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ゴッドキル・ザ・メサイア ~カミゴロシの救世主~  作者: 蒼露 ミレン
第四章 『顕現されたし神は――』
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4-7 『兵士』

「ッ!」


 竜の叫びと同時に振り向きざまに【霧銘】を薙ぐ。固い感触を残して兵士が霧散した。兵士たちは学習したのか、一列になって剣を構えていた。


 一対一なら勝てる。だが、数が多すぎる。有限の体力しか持ち合わせていない僕じゃ、この兵士たちにいつ負けてもおかしくない。体力が尽きたら負け。


 兵士たちは当然ながら無表情に剣を振るってくる。パズリィとの修行で鍛えられているため、それらの動きが遅く見える。だが、受けてみるとその一撃は重い。弾くこともできず、しかし避けると少女に当たってしまう。兵士の腹を蹴り、いったん距離を開け、前進。たたらを踏む兵士に向けて【霧銘】を袈裟懸けに振りおろす。


「タグ、そのままやっていてもきりがありません。それに、時間は限られています」


「分かってるよ。でもどうすれば――」


 竜が膜越しに考えに耽る。このまま兵士の相手をしていても数は無限に近いし、エーレンティカが『書物化』の準備を終えるまでにすべてを倒さなければならない。そんなことは不可能。竜にだってわかっていたが、どうすることもできなかった。


 ただ、方法がないわけでもない。


 無論、この竜と僕との間を隔てる膜を取り除くのだ。そんなことが出来たらとっくにやってるよ!


 兵士の相手をしていると、ほかのことに手を回せなくなる。もう少し、学習能力がなければいいものの、変に学習するのだ。戦うたびに学習し、あと一歩で斬られるというところまで迫ってきた。適応力も高い。


「くっ……本当にきりがない」


「諦めないでください。今、この街を救えるのはタグだけなんです。この膜さえ除くことが出来れば、それだけでいいのです。決して簡単だというわけではありません。が、私たちにはあなたに頼るしかないのです。あなただけが、希望なのです」


「……やってやるさ。絶対に負けない。絶対に――」


 絶対に、この子を守ってみせるから。


「――どうすればいい? この結界を解くには……」


「【霧銘】の力……それをあなたが使いこなすことが出来ればいいのですが……エーレンティカはその剣のことを知っています。警戒するでしょう。ただでこの結界を解かせるようなミスは冒さないはずです」


 エーレンティカも、自分で張った結界が【霧銘】で解かれてしまう可能性があることを知っている。さらに状況が悪くなったな……。


「そうか……だからこの数なのか。僕に【霧銘】の力を使わせる余裕を失くさせて、その間に準備を進めているのか」


「そうでしょう。そして、それは今エーレンティカに隙があるということでもあります。彼は準備を整えるまで、ほかの一切をすることが出来ない……はずです。これは確信ではありませんが、可能性はあります。もちろん、こちらからこの結界を解けないか、いろいろやってみるつもりです。ですが、手っ取り早いのは、タグが【霧銘】の力を使うことです」


