消しゴム
大前提として、今話している私は消しゴムである。
私は鉛筆やシャーペンで書いた文字を消すことができる。紙にこすりつけられるあの感覚は嫌いではない。あの日スーパーで買われてからどれほど経ったであろうか。もうかなり持ち主に使われたものだ。だから、体もかなり減ってきている。私を使っているその彼は、家に新しい消しゴムをスタンバイさせている。昨日少し見ることがあったが、意外にも私と同種の消しゴムを買っていた。気に入られていたとは少し喜んでしまうではないか。それとも彼は消しゴムにこだわりがないのか。筆箱の中でペンに囲まれて浮足立っているわけにもいかないから後者であると思い込んでおこう。
そんなこんな考え事をしているとチャイムが鳴った。授業の始まりだ。
彼はノートを使っている。ルーズリーフは彼に合わないようだ。
シャーペンで板書を写し、赤ペンと青ペンで大事なところを書く。そして、それが繰り返されている途中で私が誤字などを消すために削られる。
人とは不思議なものではないか。常に新しいものを創造しようとしている。ならば消しゴムなんていらないのである。字を間違えたら新しい紙にボールペンで書き直したり、間違えた部分を上から線を引いて次の行から書いていけばいいものを、なぜそこで足を止めてまで消しゴムを使って同じところに書き直さなければならないのか。そんなことを私は考えている。皮肉にも、考えている最中に何も知らない彼は私を使って文字を消すのであった。
しばらくして、授業が後半を迎えた。
私は今朝来たよりもかなり小さくなっている。今日中に俺はいなくなるのかな、とも思っている。
そんな中、彼はシャーペンを持った手を休めない。授業のここまでで3ページもノートが進んでいる。
あと彼のノートも残すところ2ページだ。
俺はこのノートと同じタイミングで彼から離れていくんだ、と少し寂しくなった。
授業の時間が進む。ノートも文字で埋まっていく。そして私の体は小さくなっていく。
今までたくさん消した。時には彼がボールペンで書いたものを消そうとした時もあった。しかし、私はそんな能力なんてない。黒鉛を巻き込み消しカスを作り、書いた文字はそのカスとともに忘れられていく。
授業がもう終わろうとしている。
その切なさを考えるとどうにかなってしまいそうだ。
俺は今までわがままなど言ったことはない。
でも、最後に彼に一言伝えられるとすれば。
そのノートの端にでもいいから、俺が彼と共にいたことをボールペンで書いていてほしい。
他の誰にも消せないように、彼の記憶から忘れられないように。