えない」
「ええ。私もそう思うわ」
ただ、あの国もこのロイダラス王国のように、長年魔物の被害に苦しんでいた。聖女の力を得て、それを失うまいと先走ってしまったのだろう。
「ただ不幸な偶然が重なり、あれだけの悲劇を生んでしまった」
リーダイ王国は滅び、エリアーノは聖女の力を欲する存在と、かつての祖国を恨んだ。宝石や金品に執着していたのも、前世の影響だ。
「彼女は、どうなったのかしら?」
兄が駆け付けたとき、エリアーノの姿はどこにもなかったようだ。
光に灼かれて消滅してしまったのか。
それとも、生き延びて逃げたのか。それはわからない。
「どちらにしろ、もう苦しんではいないだろう」
「うん……」
ミラは俯いた。
あのとき同調したエリアーノの、クリスティーの苦しみを思い出すと、胸が苦しくなる。彼女はずっと、あんな思いで生きてきたのだ。
「だが、朗報もある」
「朗報?」
「ああ。ロイダラス王国最後の聖女。クリスティーの呪いが浄化され、グリーソン公爵令嬢に聖女の力が宿った。今度こそ本物の力だ」
「ほ、本当に?」
ロイダラス王国の聖女が絶えていたのは、噂されていたようにクリスティーの呪いのせいだったのか。
「ああ。だが、長く絶えていた聖女の力は弱い。わずかな結界を張ることができる程度だ。それでも、ロイダラス王国にとっては、消えない光となるだろう」
「……よかった」
オーリアは、今度は浮かれることなく冷静に、自分の力を見極めようとしている。
「ジェイダーも、自分の力でこの国を守ろうと頑張っている。だが、本当にそれができるようになるまでには、あと十年は必要だ。聖女と力を合わせれば、この国を復興することができる。俺達の役目は、そろそろ終わりだ」
「そうね」
ジェイダーとオーリアなら、きっと素晴らしい国になるだろう。
「それに、リーアとキリーから、毎日のように手紙が届いている。キリーなど、そろそろこちらに乗り込んでくる勢いだ」
「お姉さま達が?」
兄に負けず劣らず、過保護な姉達のことを思い出す。
「ミラ。お前は一度国に帰り、待っている家族に事情を説明しなくてはならない」
「ええ、お母様に金貨のお礼も言わなくては。そのあとは……」
ラウルとともに、リーダイ王国を魔物から取り返すための旅に出る。
そう決めている。
「エイタス国王として、聖女ミラの旅は許可する。だがお前は旅に出る前に、家族を納得させなくてはならないぞ。特に、母とキリーは手強いだろう」
「……うん」
ミラの意思は固いが、何も言わずに旅立つことはできない。
だが娘に普通の聖女でいることを望む母と、ミラがロイダラス王国に行くことも許さないと言っていた姉のキリーは、たしかに反対しそうである。
「ラウルは、一緒に行ってくれるかしら?」
彼の目的はリーダイ王国であり、エイタス王国とは正反対だ。
「それはお前次第だな。ロイダラス王国にいる間は護衛をしてほしいと頼んだが、そのあとは彼の自由だ」
「うう……」
兄は援護してくれないようで、ひとりで頑張るしかない。
「そんなに心配か?」
「だって、家族に会ってほしいなんて言ったら、普通に引かれてしまいそうで」
ミラの言葉に、兄は声を上げて笑う。
「たしかにな」
「もう、他人事だと思って」
「まぁ、頑張ることだ。お前のことを心配していたから、目が覚めたことを伝えておく」
「……うん」
兄が退出したあと、しばらくして部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。
「どうぞ入って」
そう答えると、ラウルはベッドに横たわったままのミラを見て、少し遠慮がちに入ってきた。
「体調はどうだ?」
「もう大丈夫。むしろ良いくらいよ」
限界まで魔力と体力を使うと、回復したあとはもっと強くなっているようだ。それを伝えると、さすがに彼も驚いたようだ。
「そうか。だがあまり無理は……。いや、強くなるのなら……」
困惑した様子から、自分のことを心配してくれているのが伝ってきて、思わず笑みを浮かべる。