「……なあ、竜」


 兵士の一体を薙ぎ払いながら、竜に訊ねる。


「君は、【霧銘】の能力を知っているのか?」


「……」


 竜は、言いよどむ。カミゴロシの剣、それは神と敵対する竜でさえも恐れていた剣なのかもしれない。それならなおさら、この剣のことを知りたい。神を屠れる、唯一の手段。


 決心したように、竜が口を開いた――その時、上空から何かが迫ってきた。


「ぐっ……結界の外にもこんなものを!?」


 竜に襲い掛かったのは、幾万にも及ぶ竜騎士の姿だった。ただ、騎士がまたがる竜は非常に小さい。小さいゆえに、尻尾の一薙ぎで何体もの竜騎士を屠ることが出来た。


「タグ、とりあえず、話は後です。すべてが終わった後、あなたのその剣についてお話しいたしましょう。今は、目の前の敵に集中してください!」


 言って、竜が翼を広げた。そこに五つの魔法陣が現れ、閃光を放つと、雷の束が竜騎士に向かって飛んでいった。


 翼を大きく羽ばたき、彼女は空へと消えていった。それを見送る間もなく、兵士が剣を淵おろしてきた。剣の腹に【霧銘】を当てて滑らせ、軌道をそらさせる。


 地面をたたき割った剣はそのまま突き刺さり、その一瞬の隙を逃さず、【霧銘】を斬り放った。兵士が霧散し、次の兵士が前へ出てくる。


 ここは行き止まりだから逃げることもできない。どうすれば現状を打破することが出来る? 結界を解かなければ、竜が中に入ってこられず、時間が来てしまう。


 エーレンティカがどこまで準備を進めているのかは分からない。だけど、早くしないと手遅れになることに違いない。対処するなら早いほうがいい。


 兵士すべてを蹴散らすことは不可能。数がしれない。兵士を呼び出したとき、エーレンティカは『幾万の兵士』と言った。なら、一万以上の兵士がここにいるということになる。そんな数をさばけるほどの剣術は、僕にはない。


 【霧銘】を握る。


「……なあ、お前に力があるなら、今ここで貸せ。僕の守りたいものを守れ。倒したい仇敵を倒す力を、僕に見せてみろ。応えろ――【霧銘】……」


 ささやく。


 同時に、【霧銘】の刀身に青白い靄が迸った。靄は狭い路地裏を埋め尽くし、目の前の敵の姿を隠した。


 隠れたのはお互いだった。兵士もこちらを見えていない。ただ、違いがあるとすれば、その青白い靄は僕の味方だということだ。


 青白い靄は兵士の身体を包み込むと、一斉に文字化してしまった。そのまま兵士は霧散し、さっきまで大勢いた兵士の数が一気に減ってしまった。


 これが、神を殺す剣の力……。


 一切剣を振るうことなく、相手を殲滅する剣……いや、それは少し違うような気がする。もっと限定的な何かがあるんだ。


「ぅあああ……あああッ!!」


「だ、大丈夫か!?」


 少女がこれまで以上に激しく苦しみ始める。兵士の数が減ったとはいえ、まだいるにはいる。油断できない。ただ、兵士たちは目の前で仲間が消えたのを見て、青白い靄に触れようとしなかった。青白い靄が発生している外側で、じっとこちらを睨む。


 襲ってこられないなら構わない。


 苦しむ少女に寄り添い、彼女の頭をなでる。少女は目を見開いて、はぁはぁと喘ぎながら虚空を見つめていた。彼女に何があったんだ?


 少女の肩に手を伸ばす。その手の甲に、矢が突き刺さった。


「ぐあっ!?」


 矢を引き抜くと、すぐに霧散してしまった。なんだ、この矢は……。


 矢の飛んできた、路地裏の建物の上を見上げると、そこに軍馬にまたがる影の集団が見えた。ほぼ全員が弓を持っている。そうか。高いところに上れば、【霧銘】の青白い靄も届かない。


 嫌に学習するな。見上げた弓兵たちが、再び矢をつがえる。今度は一斉掃射。少女を抱きかかえてその場から逃げ出すと、さっきまでいた場所に千以上の矢が降りかかってきた。雨だ。


 冷や汗を垂らしながら逃げる。一旦【霧銘】を鞘に納め、少女をしっかりと抱いた。こんな状況でも、少女は変わらず苦しみに呻いて涙をこぼす。


「くそ……絶対、守ってやるからな!」


 走り去る、その数歩後に矢が降りかかる。


「あああっ! あああぅぅあぅ!! ぅああああああああああっっ!?」


 時間がない。直感が言った。


 エーレンティカの準備のことではなく、少女の限界が近いのだ。このままでは、エーレンティカを討つ前に少女が壊れてしまう。どうすれば……。


 相変わらずの路地裏を、右左折繰り返して必死に逃げた。大通りに出ることはできない。そこにいくつもの兵士やら軍馬やらが待ち構えているのだ。


 しかし、その現状がさらに僕を追い詰めていた。路地裏ばかり行っていると、狙いすまされた矢が目前に落ちてきたりするのだ。道は狭く、ほとんど一方通行だから、狙いがつけやすいのだろう。そして、あいつらの学習能力の高さも考慮すると、時間が過ぎるほど、僕は追い込まれていく。


