2-28
魔物退治に明け暮れながら、町を周り、目的地である港町を目指して進んでいく。
魔物の数は多かったが、さすがにあのドラゴンほどの大物はいない。
ラウルひとりでも十分だったので、ミラは瘴気の浄化に専念することにした。
旅は順調だ。
だが、気にかかることがある。
「……魔物はそれほど強くないのに、どうしてこんなに瘴気が強いのかしら」
あのドラゴンがいた地域以上に、ここは瘴気に満ちている。何度浄化しても、清浄な空気に戻らないことに、焦燥を抱く。
「ミラ、どうした?」
魔物退治を終えたラウルが戻ってきて、ミラの様子を見て顔を顰める。
「ラウル」
不安になって、彼の腕に掴まった。
「気を付けて。何だか嫌な予感がするの」
「わかった。ここからは慎重に進もう」
二人は歩くスピードを落とし、警戒しながらゆっくり進むことにした。
夜も結界を張った上に、ラウルが遅くまで見張りをしてくれる。
けれど魔物は相変わらず数が多いだけで、それほど強くはない。
こんな状況は初めてで、どう対応したらよいのかわからず戸惑う。
「ラウル、どうしよう……」
「大丈夫だ。警戒は解かずに、ゆっくり進んでいこう」
「うん」
落ち着いた彼の様子に、不安が消えていく。何があっても、ラウルと一緒ならきっと大丈夫。そう思うことができた。
こうして、二人はようやく港町までたどり着いた。
大きな街だった。
けれど今まで立ち寄ったどの場所よりも破壊が激しく、大通りがあったはずのところは、ほとんど更地になってしまっていた。
港にはたくさんの船があったようだが、すべて沈められ、その残骸が無惨に浮かんでいる。
この街の中央には、大きな屋敷がある。グリーソン公爵家の持ち物のようだ。公爵は、そこに娘がいるかもしれない、と言っていたようだ。それに、王城のようにその大きな屋敷に人々が避難しているかもしれない。
そう思って向かってみたが、屋敷は徹底的に破壊され、まるで竜巻に襲われたかのような瓦礫の山があるだけだ。
「屋敷にある物は自由に使って、避難した人達を助けてほしいと言われたが、これでは無理だな」
周囲を見渡したラウルがそう呟く。
「ひどい。これでは、生き残りの人なんて……」
あまりにも慎重に進みすぎたせいで、間に合わなかったのではないか。
そう思って青ざめるミラに、ラウルは言った。
「いや、この瓦礫は新しいものではない。おそらく王都崩壊と同じ頃に破壊されたのだろう。だとしたら、どこかに生き残りがいるはずだ」
そうして、街中を探し始めた。
気を取り直して、ミラもそれに続く。
崩れかかった古い教会には、誰もいなかった。立ち去ろうとしたミラは、ふと人の気配に気が付いて立ち止まる。
「誰かいるの?」
「!」
小さく息を呑む音がした。ミラはゆっくりと、声が聞こえた方向に歩いていく。
「助けに来たわ。もう大丈夫よ。出てきてほしいの」
「……」
息を殺し、怯えている気配が伝わってくる。よほど恐ろしい目に合ったのかもしれない。
「ミラ、誰かいたのか?」
声を聞きつけたのか、他の場所を探していたラウルが戻ってきた。
「ええ。でも……」
状況を説明しようとした途端、崩れた瓦礫の裏から駆け出した人影があった。
「あっ」
驚くミラの前を素通りしようとしたその人影を、入口にいたラウルが捕まえる。
「きゃあっ」
悲鳴が上がり、その人影が若い女性だと気が付いたミラは、慌てて彼女をラウルから受け取った。
「ごめんなさい。ごめんなさい。殺さないで!」
錯乱状態なのか、そう言いながら暴れる彼女に振り払われそうになる。
「落ち着いて。もう魔物はいないわ。ひとりで隠れていたの?」
ゆっくりと背を撫でて優しく話しかけると、やがて少しずつ彼女の動きが緩やかになっていく。
「……殺さない?」
「もちろん。絶対にそんなことはしないわ」
魔物と勘違いしたのではなく、人に怯えたようだと気が付き、ミラは言い聞かせるように、ゆっくりと告げる。
どうしてこんなに怯えているのだろう。
ミラは注意深く、彼女を観察した。
長い金色の髪はぐちゃぐちゃで、焦げているところもある。
白い肌は、瓦礫に当たったのか、魔物に襲われたのかわからないが痣だらけだ。足は裸足で、傷だらけ。緑色の瞳は何かに怯え、涙ぐんでいる。
「どうしてこんなところにいるの? 誰かとはぐれたの?」
「わ、わたしは……」
怯える彼女の背を撫でていたミラは、彼女の服装に見覚えがあることに気が付いた。
(これは、もしかして神殿の……)
だが、シスターにしては華やかすぎる。
汚れてボロボロになっているが、もともとは豪華な装飾が施されていたようだ。
「あなたはもしかして、聖女マリーレ?」
ミラが追放されたあと、真の聖女として迎えられたディアロ伯爵の養女マリーレ。
ミラは対面したことはなかったが、噂は聞いていた。
先代のディアロ伯爵のひとり娘で、両親とともに魔物に襲われた領地で行方不明になり、のちに遺児院で見つかったという。
だが力が弱かったせいか、聖女の力を使うことができず、アーサーの怒りを買って投獄されてしまったと聞いた。グリーソン公爵によれば、王都が魔物に襲われた際に地下牢から抜け出し、行方不明になったらしい。
その彼女が、ここまで逃れてきて隠れていたのだろうか。
「ひぃぃっ」
ミラが名前を呼ぶと、マリーレは引き攣ったような声を上げて、がたがたと震え出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私はただ、伯爵様に言われた通りにしただけです。どうか、殺さないで……」