エピローグ 『明日を生きし彼と彼女は』
昨夜、あれだけのことがあったにもかかわらず、街を歩く者たちはまったく気づいた様子もない。それどころか、慰労祭の最中に会った殺人に関しても、全く覚えていなかった。
みんな、忘れている。
まあ、だからと言って無理に思い出させようとも思っていないし、忘れているなら忘れているで別にいいと思う。
この街の人たち、みんなバカだから忘れたんだ!
それにしても、今日は人が少ない。うん。昨日あれだけパズリィに殺されたからね。
エーレンティカに殺されたパズリィのことも、みんな忘れているようだった。どうやら、エーレンティカの関わったことすべての記憶が失われたらしい。もしかすると、エーレンティカの存在は、イコール街の人々の存在、なのかもしれない。
ゆえに、疎まれていた僕だったけれど、そんな雰囲気もなく、普通に話が出来た。街を堂々と歩くって、こんなにすがすがしいんだ!
でも、この街にいるのも今日で最後。慰労祭が終わると同時に、僕は街を出て行くつもりだった。この街に未練はない。パズリィがいなくなったことで、剣を教えてもらう人もいなくなったわけだし。
その旨を、ソルフに話した。
「……わ、たしも……行く……」
即答だった。
彼女に迷いはない。彼女は、ほかに頼る人もいないのだから当然と言えば当然なのだけれど、僕は悩んだ。だって、僕の目的は……。
「でも……カミゴロシの旅に、神を巻き込むなんて……」
「べ、つに……かまわ……な、い……わ、たし……タグと、一緒……に、い……いたい……だけ……だから……い、っしょ……に、行く……」
正直、嬉しかった。
僕だって、君と一緒にいたいんだ。ずっと、この先も……だから、一緒にきてくれるのはとてもうれしい。
僕は悩んだ末、彼女を連れて行くことにした。
「……で、も……次……どこ、へ……いくの……?」
「うーん……まだ決めてないなぁ。この街に来たのも偶然だったし、とりあえず、東に向かって気ままに進んでみることにするよ。慰労祭が終わったら、荷物をまとめて行こう」
そして、慰労祭が終わった夕方。
街のはずれにあるテントにて、竜が降り立った。神の眷属となった竜は、しかし、この街からは離れられない。彼女がいてくれるだけでとてもありがたかったけれど、彼女には子どもがいるため、無理は言えない。
「すみません。本来なら、私も行くべきなのでしょうが……」
「いいよ。この街を守ったのだって、君がこの先もこの街で暮らすためでしょ? なら、無理についてきてなんて言えないよ。それに、子どもたちのこともあるしね」
「タグ……ありがとう。あなたの言う通り、私はこの街で子どもたちを守りながら生きていくことにします。ですが、何か困ったことがあればいつでも呼んでください。私は、ソルフの毛族なのだし、すぐに駆けつけます。遠慮なんてしないで、私を頼ってくださいね」
そう、言い残して竜は立ち去る。
これは今生の別れではない。だけど、しばらく会えなくなると考えると、なんだか哀しくなった。
「……じゃあ、行こうか」
「うん……」
竜を見送った僕たちは、街から出るために森へと入って行った。
どれくらい歩いたか分からないうちに、何とか森から抜け出すことが出来た。そのころには空に星空が広がり、ソルフも眠気眼をこすっていた。
森の中は危険な生き物がいて野宿なんてできない。だけど、今は視界の限り広がる草原にいた。ここなら安全だろう。
僕はそう判断し、パズリィの残したテントを張って野宿することにした。
歩き疲れていたソルフは、軽い食事のあとですぐに眠ってしまった。僕は【霧銘】を携えながら横になり、暗闇を見つめた。
ほんの二週間くらいの出来事だった。
僕は様々な人に出会い、経験し、そして……神を殺した。
目的の神ではなかったにしろ、それは僕に自信を与える。まあ、正確には殺せなかったわけだけど、僕の力が神に通じるものだと、そう証明されたみたいでうれしい。
【霧銘】を握りしめる。そういえば、結局あの異形のシカの正体って……」
「――まさか、ラリウス、なのか……?」
最高神ラリウス。僕の妹を殺し、ソルフの存在意義を奪い、エーレンティカに怒りを植え付けた神……そして、僕の復讐対象。
さしずめ、この【霧銘】はハンデということだろうか。神の力を消す能力を持った剣を与え、暇な時間を潰せるほどに強くさせて……いつか自分に挑ませる。
エーレンティカは、人間は神の『暇つぶしの道具』だと言った。なら、ラリウスも同じことを考えているんじゃないか?
あの話し方だってそうだ。今思い出すと分かる。あの、人を馬鹿にしたような、妙な話し方はラリウスだ。
僕の妹、ソルフ、エーレンティカときて、次は僕で遊ぶっていうわけか……。
「なら、それでいい。僕の復讐が完遂されるなら、お前を斃す」
虚空に向かって呟いて、僕は眠る。
夢を見た。
妹が生きていて、僕も真っ当な生き方をしていたとしたら……そんな嘘の光景を反映した夢。
僕と妹は笑いあって村を歩く。他に誰の邪魔をされるわけもなく、ただ淡々と歩く。それがどれだけ幸せのことだったか、いまなら分かる。
ただ一緒に歩いているだけ。会話も大して面白くもなんともないのに、僕らは笑っていた。ああ、これが幸せというものなのか。
それを陥れる影が一つ。
神の存在が、それを蹂躙した。
妹を殺した神に、僕は改めて復讐を誓い――。
ソルフに手を握られた現実の僕が、目を覚ました。心配そうに見つめてくるソルフの姿がよく見えない。涙で目が曇っていた。
「だ、い……じょうぶ……?」
「う、うん……ごめん。心配かけて」
ソルフは首を振った。彼女の小さくて優しい手が、僕の心を絆す。
そうだ。
今はソルフがいてくれる。妹はいなくなったけれど、今は彼女がいてくれる。妹の代わり、というわけじゃないけれど、僕は彼女を守ると誓った。
ソルフの手を握り返して、僕は微笑む。
「絶対に、君は僕が守るから――」
ソルフはほほを赤く染めて、静かに頷いた。
朝日が昇ると同時に、僕らはラリウスを探して旅に出る。
神はそんな彼らを見守って、今もどこかで笑っていた。




