家
田宮のホームステイの手続は、バンクーバー現地に会社を構えるICA社を通じて行い、そのやり取りは全てメールでのものだった。矛盾しているかもしれないが、田宮は、神経質であると同時に、比較的楽観的な人間であったので、ICA社の代行業務が気に入らなければ他の会社に代えればいい話だ、と思って、特段渡航にあたっての質問や、滞在にあたっての条件については、彼がハウスダストのアレルギー持ちだ、ということ以外示さなかった。そして、そのために、というべきか、それにもかかわらず、というべきか、田宮のホストファミリーがインド系だとメールで伝えられたとき、田宮は心底驚いた。
カナダという国は、多文化主義を憲法上の国是として、特に先住民の権利を明文で規定していることが、比較的よく知られている。そして、隣国アメリカと同様に、多数の移民を受け容れ、多様な文化的背景を持つ市民によって成り立っている国であることを考えれば、ホストファミリーがWASP(White, Anglo-Saxon, Protestant)でない可能性がある、むしろ高いであろうことは、容易に想像がつくはずであるのだが、彼が小学生のときにホームステイした際は典型的なWASPの家庭だったこともあって、今回もそうだろうと、思い込んでいたのだった。
「エイミーは、気さくな、気だてのいい奥さんですよ」
田宮は、柏にそう言われて、自分の驚き、そしてそれに由来する、果たして自分がその家庭の中でうまく付き合いを出来るだろうか、という不安が顔に出ていたか、と思って一瞬身構えた。
「以前にも、うちでホームステイを斡旋していますが、信頼できる方です。既にお伝えしているかと思いますが、うち以外のところでもホームステイの登録をされていて、常時二人ほど滞在させているそうです。今受け入れているのは確か韓国の方だったかな」
空港での何となく自信なさげな印象とは打って変わって、柏は朗々と、田宮が一応メール上で受けていた説明を繰り返す。やはりプロとしてこちらで仕事をしている以上、それなりではあるのだな、と田宮は柏への評価を改める。
ホストファミリーの家族構成は、事前にメールで連絡を受けていた。それによると、エイミーとそのご主人、長男、次男、長女という構成で、長男が小学生で、長男と次男、長女との間には比較的年齢の差がある。田宮自身、年の離れた妹がいるので、その点は親近感を感じた。田宮は、最初、どういう訳でホストファミリーの代表者がご主人ではなくエイミーなのだろう、と思ったが、おそらくはホームステイの管理を行っているのが彼女なのだろう、と自分で納得していた。
「さあ、着きました。ここです。」
ずっと大通りを走って来たのを、細い路地に入り込んで、何度か曲がったところにその家はあった。一見すると、それほど広くない庭に白壁の平屋の家が他の家々と軒を並べている、という印象であった。
「後ろ開けますので、荷物を出してください。私はちょっとエイミーを呼んできますので」
そう言って柏は後ろの扉を開けて、運転席から出て行くと、家の門扉の方へ向かっていった。田宮は、トランクから荷物を取り出して、がらがらとアスファルトを引いて門扉の方へ行くと、その先にある玄関の扉の前で、柏がどうも往生している。
「おかしいですね、どうも留守みたいです」
柏が、再び空港で見せたような顔を示したので、田宮は心配になった。