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ゴッドキル・ザ・メサイア ~カミゴロシの救世主~  作者: 蒼露 ミレン
第四章 『顕現されたし神は――』
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4-2 『閑散』

 命令すると、【霧銘】は光り輝き、周囲に立ち込めていた青白い霧が爆閃した。真っ白になった視界の中、青白い霧が僕の体に入ってきた。汗腺に吸い込まれたそれは、やがて僕の筋骨を生成する。神経を覆い尽くすと、僕は座り込み、自分の手を握ったり開いたりしてみた。


「う、動かせる……」


 不思議な剣だ。あの異形のシカは、なぜ僕にこの剣を託したのだろうか? 


 けれど、今はそんなことを考えている暇はない。少女の足は遅い。今から走って追えば、彼女に追い付くのは容易だ。


「今度こそ……絶対に守る……!」


そう心に誓って、僕は街へ向かって走り出した。



 街にはすでに誰もいなかった。一瞬、ひやりとした嫌な汗が流れたが、よく考えると、今は深夜で、みんな眠っているようだった。起きている人間は少ない。


 けれど、街にまったく人がいないというのは妙だった。今は慰労祭。誰かがちょこまかと動いていてもおかしくない……。


 ふと、視線を街の大通りからそらしてみると、その理由も明らかとなった。


「――もう、みんな殺されたのか……」


 路地裏。そこに出歩いていたであろう人たちがうずたかく積み上げられていた。まるでそれは、収集したごみの山であるかのように。


 異臭が立ち込めていた。パズリィが殺しただろう人畜の山が、すでに腐り始めているのだろうか? それにしては早い。なら、数日前から少しずつ、少しずつ殺されて貯められていた可能性がある。


 隠し場所は、あのマンションだろうか。そう言えば、あのマンションではパズリィ以外の人物の姿を見かけたことはない。もしあれが、死体置き場だったなら……そう考えるとぞっとした。そんな場所で、僕は剣の修行をしていたのか。


 もし、僕が最初にこの街に来た時、あのまま目覚めなかったのだとしたら、この積まれた山にうずめられていただろう。神の依代として、僕の体も使われていたはずだ。


 このままパズリィを放っておくわけにはいかない。少女だって心配だ。何をするかわからないんだ、あの子は。意志が固くて、頑固で、自分なりの正義を持っている彼女は、自分のすることに何よりの自信を持っていて、他人のすることに口出しする癖に、自分は大事な部分だけ話を聞かない。あの子はそういう子だ。だから、僕を救おうとなんだってするし、どんな危険な目にも遭おうと、無茶をする。


 大事で大事で仕方がない。妹の代わり? いや、今はそんなことは思っていない。確かに最初は妹の代わりに守ろうとした。だけど、いつの日か僕にはあの子が大切で大切で……そして、心から守りたいって、そう思えるようになった。


 今、彼女は危ないことをしようとしている。止めさせなければ。


 どこに行ったのはとんと見当がつかない。闇雲に走っていても仕方ないし……だとすれば、彼女が一番行きそうな場所だ。彼女は神官であるパズリィの顔を見ていないから……。


「――まさか……っ!」


 その考えが行き着くと同時に、僕はそこへ走り出した。少女が殺される。純粋でまじめな彼女は、きっと、助けを乞おうとパズリィの下へ向かっているはずだ!


「師匠のところへ行くな――っ!!」


 頼む、違ってくれ! 


 僕の予想は全くの見当違いで、彼女は違うところへ向かっていて、そしてまだ無事に、パズリィとも遭遇していない、そうあってくれ……。


 パズリィのマンションにたどり着く。この街で一番高い建物。ここからなら、街を一望できる。もし、パズリィが部屋に戻っていたなら、僕の動きを高いところから見ているかもしれない。


 ……いや、それはないか。


 僕は勝てなかった。見限られた僕なんかをいちいち気にする理由なんてない。僕はパズリィの視界にすら入っていない。


 僕の動きはバレていない。同時に、少女のことだって気にしてはいないだろう。今も殺戮を続け、神の限界までの準備を整えていく。もしかすると、このまま神が現界することだってあり得る。早く止めないと。


 よくよく考えると、パズリィが神官だって証拠がいくつかあったじゃないか! 


 自分は騎士だから神官を捕まえる立場にないって? たとえ街を守ることが衛兵の仕事で、騎士である自分には関係ないとはいえ、守るものは同じだろう? 