 目の前のポリバケツに矢が突き刺さった。中身がぶちまけられ、異臭を放つ。踏むのは嫌だから軽く跳んでまたがった。


 背後から近づく足音が聞こえた。兵士だ。【霧銘】を納刀した今、青白い靄を発生することが出来ず、奴らもそれに気づいたらしい。このまま少女片手では、追いつかれるのも時間の問題……。


「くそっ……どうすれば……どうすれば……」


 走りながら考えていても、考えはまとまらず、やがて僕は行き止まりにたどり着いてしまった。目の前に壁。乗り越えることはできないだろう。


 振り返ると、やはりそこに兵士がいた。さっきの戦闘から、彼らも学んだ。狭い路地裏でも、二人の人物なら横に並ぶことが出来る。バカだけど、気づくと厄介。


 それに、敵は目の前だけではない。僕が逃げている間も、建物と建物の屋上を伝って弓を放ってきた奴らがいるのだ。頭上を見上げなくとも、彼らが付いてきていることは容易に知れた。


「……まだだ」


 それでも、諦めるわけにはいかない。


 今度こそ、この子を守るんだ。僕の手で、彼女を命を賭してでも守り切らなければならない!


「かかって来いよ……僕は、お前らごときに負けやしない!」


 いつか、神を殺すんだ。だから、こんな作られた兵士如きに負けられるわけがない!


 そんなのはただの強がりだ。負ける。僕は殺される。そう怯えている心がある。心の底で、小さな僕が逃げろ、と叫んでいる。弱い自分が、弱い自分を肯定しようと必死になって騒いでいる。


 死んじゃ意味がない!


 殺されるに決まってる!


 ――だから、何だっていうんだッ!?


「だから逃げるのか? 自分がピンチだからって、そう簡単に逃げるのか? 自分の目的も、信念も、守りたいものも、全てをなげうってでも、自分の命だけが大切なのか? 違うだろ。目的のために手段は厭わない。だけど、ここで死ぬ気にならないと、意味がないだろ! 守りたいものを守れもしないくせに、弱いことを肯定しようとするな!」


 叱咤。己の弱さを肯定しようとする、己に対して、僕は慟哭を上げる。


「弱い弱い弱い……そう、何度も言われてきた。何度も何度も、僕は見限られてきた。妹と比べられ、パズリィと比べられ、何度も蔑まれ、疎まれ、それでもあきらめなかっただろ! 負けたくないなら、それを肯定するな。諦めない。それだけが、僕みたいな弱者にできる、唯一の手段だろ!?」


 【霧銘】を抜き放つ。僕の周囲に青白い靄が立ち込め、兵士をひるませた。


「負けるな。勝て」


 全ては――守りたいものを守るため……僕はこの剣を振るう。


「絶対に、僕が勝つんだ」


 弱者は、圧倒的不利に立たされながら、不敵に笑う。



 襲い掛かってきた兵士の一撃を避け、その腹を蹴り上げた。霧散する前に胸ぐらを掴んで引き寄せると、兵士の背後から降ってきた矢がいくつも風穴を開けた。用済みの兵士を捨てると、彼は空気に解けて消えた。


 青白い靄が、兵士のいくらかを文字化させた。しかし、兵士たちは自分が消えてもいいと言わんばかりに己を犠牲にして突っ込んでくるのだった。突っ込んできた兵士を盾に矢を弾いているが、兵士たちもやがてそれを学習する。対処する。


矢が兵士が霧散すると同時に放たれた。【霧銘】でそれらを撃ち落とすと、視界の端で兵士が刀を振り上げて襲い掛かってくる。飛び退いて避けると、彼の背中めがけて【霧銘】を振り下ろした。兵士が霧散。同時に矢。


「くっ……厄介になってきた……」


 このまま同じことの繰り返しにさせておくわけにはいかない。兵士は無限に近いのだし、ここらでケリをつけたいところだった。


「ぅあああああッ……あああああっっ!」


 だけど、それがなかなかできないのは、彼女がいるからだ。頭痛に呻き、蹲る彼女を守りながら戦わないといけない。彼女に矢が降りかからないように守らないといけないし、いつ兵士が彼女に照準を定めるか分からないのだ。


