家まで
当然のことながら、カナダの交通は日本とは逆、左ハンドル右側通行であり、そのことは田宮も頭では分かっている訳だが、車窓を流れていく風景を眺めていると、トヨタや日産といった日系企業の車が目につく一方で、やはりどこか違和感を覚えてしまう。そして、黄色いスクールバスと、日本では見たことのない、ごつい、という形容詞が一番しっくりくる巨大なトレーラーが走っているのを見ると、ここが日本ではない、ということが身につまされる。
「もうこちらに来られて長いのですか」
田宮は、外ばかり眺めて無言でずっといるのもあれだと思ったので、柏に話しかける。
「それほどでもないですよ。大学を卒業して、4年ほど商社に勤めた後、ふとカナダに行きたいと思って、会社辞めて来たんです」
「え、来たんです、と言ったって」
「ええ、何も準備せずにです。まあ日本人の場合特別ビザを取らなくても6ヶ月はいられますし、何とかなるだろうと思いまして。手持ちは一応多少ありましたから、その間に語学学校なり何なり通って、面白そうな仕事を見つけられればそれもよし、なければ日本に帰るもよし、ということで」
「へえ、なかなか勇気がありますね」
「ええ、今思えばそうですね」
田宮は、勇気がある、と言ったが、その実、そういう年頃にそういう気分におそわれる人が多いことを、経験的に知っていた。彼の友人たちには、必ずしもいわゆる普通の人というのは多くないように彼は感じていたが、それにしても、大学を卒業して3、4年、というのは丁度今の田宮の年頃で、転職したり、離職して自分探しの旅をしたり、というのはずいぶんいた。田宮自身にしても、そういう気分を感じたことがなかった訳ではなく、田宮がそういう行動に出なかったのは、たまたまそういう巡り合わせだった、ということなのだろうと考えていた。
「へえ」と、何となく田宮は相づちを打つと、また視線を車窓に戻した。何となく、この話を続けるとどこまでも柏のプライベートを聞き出し続けてしまうような感じを避けたかったのだった。外は、名前も分からない針葉樹の、道路の並木というよりは、林の中を切り開いて道路を通したという印象の、木々の連続であった。そして、時々にその道路の支線のために木々の連続に切れ目があって、そこからは、雲一つない青空と、太陽光が反射してきらきら光る、西海岸の太平洋とが広がっていた。
「もう間もなくエイミーのうちです」
空港から30分ほど走って、柏はそう告げた。田宮は、いよいよか、と多少緊張した。
「そうですか。確か、インド系のご家族でしたよね」
「そうです。確か、旦那さんはインド生まれだけど、奥さんはカナダ生まれカナダ育ちだったかな。私も前、彼女の家にホームステイする方を紹介したことがあるので、よく知っています」
これから何ヶ月か一緒に過ごすことになる訳だが、なんとかやっていければいいな、と田宮は念じていた。