 そのうえ、神官が剣舞に参加しているって言ったのは、パズリィだ。竜も同じことを言っていたけれど、その噂を流したのがパズリィなら……。


 気づけなかった悔しさと情けなさに歯噛みし、マンションの最上階まで走っていくと、パズリィの部屋の扉を蹴破った。が、部屋は真っ暗で、誰の気配も感じなかった。


 相変わらず散らかった部屋。しかし、リビングだけはきれいに整頓され、机の上に本が置かれていた。


 題名の書かれていない本。それに手を近づけると、静電気のようなものがバチリと走った。僕には触れられない。それは神が認めたものでしか触れられない本だった。


 その中に何が書いてあったのか……考えても内容は分からないが、それがどういったものなのかは理解できた。


 おそらく、数年前の慰労祭で犠牲になった人たちの物語……神の傲慢に犠牲となった人々が集約された本だ。だから神とその神官でしか触ることが出来ない。


 どんなことが書かれているのかが分からなくとも、そう思うことで、読む気は失せた。人間では考えられないことが書いてあるに違いない。趣味の悪い本だ。自分も、それを読む一端になどなりたくなかった。


 リビングに背を向け、改めて誰もいないことを確認すると、窓の外から街を一望した。


 パズリィはどこにいる? 


 そして、少女は?


 しかし、時刻が時刻なだけに、真っ暗で何も見えなかった。街に明かりはなく、昼間の喧騒とは打って変わった閑散とした街を睥睨することしかできない。


 どこにも人の姿は確認されない。次に少女が行きそうな場所といえば、広場だろうか? あそこなら、誰かいるかもしれない。


 僕はパズリィの部屋を出て、広場へ向かった。向かう途中にも当然、人の姿はない。明らかに街の様子がおかしい。


 広場へ到着するが、やはり誰もいない。地面には白い粉が撒かれているだけで、それ以外には何もなかった。


 白い粉は何か文字のようなものを円状に描いていた。その円の中心に松明が一本立てられ、それを囲うようにしてしめ縄が置かれていた。


「……魔法陣か」


 神を現界させるための魔法陣。一定の距離までは近づけるけど、その中心へ行くことはできない。パズリィの部屋で見たあの本と同じ原理が、ここでも働いていた。


 生贄となる依代が必要だった。あとそれだけで、おそらく神が現界する。ここで待ち伏せしてパズリィを待つという手もあるが、そうしている間に少女にもしものことがあるかもしれない。


 少女の行きそうな場所の心当たりはすべて行った。あと彼女が知っている場所といえば……。


「テントか、エーレンティカさんのところのどちらかかな……」


 僕は剣舞の間以外は少女と一緒にいた。だから、彼女が知っている場所はすべて知っていると思う。竜と一緒に行動していた時もあったけれど、竜はいない。呼べば来るだろうけれど、時間が時間なだけに憚られた。


 今度は逆の立場になったわけだ。僕は竜の子どもたちを探したけれど、今度は少女を探す番。ただ、制限時間は残り少ない。あとどれくらい猶予が許されているのかも分からない。


 僕は唇をかみ、少女、そしてパズリィのいそうな場所を考えた。何処にいる……。


 ふと、【霧銘】の柄を握りしめた。それだけで焦る気持ちが抑えられた。思考が鮮明になり、深く考えられるようになる。


「……そうか。あの子は――」


 考えがまとまると、僕は走り出す。


 その場で、もしかすると二人に遭遇するかもしれない。パズリィと少女が、同じ場所に言っているかもしれない。


 二人が鉢合わせる前に、どちらかを見つけないと。


 どちらでもいい。少女が見つかったなら少女を止めるし、パズリィが見つかったときは……その時は――。


 決意する。今度こそ、負けない。


 いつもいつも、同じことを思っては負けているけど、弱気になんてなれない。弱気になんて、なれない。


 間に合え、間に合え!


