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(どうしたらいいのかしら……)
自分が悪者になって収まるのならば、と思うが、兄にも迷惑をかけてしまうことになる。軽率に動いて、国家間の問題になるわけにはいかない。
「俺が魔物を倒してくる」
女性の寝所に立ち入らず、入り口に立っていたラウルがそう言った。
「ラウル?」
「結界を補強しなければならないのは、魔物が増えているからだ。魔物を減らせば、少しは負担も減るだろう」
「ですが、わたくしの力は人々を守るためです。それなのに、わたくしが休むために危険な魔物退治に行かせるなんて」
「俺はこの国の人間でも、エイタス王国の人間でもない。その魔物退治を生業とする冒険者だ。何も問題はない」
ラウルはそう言うと、身を翻した。すぐにでも魔物退治に行くつもりなのだろう。
「ラウル、待って」
ミラはオーリアをその場に残したまま、彼の後を追った。
「私も行くわ」
「いや、ここは俺ひとりで行ったほうがいい」
「でも……」
たしかにここでミラが魔物退治に出てしまえば、オーリアは休もうとしない。エイタス王国の者の手を借りるわけにはいかないと、今まで通りの結界を維持しようとする。
だが、王都の外にはエリアーノがいた。
彼女はきっと、自分の計画の邪魔をするラウルを排除しようとする。
ラウルがひとりでエリアーノと対峙してしまうのではないかと思うと、心配だった。
「大丈夫だ。ひとりで暴走したりしない。お前とは違うからな」
「もう、ラウルったらひどいわ」
拗ねた顔をしたミラの頭を、ラウルは優しく撫でる。
「ミラ。頼みがある」
真剣な表情。
彼が自分に頼みごとなんて、初めてのことだ。思わず背を正し、ラウルを見上げる。
「何でも言って?」
「もし、どうしようもない事態になってしまったら、聖女の力を使ってほしい」
「聖女の力を?」
「エイタス王に止められているのはわかっている。だが、誤解はあとから解ける。問題も、解決することができる。だが命だけは、失われてしまったらもう戻らない。もしエイタス王に咎められたら、俺に唆されたと言えばいい」
「ラウル……」
不意に泣き出しそうになって、ミラはぎゅっと唇を噛みしめた。
そう、ラウルの言う通りだ。命よりも大切なものなんて、きっとない。
「そのときが来たら、躊躇わずに使うわ。私の意思で。お兄様に怒られるときは一緒よ」
ラウルは驚いたように目を見開き、それから笑みを浮かべた。
「行ってくる」
「うん。気を付けて」
ラウルを見送ったあと、オーリアの元に戻った。
「ラウルが魔物退治をしてくれます。その間に少し休んでください」
オーリアは困ったような顔をしながらも、静かに頷いた。ほうっと息を吐いたところを見ると、やはり限界に近付いていたのかもしれない。
「私も、お兄様の体調が戻るまでは滞在させていただきます。何かあったら、すぐに連絡してください」
「お気遣い、ありがとうございます」
深々と頭を下げるオーリアと傍仕えのシスターに見送りは不要だと告げて、ミラは兄の部屋に向かった。
「お兄様、戻りました」
兄はソファーにもたれかかり、目を閉じていた。ミラの声にゆっくりと目を開けて、手を差し伸べる。ミラは兄の手を取り、その隣に座った。小さい頃はよく、こうして兄の傍にくっついていたことを思い出す。
「ラウルはどうした?」
「彼は、王都の周囲の魔物退治に行ったわ」
兄に、ラウルが魔物退治に行くことになった経緯を説明した。
「そうか。彼には面倒をかけてばかりだな」
ミラは窓から王都を見つめる。
エリアーノと彼が遭遇しないことを、祈ることしかできない。それがひどくもどかしい。
(ラウル。どうか気を付けて……)
兄の隣に座ったまま、静かに祈りを捧げた。




