10 滅びの国Ⅲ
「これはいったい、どういうことだ」
ロイダラス王国の王太子であり、国王代理でもあるアーサーは、差し出された書類を見て声を荒げた。
「神殿の改装計画書と、その予算案でございます、殿下」
そう答えたのは、アーサーが指名した新しい大神官だ。
まだ若い男で、それなりに整った顔立ちをしている。
もともとは伯爵家の次男であったが、兄が爵位を継いですぐに家を出され、神官になったと聞いている。
彼はアーサーの命に従い、ミラを偽物の聖女だったと発表することを承諾した。
だから大神官に任命してやったのだ。
それなのに彼は新しく聖女になったマリーレの言いなりで、彼女の願いはすべて叶えようとする。
「神殿の改装など必要ない。数年前に父がしたばかりだろう。そんなことより、早くマナーを完璧に覚えろと言っておけ」
いまだに王城でのマナーすら完璧ではないというのに、要求ばかりする聖女に嫌気がさす。
(あんなもの、さっさと覚えて、早く聖女としての仕事をしてもらわねば困る)
ロイダラス王国出身の聖女が誕生したのだと、国内外に大きく触れまわったのだ。いつまでもお披露目をしなければ、信憑性が薄れてしまう。
「ですが聖女様は、偽聖女がいた場所に住むのは嫌だとおっしゃっておりますので」
「何?」
「偽聖女が残した穢れがあるそうです。このままでは、聖女としてのお役目にも支障が出てしまうほどだと」
「……穢れだと?」
聖女だったミラを退けるために、彼女を偽聖女として発表したのはアーサーだ。ミラは間違いなく聖女であり、そんなものはあるはずがない。
今さらそれを撤回することはできずに、アーサーは考え込む。
(いや、ないとは言い切れないか)
彼女は聖女の地位と名誉を奪われてしまったことを、相当恨んでいたのかもしれない。それが穢れとして残り、マリーレの聖女としての働きを妨げているのだろうか。
それに、一部の神官やシスターは、いまだにミラを慕っているという。
何人かは、辞職した者もいるくらいだ。
美しく、マナーも完璧であったミラは、出自さえ除けば完璧な聖女であった。
それに対して新しい聖女であるマリーレは、まだ正式なお披露目もしていない。
このままでは、せっかく数十年ぶりに誕生した聖女の価値が下がってしまうかもしれない。
(どうするべきか)
神殿の改装は、するべきかもしれない。
数年前にしたばかりの改装を、無駄なことだと批判されるかもしれないが、そこはマリーレの言葉通りに、偽聖女が残した穢れを取り除くためだと説明すればいい。
どうせもう彼女は、この国にはいないのだから。
神殿を改装し、その間にマリーレには必要なことをすべて覚えてもらう。
そして神殿の完成と同時に、新聖女をお披露目すればいい。
もうこの国に、そんな猶予など残されていないことなど知らずに、アーサーは計画書を見直す。
「いいだろう。但し、神殿の改装が終わると同時に、新聖女であるマリーレのお披露目も行う。それまで、聖女として完璧に振る舞えるようにしておけ」
「はい。もちろんです。マリーレ様は、いつも努力していらっしゃいます」
大神官は、笑みを浮かべてそう言うと、神殿に戻って行く。
ひとりになったアーサーは溜息をつくと、大神官が持ってきた書類をそのまま宰相の元に送ることにした。
「この通りに実行しろと伝えておけ」
そう言うと、立ち上がる。
窓から見た夕陽は、不気味なほど、赤い色をしていた。




