部屋まで
「さあ、どうぞ」
グラスに水を注いでエイミーが持ってくると、田宮は受け取って、一気に飲み干した。田宮は思いの外緊張していたようであった。
改めてぐるり部屋の中を見回すと、おそらくはインドの調度品が多く見られる。絵皿、壷、日本で見られるのとは異なる様式の仏像が、整然と、という訳ではないが、しかし、見る者にとってうるさくない程度に均衡を保ちながら、飾られている。そして、その合間合間に、家族のものと思われる写真やこれまでにもらったものと思われる賞状などが飾られている。
「ミャン」
突如として田宮の座っているソファの下から、一匹の猫が泣き声を上げる。
「スティッチーっていうのよ、いらっしゃいスティッチー」
エイミーがそう言うと、また「ミャン」と鳴いて、スティッチーと呼ばれた猫がエイミーの方へ寄っていく。猫が主人の言うことを聞くのは珍しいように田宮には思われた。
「この子、よく言うことを聞くでしょう。トイレの躾もしてあるし、逃げようともしないし、人見知りもしない。仲良くしてあげてね。ただ、ひとつだけ、時々甘噛みするから、それだけは覚えておいて」
アメリカンショートヘアと思しき毛皮の猫は、エイミーがそう言い終わるとまた「ミャン」と鳴いて田宮と目を合わせる。犬よりは猫が好き、と答えるくらいには猫好きな田宮は、仲良く出来ればいいなあ、と素朴に思った。
そこへ、田宮の荷物を部屋に持って行ったサヴィが戻ってくる。
「どうもありがとう。重かったでしょ、ごめんね」
「いや、大丈夫」
若干パーマのかかった頭の、利発そうな男の子は、涼しそうな顔をして答える。
「じゃあ、部屋に行ってみましょうか」
「そうですね、お願いします」
エイミーにそう言われ、田宮はエイミーと一緒に階下の部屋に向かう。階段までの途中、おそらくは子供たちのものと思われる部屋が二つと、浴室、それからエイミー夫婦の部屋と思しき部屋が見られた。田宮がなぜそう判断できたかといえば、どの部屋も扉が開いていて、子供部屋についてはおもちゃの車や人形が床に投げ出されていて、浴室は洗面台が垣間見え、エイミー夫婦の部屋には入り口に大きなクローゼットがあったからだった。
階段の入り口には黒い鉄の小さな格子戸が付いていた。普段はこれをもってホストファミリーとステイする学生との境界とするようである。そこから階段を下って、扉を開けると、階上と同じほどの大きさのテレビを据えたもう一つのリビングに出た。テレビに相対するかたちでソファが一対置かれ、その上には使い慣らされた毛布が置いてある。
「ヒロシの部屋はここよ」
エイミーにそう言われて、田宮は言われた方を見ると、階段から見て左の方に、気の一枚板の扉が開けられている。中をのぞいて見ると、即座に人二人分は優にあると思われる大きなベッドとその反対側の壁に面して置かれている古い木製の机、そして、扉を入ってすぐ右側に収納箪笥が置かれているのに気づく。
「わあ、ひろい!」
思わず、田宮は子供のように叫ぶと、エイミーは苦笑しながら、「気に入ってもらえてよかったわ」と言った。