 走る先は路地裏。そして、そこにひっそりとたたずむ小屋。


 扉を開けると同時に、【霧銘】を抜き放つ。


「――ッ!?」


 そこに、パズリィの姿があった。


 殺されたエーレンティカさんの返り血を浴びて、嬉しそうに笑うパズリィが、いた。


「早いわぁねぇ……まぁ、無駄なことだぁったけどねぇ」


「なっ……なんで……」


 ズルズル。エーレンティカさんの中から手を引きずりだして彼の屍体を投げ捨てると、パズリィの手にはどくどく動く心臓が握られていた。身体の主はいないが、それは一個体として生きていた。


 奇妙だった。


 だけど、神官である彼女になら可能なのだろうか……。


「ふふふぅ……そぉんな怯えたぁ顔しぃなくてもいいのにぃ」


「お、怯えてるわけじゃない! なんでエーレンティカさんが殺されるんだよ!」


「それは、エゴだよぉ。みぃんな殺した。みぃんな死んじゃぁった。彼だけじゃぁなぁいわぁ。なかんでってぇいう必要もなぁいでしょう?」


「じゃあ、言い方を変えますよ。なんでみんなを殺す必要が? だって、数年前の慰労祭だと、二十四人しか殺さなかったじゃないか!」


「――でも、みぃんな結局消えちゃあったでしょう?」


「だから、みんな殺してもいいと? そんなことが理由になるか……ふざけるな」


 臆病者で、小心者で、仮面をかぶって人と接することしかできなかった、この街のバカな人たち。弱点だらけで、弱弱しい彼らだけど、それでも楽しそうに生きていた。どうせ消えるから、どうせいつか死ぬから――だからといって殺していいわけじゃない!


 パズリィは笑う。怒る僕を見て笑う。面白がって笑う。街の人々を散々殺し回った殺戮者は、まるでそれが当たり前のことであるかのように、もしくは、そうすることが生きがいであるかのように、ただただ笑った。気持ち悪い……。


 エーレンティカさんの血が付いた右手を舐める。愉悦の表情を浮かべたパズリィは、腰に佩いていた刀の柄を逆手に握った。


 何をする気なんだ。


 【霧銘】を構えた僕を見て、パズリィは不思議そうに眉をひそめた。


「……なぁんだかなぁ……その剣、嫌ぁな予感するぅわ……でぇも、いいわぁ。どぉうせ、タグはぁ、私にかぁてるわぁけなぁいんだからねぇ」


「くっ……応えろ【霧銘】――僕に従え」


 言い聞かせるように【霧銘】に命じる。刀身に青白い靄が立ち込め、それは小屋を取り囲む。が、それだけだった。僕はこの剣のことをまったく知らない。刀身から青白い靄を発生させることしか、僕には分からない。


 パズリィは眉をひそめながらそれを見ていたが、やがてふっと笑った。


「なぁにをする気なのかぁ、たぁのしみだったんだけぇどねぇ……ガッカリだよぉ。無能な剣士にぃ無能力の剣……タグにはぁお似合いよぉ」


「……あはは。だってさ、【霧銘】」


 【霧銘】の柄をなぞりながら、話しかけるように言う。


「無能だって、無能だって。なぁ、【霧銘】……こんな殺人者にそんなこと言われて悔しいわけないよな。ふざけるなって言いたいよな。だったら、僕にお前の力を示せ。僕の守りたいものを、その身を賭けて守れ。僕に従え、【霧銘】――」


 ――が、【霧銘】は応えない。


「うふふぅ。うぅらぎられたうらぎられたぁ。味方になぁるはずの剣に裏切らぁれたぁ。ついでに師匠に裏切らぁれた。でぇもねぇ、それはぁ、君がわぁるいことするからよぉ」


「悪いこと……?」


「そぉうよぉ。タグはぁ、妹にさぁんざんなことしてたぁからねぇ。とおうぜんじゃぁないのぉ」


 ニタニタ笑いながら、パズリィは逆手に握った刀をゆっくり抜いていく。きりりと鯉口を切る音が、一種の音楽のように響いた。


「みぃんなに裏切られちゃったぁ、かぁわいそうなタグ……あはは。救われなぁい救われなぁい。だぁいじょうぶ。もぉうすぐ終わるからねぇ。みんなみぃんな……いなぁくなっちゃうのぉ」


 刀を抜き終えると、その刀身は三メートルほどあった。どうやって鞘から抜いたのか分からないほどに長い。刀の先には細かい文字が円状に描かれており、尾を生やしたようにそれは柄へ伸びていた。


 文字は柄を伝ってパズリィの腕へ流れる。赤褐色の光がマグマのように流れ、青白い靄の中で存在を示した。


「行くよぉ、【祟聖(すいせい)】」


 【祟聖】……それが今、パズリィが握っている刀の名前だった。



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