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神殿は数年前に改装したらしく、とても綺麗な建物だった。
それなのに、なぜかまた改装工事をしていたらしい。それも途中で放棄されたらしく、あの美しかった建物がひどい有様になっていた。
それでも聖女のための祈りの間だけは、元の姿を保っているようだ。
その中では、ひとりのシスターを従えたオーリアが、こちらの到着を待っていた。
彼女はミラ達を迎え入れると、深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります。わたくしはグリーソン公爵家の娘、オーリアと申します」
そう名乗ると、わざわざここまで出向いてもらったことを詫びる。
ようやく対面できたオーリアは、同じ黒髪でも、エリアーノとはまったく違う雰囲気の女性だった。
深窓の令嬢のように清楚で美しく、儚げな容貌である。ミラがこの神殿で着ていた聖女の服と、似たようなものを着ていた。
こちらに向けられた、澄んだ青い瞳が、僅かに怯えを含んでいた。
何回も面会を希望してしまったので、怖がらせてしまったのかもしれない。
そう思ったが、彼女の瞳は隣にいる兄の様子を伺っている。
(ああ、またお兄様……)
きっと怖がらせてしまったのだろう。
ミラは、彼女の緊張をほぐすように笑顔を浮かべる。
「突然訪ねてきて、ごめんなさい。ずっとあなたを探していたから、無事だったのか心配だったの」
公式な訪問ではないと伝えるために、わざと砕けた口調で話しかけた。それなのに彼女は、ますます畏まって頭を下げた。
「ロリヤが差し出がましい真似をしてしまったと聞いております。まさか、エイタス王国の王妹殿下のお手を煩わせるとは思わず、わたくしも軽率でした。申し訳ございません」
ロリヤとは、オーリアの探索をミラに依頼した、あの侍女の名のようだ。
「いいの。私達が勝手にしたことだから」
慌ててそう答えたが、オーリアは頭を下げたままだ。このままでは埒が明かない。
「お兄様」
ミラは視線を兄に向けた。
「ゆっくり話したいから、お兄様は先に部屋に戻っていて」
「ミラ、何を言って……」
「ほら、お兄様にはしっかりと休んで回復してもらわないと、私達はいつまでも国に帰れないわ」
兄の背を押しながらそう言う。何か考えがあるとわかったのか、兄はあっさり引き下がった。
「わかった。だがラウルは置いていく。ラウル、ミラを頼む」
「承知した」
そうして、そのまま祈りの間を出ていく。
(ごめんなさい、お兄様。彼女に会わせてほしいと頼み込んだのは私なのに)
勝手なことを言っているとわかっているが、兄がいると話もできないようだ。現に兄の姿が消えると、オーリアはあきらかにほっとした様子だった。だが緊張の糸が切れたのか、その華奢な身体がふらりと倒れる。
「!」
崩れ落ちる寸前に、ラウルが彼女を支えた。
「ラウル」
ミラも慌てて駆け寄る。
「も、申し訳ございません……」
意識は失っていなかったらしく、オーリアは消え入りそうな小さな声で謝罪した。彼女に付き添っていたシスターが、泣き出しそうな顔をして狼狽えている。
「魔力の使いすぎだ」
ラウルはそう呟くと、ちらりとミラを見た。
「何度も見たことがある」
「……ご、ごめんなさい」
冷えた手足に、蒼白になった顔。自分もこんな状態だったのかと、ミラは思わず謝罪の言葉を口にした。これではラウルが、兄のように過保護になってしまうのも無理はない。
まだ青い顔をしたオーリアを、ラウルに頼んで神殿にある彼女の寝所まで運んでもらう。
「エイタス王国の、ミラ王妹殿下」
「ミラでいいわ。結界に力を使いすぎている。少し、休んだ方がいいわ」
「ですが、魔物が増えているのです。結界を維持しなければ、王都はまた魔物に……」
オーリアは王都を、この国を守るために心も身体も限界まで消費している。力の源はどうあれ、彼女の心は立派な聖女だ。
だからこそ、そんなオーリアを利用しているエリアーノが許せない。
このままでは、オーリアはエリアーノの思惑通り、魔力を消費し続けてしまう。
(どうしたらいいのかしら……)
彼女を休ませるには、変わりにミラが結界を張るしかない。でもミラは、兄から結界を張ることを禁止されている。
「お兄様だって、事情を話せばわかってくれるはず。あなたが休んでいる間、私が結界を張れば……」
「いいえ!」
ぐったりと横たわっていたはずのオーリアが、無理やり起き上がろうとした。慌てて傍仕えのシスターとミラが制する。
「駄目よ。まだ休んでいなくては」
「いいえ。これ以上、エイタス王国の方のお手を煩わせるわけにはいきません」
オーリアは激しく首を振り、縋るようにミラを見つめる。
「それに、王妹殿下が王都を後にしたとき、結界を解除したのは次の聖女のためだと聞いております。王妹殿下のお力が強く、結界が残っていては、他の聖女が上手く力を使えない。そして、長い間聖女が途絶えていた国に生まれた聖女は、とても力が弱いことも」
「それは……」
ミラからしてみれば、オーリアの力は聖女のものではない。だがミラが結界を張ったあと、オーリアが元通りの力を使えるという保障はない。
むしろオーリアの力がエリアーノの、魔物由来のものだとしたら、確実に使えなくなるだろう。
彼女にこれ以上力を使わせたくない。でもそれが、ミラのせいになってしまったら、またややこしいことになる。




