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ゴッドキル・ザ・メサイア ~カミゴロシの救世主~  作者: 蒼露 ミレン
第四章 『顕現されたし神は――』
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4-4 『覚悟』

あの時のことを思い出す――。


 地下室への扉をやっと見つけた僕が発見したのは、妹の亡骸だった。


 銃で撃たれ、頭から真紅の血を流した妹。その正面には、覆面を被った男が倒れていた。彼の体には複数の銃痕が見られた。


 ……いや、こんな男のことなんてどうでもいい。


 妹の手には拳銃が握られていた。そこから白い煙が立ち込めていた。触れてみると、まだ熱い。やけどした。冷静に分析できる状態じゃないはずなのに、僕の頭は不思議と冴えていた。


 辺りには何もない。ただ、妹の体にはいくつもの拷問の跡が見られた。鎖で縛られ、ナイフでいくつも斬られた跡があった。そこからも血が流れていて、抱き起そうとした僕の手を汚した。汚い。でも、大切な妹の血……。


 もったいなくて、僕は少しだけそれを飲んだ。少しでも近くにあってほしかった。少しでも、妹と一緒になりたかった。


 手遅れだったことに気づいた。その瞬間に、妹が殺されたのだと実感したその瞬間に、僕はいかに無力だったのかを悟って、妹のすべてを欲しがった。


 何でもいい。妹が確かに生きていた証拠が欲しかった。


 冷たい彼女の体を抱きかかえ、その額にキスをした。だからといって戻ってくるわけじゃないのに。もう手遅れだから。散々ひどいことをしてきたくせに、最後だけ僕は兄貴ぶってみた。


 すなわち、妹の死に直面して、涙を流した。


 悔しがった。


 妹を守れなかったことを悔しがった。


「あああああああああああああああっ!! ふざけるなぁぁぁぁぁああああああ……うあああああああああああ!!」


 叫ぶように泣いた。懺悔のつもりだった。


 されど、僕の願いは、ここにある思いは、虚空に消えてなくなるだけだった。彼女に届くことは、もうない――。


「ごめんよ……こんな兄ちゃんで……」


 泣いてもわめいても、何を言おうとも、妹はもう反応を示してはくれない。あの、人懐っこくて優しかった妹は、すでに何も言わなくなっていた……ああ、もし、これがすべて嘘だったなら、夢だったなら、妹に謝れるのに……。ごめんって言うだけなのに、難しかった。いや、不可能だった。


 大切だと気づかさせられた時には、もうすでに、その人はいない。


 後悔しても、もう遅かった。


 まだ未来があると思っていた。まだこれから先も、僕は妹を利用して楽をして生きていられるはずだった。それが実現できないことだと分かると同時にこれだ。兄貴失格。人間失格。僕は人間ですらないのだ。こんなやつが、人間でいていいはずがない。


 そもそも、なんで妹が殺された? 


 誰が殺したかは明らかだ。この男……自分で殺しておきながら、自分も妹に殺されている。ざまあみろ。……あれ? 妹はこんな拳銃、持っていたかな? 


 おかしい。妙だ。


 妹が先に撃たれたなら、男にこれだけ風穴を開けられるわけがない。これだけ銃痕があるんだぞ? 


 対して、妹は額を一発撃たれただけだった。なのになぜ……妹が持っていた銃のほうが後で撃たれたみたいに熱いんだ!?


 誰か、もう一人いる?


 そう、考えが至ったとき、


「――ッ!」


そいつは、妹から現れた――



「――ッ……――あっ――……あぅ――ッ!!」


「げほっ……げほっ……っあ!?」


 のどに詰まった血反吐を吐き出すと、僕は跳ね起きた。辺りを見回す。


 少女と目が合い、彼女が無事でいることに安堵すると頭がだんだん冴えてきた。同時に、焦りに襲われる。


「ぼ、僕はどれくらい眠ってた!?」


『十、分』


「十分……くそっ」


 十分もあれば、準備が終わっているかもしれない。あと少しどころじゃなく、もうすぐ、この一瞬の間にも神が現界するかもしれない。


「早く探さねぇと……痛っ……」


『無理、ダメ』


「無理とかじゃない。それに、このままじゃ神が現界してしまう。そうなったら、みんな消えるんだ。この街を救えるのは僕しかいない。僕が止めないと……」


「……」


 少女が泣きそうな顔をする。そんな顔しないでくれ。僕の願いは当然彼女には通じない。服の袖をぎゅっと握り、少女は首を振る。嫌だ、無理しないで、離れないで……少女が何を言いたいのか、はっきりと分かるわけじゃないけれど、僕にパズリィの下へ行ってほしくないだろうことだけは分かった。


 絶対に負ける戦い――。


 パズリィになんて勝てるわけがない。負けるくらいなら、傷つくぐらいなら、パズリィになんて挑まず逃げてしまえばいい。逃げられるならすぐに逃げているのに、少女はそう態度で示す。


「ぁう……」


「ごめん……でも絶対、君を守るから。それだけは約束する。誰も消させないし、君だって守る。今度こそは絶対……だから安心して」


「ぅぅあ!」


 それでも少女は首を振った。無理しないで、戦わないで――少女の心の声が聞こえてくるようだった。


 優しい彼女に対して、僕は謝ることしかできない。どうしても、僕は彼女の望まない方向へ進まないといけない。パズリィを探して、神の現界を止めさせないといけない。それがどれだけ危ないことだったとしても、僕は迷っている暇なんてんなかった。


