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2-32

 こうして移動してきた南方の町は、思っていたよりも被害が少なかった。

 ロイダラス王国の南側には、かつてラウルの故国、リーダイ王国があった。その跡地から今も魔物が入り込んでくることがあるので、日頃から魔物対策は万全だったようだ。

 この地域に移動してから、ラウルは初めて出会ったときのようにマントのフードを被り、その容貌を隠している。

 鮮やかな紅色の髪に、褐色の肌。

 リーダイ王国の特色だった彼の色彩を、忌まわしい滅びの色だと厭う人がいると彼自身から聞いたことがあった。それはどうやらこの地方で多いようだ。魔物の被害が多かったから仕方がないとラウルは言うが、それは彼のせいではない。

 もしエイタス王国がリーダイ王国と隣接していたとしても、兄はきっと万全に対策した。母や姉達の聖女の力を借りずとも、被害を出さなかっただろう。

「エイタス国王ほどの王は、そういない。比べるのは酷だ」

 そう苦笑していたラウルだったが、彼は何度も足を止め、遠くを見るような目をしていた。

 こうして崩壊した町を廻り、生き残った人達を助けて回っていることで、過去のことを思い出す機会が増えているのかもしれない。

 ミラは何も聞かず、ただいつもよりも明るく振る舞った。

 驚いたことに、営業している店や宿屋もあった。宿屋が営業しているのに野営するのも変な話なので、今夜は宿に泊まることにした。食事は出せないと申し訳なさそうに言われたが、食事は自分達で用意できるので問題はない。

 見知らぬ女性と同室か、もしくは連れのラウルと同室か選んでほしいと言われ、ミラは迷わずラウルと同室を選んだ。

「……おい」

「だって野営と変わらないわ。全然知らない相手より、ラウルの方が安心だもの」

 呆れたようなラウルを気にすることなく、ミラはさっさと泊まる手続きをすると、宛がわれた部屋に向かった。

「調理場は自由に使っていいって言っていたわ。今日は私が作ってもいい?」

「……好きにしろ」

「うん」

 ミラはお気に入りのローブを脱いで髪をまとめると、荷物の中から調理道具を取り出す。今回は人探しなので、あまり目立たないように髪は茶色に変えている。

「ラウルは休んでいてね」

 そう言うと、返事も待たずに部屋を出た。

(だって私と一緒なら、ラウルだってゆっくり休めるじゃない)

 ラウルが見知らぬ誰かと同室になって、目立つ容貌を隠したまま過ごしていたり、他人に厭わしく思われていたりするなんて絶対に嫌だった。

 実際は、ミラと同室のほうが気を使ってしまうなんて、まったく思わずに。

 調理場には複数の女性がいて、それぞれ炊事をしているところだった。

「こんにちは」

 ミラが挨拶をすると、向こうも返してくれた。

「ここを使いな」

 そう言って場所を開けてくれたので、そこで料理をする。

「あなたはどこから来たの? 北方の人みたいだけど」

 隣にいた同じ年頃の女性が話しかけてきた。

「えっと、エイタス王国……の国境近くの町から。人を探しているの」

 黒髪の女性を見なかったかと尋ねてみたが、知っている人はいなかった。

 でも町に着いたばかりだ。もっと聞き込みを続ければ、有力な手掛かりが見つかるかもしれない。

 女性達とはすぐに打ち解けて、新しいレシピを教えてもらったり、食材を交換したりして楽しく過ごす。

 すっかりと遅くなってしまったと、慌てて出来たばかりの料理を持って部屋に戻った。

「ごめんなさい。遅くなって」

 ラウルはマントを脱ぎ、寛いでいた。その姿に嬉しくなって、張り切って料理を並べる。

「女の人がたくさんいたわ。色々な話が聞けそう」

「そうか。無暗に探しても無駄足になるかもしれない。じっくり情報を集めた方がよさそうだな」

 しばらくこの町に留まって、情報収集をすることにした。

 さすがに寝るときは緊張してしまうかと思ったが、むしろラウルが傍にいることに安心している。ベッドに潜り込むと、すぐに眠ってしまっていた。 

 まるで祖国で暮らしていたときのように、何の不安もなく、ぐっすりと眠って迎える朝は清々しかった。

 しばらくは、何の情報も得られない日が続いた。

 ミラはひとりで外に出ないほうがいいと言われたので、宿屋に泊まっている他の女性達から色々と話を聞いている。ラウルは、町に出て聞き込みをしているようだが、有力な情報は得られなかった。

 この日も、ミラはまだラウルが眠っているうちに身支度を整えると、食事の支度をするために調理場に向かった。すでにたくさんの女性がいて、賑やかだ。

「おはようございます」

 そう言ってミラも輪の中に入り、朝食の支度をする。

 しばらく他愛もない話が続く。

 中には、ラウル同じように紅色の髪をした女性がいて、ミラがリーダイ王国の者と旅をしていると知って、とても親切にしてくれた。

 リーダイ王国の伝統料理のレシピを教えてもらったのは、収穫だった。

 さっそく作ってみると、ラウルは懐かしい味だと言ってとても喜んでくれた。それを彼女に伝えると、もっとたくさんのレシピを教えてくれた。

 忘れないように、ちゃんとレシピを書いて残している。

「そういえば、人を探しているって言っていたよね?」

 ある女性に話しかけられて、ミラは頷く。

 最近この町に移動してきたという、気さくな女性だ。

「ええ。黒髪の女性を探しているの」

「その人かどうかわからないし、結構前のことだけど、リスタンの町で黒髪の綺麗な女の子を見たって、うちの旦那が言っていたよ。どう見ても普通の子じゃないし、心配で声を掛けてみたら、逃げられたそうだけど」

「リスタンの町……」

 この国の聖女だった頃に覚えた、この辺りの地形を頭の中に思い描く。

 ここよりさらに南にある、とても小さな町だ。

「あんたの旦那に急に話しかけられたら、誰だって逃げるよ」

「熊より大きいからね」

「……優しい人なんだけどねぇ」

 そのまま話を続ける彼女に礼を言って、ミラはラウルが待つ部屋に急ぐ。

「リスタンか」

 今聞いた話をラウルにすると、彼はしばらく考え込む。

「少し前のことらしいけれど、何か情報が得られるかもしれないわ」


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