01話 初めての感覚
暗い―――。
死んだはずの私が、なぜ視界があるのか不明だが、とにかく暗い。
私はスケルトンのはずだ。
視界など、ここまではっきりと判別できるほど感じるなどあるはずがない。
それに、耳から感じる音が大きい気がする。
風に何かが揺らされて音を出しているのか、ざわざわとした音が何重にも重なるようにして聞こえてきてうるさい。
――これはなんだ?
土か?
ふと自分のいる場所が気になって確かめたが、妙にふわふわとした土だな。
こう、ふわっとしていて、それで掴んだらぽろぽろと崩れ落ちていく。
草なのか、辺り一帯に草らしきものが茫々と生えている。
――それにしても、あれだな。
いつもとは違い、心の声がはっきりとしている気がする。
頭の回転もあり得ないほどに早いし、握った感覚も妙に柔らかい。
視界がないのはいつもとは違い劣っているが、開かないにしてもその周りがよく動く。
こう、引っ張られるような感覚がして今にも開きそうだ。
―――開かない?目が…?
私には骨だけで目などないはずだ。
皮膚だってないし、開くことなど、いつも開きっぱなしで視界は体に宿った魔力の詰まった魂で映しているから、開閉の感覚などないはずだ。
それに、全身は硬い骨だけで、こんなにも反発があるほど柔軟でもないはずだ。
勿論、体温というものもない。
なのに、今感じている、今持っているこの体は、体温があり柔軟で、目が開かないという感覚がある。
あれ?
今、一瞬何かうっすらと光が―――
初めての感覚に翻弄されていたスケルトンは、一瞬見えたその光に、目をしゅぱしゅぱとさせながら、段々と目の前に広がる草原と木々の景色を、その開いた目に映す。
「…………」
開いた目を大きく開かせたまま、その目の前に映る広大な草原と木々、上の方に広がる青い空を驚いた様子で、じっくりと眺める。
これが、空?
どこまでも青くて澄んでいて青だ。
草や木も、依然読んだ本と違って、緑だ。
目の前に広がる光景に、スケルトンは驚きの半分感動しながらその鮮明な景色を見つめていると、ふと遠くの方でモンスターと戦っている人間たちに気づく。
(普段は微かな音で反応しているおかげか、今日は妙に調子いいこともあってあんな遠くの音まで拾える)
(よし、なんだか興奮してきたし、今ならあの凶暴なモンスターも倒せる気がしてきた―――)
スケルトンは、いつもとは違う鋭い感覚に冷静さを忘れて興奮し過剰な自信を持つと、草原の中を走り出す。
ずっと硬かった地面が柔らかいことで、体が身軽で動きやすいこともあってかあっという間に遠くにあったモンスターのところに近づくと、スケルトンは飛びそのまま戦闘中だった人間たちの頭上を飛び越え、その、豚が進化したような獰猛な、毛と角の生えた赤い目をしたモンスターに向かって右手を振り上げ拳を握ると、着地とほぼ同時に拳を振り下ろす。
一瞬、自分の振りかぶった手が人間の手に見えたが、スケルトンは興奮した状態で特に気にすることなくそのモンスターの前に着地し、ダメージが入ったはずのモンスターを見上げる。
いつにも増して力が入ったことで、モンスターは怯るんでいるかと思っていたスケルトンは、一瞬怯みもしていない鼻息の荒いそのモンスターと目が合う。
「…………」
スケルトンは、未だ怯んでもいない目の前のモンスターに、固まった動けずにいると、その視界は胸に走った痛覚と共にぶれる。
何が起こったのか把握できぬまま、スケルトンはその身に風を感じ遥か後方へと吹き飛ばされ倒れると、柔らかい地面の上に転がる。
突然後ろからやってきて吹き飛ばされた何者かを、対峙していた彼らは目で追うと、地面にごろごろと転がり倒れてしまった人間の少年を見つめる。
「な、何してるのキミ!?大丈夫!?」
頭上を通りすぎ後方に転がったまま動かない少年に、はっと我を戻した片手に弓を持った耳長のエルフと両手に杖を握りしめたフードを被った女性は駆け寄る。
女性二人が地面に倒れた少年を心配する中、動揺していた剣と盾を持った青年は、ぱっと前に振り向き、鼻息を荒くしたモンスターを睨みつけると、その剣を振り、後に光の線を描きながら振り下ろすと、その獰猛なボーンボアと呼ばれるモンスターを縦に両断した。