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青い空の下で  作者: 美留淳
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到着

「着いたか」

田宮はそうつぶやいた。

 

 彼は今、カナダはブリティッシュ・コロンビア州、リッチモンドのバンクーバー国際空港のロビーに、迎えの車を待って、一人たたずんでいる。ホームステイと、現地の語学学校の手配を依頼した、留学手続の代行業者に、ステイ先までの送迎を頼んでいたのである。

 

 両手には、中型のスーツケース二つを引いている。形は違うが、それぞれ多少メタリックな趣きの、全面の赤色が目立つものである。中は、服など当座の暮らしに最小限必要なものの他、大学の図書館から借り出した、あるいは自ら購入した英語の洋書がその大半を占めている。北米大陸で出版して日本に送り届けたものを、何の因果か改めて上陸させるというのは、何となく滑稽なことだ、と田宮は感じていた。

 

 田宮は、法学を専攻する大学院の学生だが、夏休みを利用して語学研修を行いつつ、将来に当地のブリティッシュ・コロンビア大学の留学を志して、その準備のためにカナダ、バンクーバーに渡航したのであった。彼はかつて、小学生のときにバンクーバーでの2週間のホームステイを経験していたが、もはや当時の記憶は薄れており、また、海外旅行の経験もそれきりであったために、幾ばくかの不安を抱えての渡航であった。

 

 不安、と言えば、自らの英語がどれほど通用するのか、ということも田宮の心配の一つであった。なるほど、英語を読む力、というのは曲がりなりにも大学で文献講読の訓練を受けてきたが、英語を聞く力は、時々に海外のニュースを聞くくらいで、会話能力に至っては特段訓練したことはない。もちろん、これから数ヶ月の学校での訓練を通じて磨けば良い訳だが、あまり出来が悪くて、基礎からやり直せ、と学校から言われでもするのはたまらない、とも思う。

 

 入管の入国審査までの列は、田宮にはやたらに長く感じられた。アジア系を主としつつ、ヨーロッパやアフリカ系と思われる人々が、無愛想な空港警察に促されて、何重にも蛇行する列を形成していた。30分ほど並ばされて、やっと彼は審査のゲートにたどり着いたが、そこで彼を待っていたのは、おそらくは新人と思われるヨーロッパ系の審査官と、いかにも審査の厳しそうなベテラン風のアジア系の審査官であった。

「パスポートを見せるように」

「これです」

「滞在目的は?」

「ホームステイと語学学校の滞在です」

「証明書を見せるように」

「これです」

田宮はiPadで、メールで送られてきた語学学校の入学許可証の電子データを見せた。新人はそれを見るとパスポートにビザの判を押そうとしたが、ベテランが「待て」といった。

「紙で持ってきていないのか」

「いいえ、持ってきていません。電子データだけです。」

「滞在先の住所は?」

「それもデータであります。これです。」

ベテランは終止紙ではなくデータで情報を提示してくる英語の拙いアジア人に苦い表情を示し、田宮をヒヤヒヤさせたが、結局新人に判を押させた。押させたはいいが、今度はその新人が間違えて、判を査証欄ではなく追記欄に押してしまった。ベテランが「何やってんだ」というと、新人に取消印を押させて、改めて査証欄に判を押した。そのようなやり取りがあって、パスポートを返されると、二人で話し始めたので、田宮はもう行っていいかと聞こうとしたら、先をとられて「さっさと行け」とベテランに言われてしまった。田宮には、何となく先の思いやられる出来事だった。

 

 入管を出て、ベルトコンベヤで運ばれてくる荷物を拾い、順路を少し進むとすぐ、空港のロビーに出る。そして田宮はここに至る。

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