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迂回路を越えるのは、想像以上に困難だった。
実際に歩いてみるまで、こんなに大変だとは思わなかった。
(甘かったわ……)
ミラは溜息をついて、空を仰ぎ見た。
心の整理がつくまで、兄には連絡をせずに自分で帰りたいなどと言って侍女達にも随分迷惑をかけてしまった。
さすがに反省する。
平坦な道を歩くことと、山道を歩くのはこんなにも違うのだと思い知った。
それでも侍女達やサリアに助けられ、何度も休憩をしながらも、ようやく峠の難所を越えることができた。
「思っていたよりもずっと、時間が掛かってしまったわね」
眺めの良い景色を見つめながら、呟く。
それでも、自分の足で越えられたことに達成感があった。
大きく息を吐いて、周囲を見渡す。
ここまで来たら一気に山を下りる者がほとんどのようで、周囲には誰もいない。でもミラ達は今夜もまた、山の中で過ごさなくてはならないだろう。
普通の人間なら、二日も野営すれば山を越えて町に辿り着けるらしいが、ミラの足ではその倍くらいかかってしまっている。
(野営も、もう何度目かしら?)
最初の頃は、周囲に侍女がいてくれても、野外で眠ることが恐ろしかった。だが最近では身体が疲れていることもあり、あっさりと眠ることができるようになっていた。
自分が思っていたよりも、馴染むのは早かったかもしれない。
三人の侍女とサリアが野営の準備を整えてくれる間、ミラは柔らかな布を敷いた地面に座り、身体を休めている。
サリアの夫のバロックは、周囲に盗賊や魔物がいないか警戒してくれているようだ。
森の夜はとても寒い。
ミラは上着をもう一枚重ねると、そのまま横たわった。
最初はミラも何か手伝えないかとおろおろとしたが、どうせ何をやってもまともに手伝えないのだ。
それよりは、明日も一日中歩かなくてはならないのだから、少しでも体力を回復させたほうがいいだろう。
旅も野営も慣れてきたが、それでも思うことがある。
(崖崩れさえなかったら、今頃は……)
母から託された資金がある。馬車を使って、国境近くまで進めたかもしれない。
王都を追放されてから、もう十日が経過しようとしている。
さすがにいつまでも兄に連絡を入れないのは、かえってよくないだろう。何も知らずにいたことによって、エイタス王国が不利になるようなことがあってはならない。
次の町に着いたら、そろそろ兄にも事の次第を説明したほうがよさそうだ。
(王都の結界の効果も、そろそろ完全に消えるでしょうね……)
そうなったら、魔物が王都に近付くこともあるだろう。
瘴気を浄化していないので、魔物そのものの強さも増している。
これから王都は、この国は試練のときを迎えることになる。
(アーサー様に関しては、完全に自業自得としか思わないけれど)
ミラは星空を見上げながら、これからのことを思った。
結界を解き、瘴気を浄化する魔法もやめてしまったのには、理由がある。もちろんアーサーの仕打ちが許せなかったこともあるが、新しい聖女が力を使おうとしたとき、ミラの魔法が残っていると、それを邪魔してしまうからだ。
新しい聖女は、おそらくそれほど強い力を持っていない。
だからこそ、ミラが魔法を残して行けば邪魔になってしまう。
もうこの国の聖女ではないからこそ、余計なことをしてはいけない。
それでも、怒りはいつまでも持続しない。
ミラも少しずつ、この国の将来のことが不安になってきた。
一度は、この国の王妃になり、この国のために生きようと決意した。
アーサーにはまったく未練はないが、その誓いを簡単に忘れることは難しい。
(もう私は、この国の聖女ではないのに……)
想いを振り払うように、首を横に振る。
この国のためにできることはもう何もないのだから、ミラも前に進むしかない。
あれから魔物の瘴気も浄化していないので、これから先の魔物の出現率がかなり上がってしまうはずだ。
それを、それとなく伝えると、サリアはかなり驚いたようだ。
「ロイダラス王国は、魔物の瘴気が少ないことで有名だったのよ」
サリアは夫と顔を見合わせて、そんなことを教えてくれた。
「同じ魔物でも、瘴気が濃いと強さが増すの。だから戦いやすいと聞いて、私達は数か月前にこの国に来たばかりだったの」
でもやっぱり、瘴気の少ない国なんて存在しないのね。
サリアはそう言って、溜息をついた。
「あるとしたら、複数の聖女がいるエイタス王国くらいよね。でも、あの国は他国の人間を受け入れていないから、私達も行くことができないし」
たしかにエイタス王国では、瘴気が溜まることなどほとんどない。
ミラがいなくても、母とふたりの姉が毎日のように瘴気を浄化している。
今までこの国の瘴気が少なかったのは、ミラが浄化していたからだ。
魔物と瘴気は密接に結びついていて、瘴気は魔物の死体が放置されていると、ひどくなる。
魔物の死体は腐敗することはないため、人手のないところではそのまま放置されてしまうことが多い。
ミラも時々王都の外に出て、それを浄化していた。
今後は魔物も増え、死体を処理する時間もなく放置されていくのだろう。