3-13 『神犯』
音楽は流れていなかった。辺りを見回すことで、それがなぜなのかを理解した。そして、さっきまで楽しそうにしていた観客たちも視界から消えていることに気づいて、僕はうめく。
一瞬にして、少女を注視していたそのわずかな間に、周りにいたはずの人が切り刻まれていた。僕の肩には、一振りの刀が刺さっている。
「――ぐっ……」
無理やり引き抜くと、辺りを警戒しながら少女を起き上がらせる。少女は何が起こったのか理解できていない様子で、目を白黒させていた。
「大丈夫。守るから……今度こそは」
神官だ。
僕は直感で理解していた。こんなことをするのは、もしくはできるのは、神官くらいなものだ。直接あったことはないけれど、それだけ強くなければならないと今日聞いたばかりだ。
視線を上へあげると、屋根の上に黒いフードをかぶった人物が立っていた。が、それは夕方話をした彼ではないことは明らかだった。身長が低く、顔には鬼の仮面を着けていたからだ。
神官は僕を見下ろすと、屋根を伝って逃げ出した。このまま逃げられてしまうと、この場にいた僕が殺人者となってしまう。それが狙いなのか?
「くそ……待てっ!」
ここで逃がすわけにはいかない。やっと見つけた神官をこのまま逃がしてしまえば、明日には街の人々が消えてしまう。
そうさせるわけにはいかなかった。だって、街の人が消えるということは、少女だって消えてしまうことになるんだ。そして僕の存在も……消えてしまうと、妹の復讐が出来なくなる!
少女をその場に置き去りにして、僕は神官を追った。神官が視界に入っている限り、少女が殺されることはないだろう。
短絡的に考え、屋根を伝って走る神官を必死に視界内にとどめた。夜で暗くなっているので、気を抜くとすぐに見失ってしまいそうだった。
ここで見失うわけには――必死に走るが、神官はとんでもなく速い。人間のレベルを超えている。神に遣えているのだから、それも当たり前のことなのかもしれないけれど。
神官は僕のことを気にしていないように、ただまっすぐ走っていた。これは好都合だ。まっすぐ走ってくれれば、見失うことはないだろう。
ただ、距離は徐々に空いていく。人の姿がまったくないとはいえ、追いつけなければ意味がない。
血でにじんだ地面を踏みにじり、死肉を越えて走った。ここらの住人は全員殺されている。さっきまで生きていたことが、まるで幻か何かのようだった。
街の中心部へはまだ遠い。このまま追いつけなくとも見失わなければ、何とかなるかもしれない。
誰かのもがれた首に躓いてよろけてしまうだけで、見失っていないかはらはらした。けれど、ぎりぎりの範囲で収まっている。まるで、神官が僕のスピードに合わせているかのように。
気味が悪い。というより、何か罠に向かっているんじゃないか、ふとそう思ったときには遅かった。
突如、目の前に何かが落ちてきた。
飛び越えてしまおうと思った僕だけど、それは憚られた。
落ちてきたのは、黒いフードの男……こっちこそ、夕方に話しをした彼だ。彼は口から鉄パイプを通されて、アユの塩焼きのような感じになっていた。腹は開かれ、腸は引きずりだされている……まさしく料理だな。
「くそ……逃がすか!」
「ふふふぅ……」
「――っ!?」
フードの彼から視線を上げたとき、僕の目の前は真っ暗になった。気づけば僕は腹を蹴り飛ばされていた。
家の壁を破壊し、壁にあった棚をぶちまけた。住人の姿はなかった。すでに殺されていたのだ。だから気にする必要はないと顔を上げる。
神官は串刺しにされた黒フードを踏みにじりながらこちらを見ていた。さっきの笑い声からすると、神官は女だ。神官は鬼の仮面の下で笑い続ける。僕の無様な姿を見て、嘲笑う。
「くすくす……」
「気持ち悪い奴だな……人をこんな形で殺すなんて、悪趣味にもほどがあるぞ」
「……」
神官は僕の言葉に反応を示さない。無視か? そうだとすると、さらに腹立たしくなってくる。完全に、僕はこいつに舐められていた。
ふざけるな。
僕は拳を握りしめる。帯刀していた【霧銘】の柄に触れる。その手が細い針に貫かれた。
「が――ッ!」
手がしびれ、拳を握ろうとしても握れなくなった。毒でも塗ってあるのか、細い針の表面がてかてかして見えた。
針を抜き取ると、すぐに痺れが引いた。毒じゃないらしいが、油断はできない。【霧銘】を抜き放ち、神官に向かって駆けていった。
【霧銘】は抜いた瞬間からいつもの青白い霧を発生させた。だけどそれだけだ。それ以外に、この剣に何かあるわけじゃない。こんな剣……あの異形のシカにもらった怪しい剣なんぞで神官を倒せるとは思えなかったけれど、今は気にしている場合じゃない。
【霧銘】を振るうと、神官は平然と避けて見せた。予想通り、上に跳んだ神官に向かって足を蹴り上げて砂埃を散らせた。だが、仮面を着けている神官に目くらましの意味はなかった。
神官は蹴り上げた僕の足を掴むと、腕を引いて投げ飛ばした。地面を転がり、誰かの屍体にぶつかって止まると、すぐに立ち上がるために地面に手をついた。が、ぬるぬるとした何かに触ってしまい、不快な怖気が全身を駆け巡った。
一瞬、止まった僕に神官は迫り、顎を蹴り上げた。がくんと脳が揺さぶられて、視界が定まらなくなった。脳からの命令が全身に行き届かなくなり、前のめりに倒れてしまった。
「が……ぁぐ……」
「よわぁいよわぁいのぉ……」
間延びした声が真上から聞こえ、僕は戦慄した。この声……まさか――。
「まぁだまぁだねぇ。これじゃぁあ、合格点はぁ、あげらぁれないわぁ……」
「あ……あぁ……く、くそ……僕は……だ、だまされ……た……」
「だぁましてなんかないわよぉ? だぁって、剣を教えてってぇ、たぁのんだのは、タグよぉ?」
神官が仮面を外す。鬼の仮面を剥ぐと、その下に現れた顔が月光に反射してよく見えた。
「ふふふぅ……弱い弱ぁい子は、わぁたしが責任をもってぇ、殺してあげるわぁ♡」
神官が――師匠が、嗤う。