 袖を握る小さな手を包み込むように握り、手を放した。少女は首を振って必死になる。


「ごめん……今だけは、君の言うことを聞いている場合じゃないんだ。安心して。君のことは僕が守る」


 だから、無理しなくていい。危ないことなんて、君がする必要はない。


 心配だってしなくていい。僕が守るから。君を置いていくなんてありえないことだから。僕を信用してみてよ。


――そう、少女の目を見て言えるような勇気が欲しかった。


 でも、僕ははっきりそう言うことができないまま、服を掴んだ少女んを手をゆっくり解いた。少女も諦めたように、少し未練がましくともゆっくりと離れていった。


「……絶対に守るから――」


 情けなくも同じ言葉を反芻することしかできない僕に、少女は呆れたようにふっと笑って手を放した。


 踵を返し、パズリィがいるだろう方向へ足を向けた――その時、目の前にあいつは現れた。


「くっ……何でこんなときに……」


『こんな時、ではなく、こんな場所に、と言いたいようですなぁん』


 異形のシカは、僕の顔を見て、シカらしくなく笑った。


「……ていうか、しゃべれたのかよ」


『おー、おー……ようやくここまで戻ってきたばかりなぁ。でもまだまだ。おお、これはこれは【舌壊断】。久しぶりだが、妾のことは覚えていないようだなぁん。まぁ、いいけど。覚えていようがいまいが、どちらでもいいなぁん』


「……あぅ」


『そんな睨むなよ、【舌壊断】。これでも、貴様が選んだ者を支持しているなぁん』


「……お前は、何者なんだ?」


 異形のシカは緩慢に首を巡らして僕の姿を認めた。シカらしくない笑みをそのままに、言う。


『それは、貴様がよぉぉ……く知っているはずだなぁん。あぁ、忘れたかなぁ? それならそれでいいけれど……思い出さないと、後悔しても遅いんだぞぉ? 貴様が守れなかったものと同じようにな』


「っ……お前は、僕の一体何を知っているんだよッ!!」


『あっはは! 慌てる慌てる! 人間の反応は面白いのぉ……だけど、それを話している時間は、残念ながらないんだなぁん……』


 異形のシカは上を見上げる。つられてそちらを見てみると、空全体に赤い文字が這っているのが見えた。赤い文字はゆらゆら揺れて、不規則に動いていた。蛇のように見えるそれが背筋を寒くさせる。


「な、なんだよあれ……」


『神が現界する。それまでに、貴様はあれを止めないといけない。一度現界した神を止めるのは、至難だぞ? あっはは! でも、貴様には【霧銘】があるしなぁん。それを使いこなせれば、神だって倒せる。妾からの授けものなぁん』


「神を倒せる……?」


『さて、本題本題』


「いや、ちょっと待てよ」


『嫌。無理なぁ』


「【霧銘】って、いったいなんだよ。この剣は一体……」


『人間が知らなくていい存在。だけど、もし貴様が【舌壊断】に見限られでもしない限り、いつか知ることが出来るはずなぁ』


 僕は少女を見下ろす。この子が異形のシカとどんな関係なのかは分からない。それに、この子は記憶をなくしているので、自分の正体すら知らないんだ。なのになぜ、この異形のシカは何でも知っている風にこう人のことを言えるんだ?


 異形のシカを睨み付けるが、その時、空が赤光に包まれた。神の現界が近い――肌身でそれを感じる。異形のシカは空を見上げると、ふうと息を吐いた。


『はぁ。こうなるなら遊ぶんじゃなかったなぁん。遊びすぎた。放っておきすぎた。その責任は、貴様には全くないが、妾はこの責任をすべて貴様に託すことにしたなぁ』


「おいコラ。勝手に責任転嫁してんじゃねぇよ」


 しかし、異形のシカは人の話を聞かない。自分の都合のいいように話す様が気に入らなかった。苛立つと、異形のシカはそれすら見越したような嫌な笑みを浮かべて見せた。


「――用事があるなら、さっさとしてくれ。早くしないと、神が現界するだろ」


『そうだなぁ。そうだ。それが妾が貴様に託したいことだ。あの神を現界させてはならない。貴様にそれを託したい。こう見えて、妾は結構貴様を気に入っているんだなぁん。なあ、タグ、貴様は神が憎いか?」


「は……?」


『神が憎いか? 恨めしいか? 妹を殺されて、その原因が神にあると思い込んで、神を殺したいほどに憎いか? これからこの街に神が現界する。その神を迷うことなく、殺すことが出来るか?』


 何を言い出すのかと思えば……ふざけているのかと思ったが、異形のシカの目は真剣だった。真剣に神を恨んでいるかを訊いている。僕のことを知っているくせに、なぜそんなことを確認しないといけない?


 分からないことだらけだった。この奇妙なシカに、全てを話してもいいのか考えたが、今は時間のほうが大事だった。


「――ああ、憎い憎い。殺したいほどに憎くて恨めしい。だから僕はこの街で剣を教えてもらおうとした。だけどそいつが、今は神を現界しようとしている。だから、それを止めなくちゃいけないんだ」


『へぇ、そうかそうか……それはいい。つまらない神には、とてもいい。日々だらだら過ごすことしかできない引きこもりライフ満喫中の神にはいい刺激だなぁん』


「お前は一体――」


『さて時間時間。あとの質問は後で。すべてが終わった後で。あっはは。全部終わったときに妾のことを思い出せればいいけどなぁん』


 そう、異形のシカが言ったときだった。


 ぐにゃり。空間が歪み、立っていることが難しくなる。


「っな……」


 これは、前にクイムと竜の卵を探していた時と同じ状況!


「あっはは~。じゃあ、頑張ってきてねぇ、タグ。……殺された妹のためにも、ね」


「お、お前はまさか――ッ!」


 だが、言葉は最後まで続くことはなく――。


 視界は暗転する。



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