 飛び込んできた兵士を薙ぎ払う。霧散。矢。


「――【霧銘】ッ!」


 叫ぶと、【霧銘】から青白い靄が迸った。兵士たちを包み込んで、消していく。だが、全員を消す前に矢が降りかかって中断せざるを得ない。兵士全員を倒せないまでも、少しくらい時間が欲しいところだった。


 矢が消えないのは、おそらく実物だからだろう。【霧銘】の青白い靄は、実物は消せないようだった。この場で一番厄介な矢は弾くか避けるしかできない。しかも、その射手を倒そうにも距離が離れすぎている。上に。だから倒せない。


 雨のごとく飛来してくる矢を【霧銘】をくるくる回して防いだ。少女には当たらないが、

僕は膝に痛みが走って膝をついてしまう。矢が、膝の皿を貫いていた。


 そうすることで隙が出来てくる。


 一斉掃射。それらは寸分たがわず、僕を狙って放たれた。痛みをこらえて、転がるようにして避ける。すべては避けられず、左肩に二本、続けて刺さってしまう。


「がっ……」


 血が流れる。意識が朦朧としてきた。それでも負けるわけにはいかない。


 立ち上がり、少女を守るための盾となる。


 兵士たちは学習した。弓ならば、自分たちが消されなくとも攻撃が出来る、と。


 先ほどよりも割り増した矢の豪雨が、ただ一つの目標へ向けて降りかかってきた。僕の後ろには少女。


「避けられ――」


 【霧銘】を必死に振るった。四肢が潰れた。急所だけは守った。が、それ以外の場所に、いくつも矢が貫いた。


 全身針達磨にされながら、僕は立っていた。背後にうずくまる少女。


「あああ……ぅあああああっっ!!」


 しかし、少女は頭痛でふらふらしながら立ち上がった。僕の服の袖を引っ張る。けれど、僕には感触がほとんど残されていなかった。痛覚さえも、つーっと冷めた何かが身体の中を降りると同時に消えていった。


「ま……も、る……か……――」


 守るから――だから、心配なんてしないで。


言う前に、僕は斃れる。薄れゆく視界の端で、少女が泣きじゃくって僕を揺さぶっていた。そんなことをして、もう君は大丈夫なの? さっきまで苦しそうにしていたじゃないか。


「ぅあああああああああああああッッ!!」


 苦しくないなら、ここから逃げて。僕なんか放っておいていいから。僕が、君を命を懸けてでも守り切ってみせるから。君は生きて……。


「ぅぅああ……あああっ!」


「……は、やく……にげ……て……」


 少女が首を振る。なんで、こんなことになってまで強がるの? ダメだよ。君は強がりで、頑固だけど……今は逃げなきゃ。


 だけど、少女が僕の言うことを聞くわけがなかった。もういいんだよ。諦めて、ここから早く逃げて……じゃないと、エーレンティカが君を殺しにくる。


最後の力を振り絞って、彼女の頬をなでた。感触がない。ああ、彼女のぬくもりすらも……今の僕には……。


「……にげ、て……君、は……生き……るん……だ……」


「ぅあ……あぁ……」


 少女は諦め悪く、僕を必死に揺さぶった。ああ、僕だって生きたいんだ。君と一緒に過ごしたい。もっと、君と……。


 少女が自分の頬を撫でる、僕の手を握った。


 生きて――少女がそう言おうとしているのが分かる。それでも君はしゃべられないから、そんな悔しそうな顔をしているのかな。


 そんな君のことが……好きだった。


 他人に優しい君のことが好きだった。他人のためなら、己すら犠牲にしてしまうほどに優しい君のことが……でも、僕はもうだめなんだ。だから……。


「……すき、だよ……だか、ら……生きて……」


「ぅああ……」


 少女が大粒の涙を流しながら、唇を重ねてくる。必死に生き返らそうとするように。手足の感触すらなくなったはずなのに、彼女の優しさだけ感じる。彼女の熱を感じる。


 口内に舌が入ってきた。意識がほとんどない僕には、何が起きているか分からなかったけれど、少女は僕の舌を絡め取り、そして。


「ぐあっ――」


 噛み切った。


 口の中に血があふれる。死にゆく僕には関係のないことだけど、なぜ少女がこんなことをしたのか分からない。分からない……まま、僕は意識を失う。



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