3-12 『舞姫』
少女と竜はその後すぐに見つかった。彼女たちも、剣舞が終わって早々にいなくなった僕を探していたらしい。街中を徘徊して、屋台で何かしら買って楽しんでいた。探していたんじゃなかったの?
広場の隅にあったベンチに三人で腰掛けると、竜は牛串を二人分取り出して僕と少女に渡した。最後に自分の分を取り出し、串に刺さった牛肉をほおばりながら、竜は眉をひそめた。
「そうですか……ふりだしに戻ったわけですね。これ以上の手掛かりと言っても、私には何も思いつかないのが現状です。タグ、どうにかして犯人を探してください。残り時間は少ないですよ。むぐむぐ……」
「分かってる。でも、手がかりもなしに神官を探すなんてできないよ。もう少し情報が欲しいところだけど……」
「むぐむぐ……私たちには、その情報を得る手段もありません。剣舞に神官が参加していないのだとすれば、剣舞に参加していない人物……それも、相当に強くないといけません。はぁ……そんな人物がいれば、すぐに分かるでしょうけれど、残念ながら、私たちはそこまで強い人物を知らないのです」
竜の言う通りだった。
神官は、剣舞参加者よりも強くなければならない。剣舞参加者を殺すなら、圧倒的な強さが必要になるはず……そんな力を持っている人物がいるなら、すぐに思い当たるだろうけれど、僕はこの街に来たばかりだし、竜だってそこまで人間のことを知っているわけではないのだ。
強い人物……そして、今回の剣舞に参加しなかった人物……何度考えても、僕が思い当たるのは一人だけで、しかも、それは絶対にありえない人物だった。
「……師匠は確かに強いし剣舞にも参加していないけれど……」
彼女は騎士で、この街を守る存在。なら、彼女がこの街の人々を殺すわけがない。人に恨みを持つような性格でもないしね。
むしろ彼女は神官を倒す立場なんだ。だから絶対にありえない。
知り合いが少ないから、僕は彼女以外に思い当たる節はない。そんな状況で、残り少ない時間内に神官を探すことが、果たしてできるだろうか……?
「でも、探さなきゃ、みんな消えてしまう」
「そうですね。タグの聞いた話が本当なら、神は顕現し、人々は本にまとめられてしまうはずです。そこから予想すると、顕現した神の力は無限ではないそうですね」
「無限じゃない?」
「はい。無限に力を使えるわけではないのです。神は力を使い果たすと、その力を一時失い、再び眠りにつきます。そして、力を封じられている間に、その人がまとまった本を読んで笑うのです。まったく、趣味の悪い……だから神は嫌いなのです。神が顕現したなら、私が打ち負かして差し上げましょう」
竜は瞳に殺意を宿しながらそう言うと、牛串をすべて平らげた。口元に残った油を舌で舐めとり、緩慢に立ち上がった。
「では、私はこの街を散策してみます。もし神官が見つかれば……ええと。何かしら合図でも送りましょうか」
「うん。分かった。僕もこの子と一緒に街を歩きながら探してみるよ。お互いに見つけたときは、何かしら合図を送ろう。君が見つけたときはすぐに駆けつけるから」
「ふふっ。頼りにしてますよ。もちろん、私もあなたが見つけたときにはすぐに駆けつけましょう。神を顕現させるわけにはいきませんからね」
竜はそう言い残し、雑踏へ足を踏み入れた。彼女の去る姿を見送ると、僕は牛串をすべて食べてしまい、串をビニール袋へ入れた。少女も食べ終わったみたいで、串をビニール袋へ入れた。
「さて。これからどうしようか?」
少女に顔を向けると、彼女は広場の方を注視していた。その視線の先で、今も音楽が奏でられている。ドーナツ状になった人の群れの中心で、腕に自信のある踊り子らが踊っていた。
彼女は、どうやら踊りに興味があるらしい。昨日もそうだったけれど、この子はあの中心で踊ってみたいのだろうか。
しゃべられないからよく分からないけれど、彼女は、人付き合いというか、みんなと一緒になにかをすることが好きなのかもしれない。普通に話せたなら、彼女は進んで輪の中心へと向かって行くことだろう。
しゃべられないかわりに、それを態度で示す。踊りという一種のコミュニケーションで、彼女は人とつながろうとしている。それを僕が止める筋合いはない。
「――じゃあ、あっちに行ってみようか」
「んー!」
その時の彼女の笑顔といったら、もう忘れられない。この子を大切にしよう。そう思った。
ベンチから立ち上がると、はぐれないように小さな手を握り、僕たちは熱狂する人々の中へと入っていた。もみくちゃになりながら輪の中心へ向かうと、籔林を抜けたような解放感と共に、踊り子たちを見ることが出来た。
遠くから見ているとよく分からなかったけれど、踊っている人々はバラバラだった。誰かが統率するわけでもなく、ただ音楽に乗って楽しそうに踊っているだけだった。
踊り子の女の子が舞うたびにきらきらとしたストールが流れ、彼女たちを蠱惑的に魅せた。服装もバラバラだけど、共通しているのは、みんな結構きわどい。布地面積が少なく、ほとんど肌を露出していた。
オレンジの街灯が温かく彼女たちを見守っているようだった。彼女たちの瞳がきらめく。美しい髪がさらさら流れる。
軽やかな音楽は、観客の大音声の歓声に負けぬ大きさで響き、踊り子が耳朶を叩く轟音に苦笑しながら軽やかなステップを踏み、彼女らの動きの尾を引くスカートが観客たちの目を引く。
ふと少女に視線を向けると、彼女はそんな娘たちを見てほほを染めていた。ぽーっと熱に浮かされたような表情で眺め、胸に手を当てる。
彼女に尻尾でもあったなら、きっと激しく振れているに違いない。そんなことを思いつつ僕は苦笑し、彼女の頭をなでた。
やがて音楽が止むと、踊り子たちは慇懃に礼をして各々散って行った。それに合わせて観客たちもわいわい騒ぎながらこの場を立ち去り、残った演奏家たちはそれぞれの楽器を片付けにかかる。
「……じゃあ、僕たちも行こうか」
「……ん」
少女は頷いて、僕の手を握った。ああ、この子も踊りたかっただろうに、けれど、あの中へは入って行けなかっただろう。興味はあっても、あの大観衆を抜け出していく勇気は、彼女にはなかった。
少し残念そうだった彼女は、僕を気遣うように笑みを向けると、ギュッと力を入れて手を握った。大丈夫――そう言おうとしているのだろうか。
僕も少女の願いをかなえてやりたかった。でも、こればかりはしょうがないか。もしも次に機会があるならば、彼女の背を押してあげることくらいはできるはず。彼女には十分に楽しんでほしいし、彼女の笑顔を見ることが、僕の楽しみでもあるんだ。
広場に用事のなくなった僕たちは、とりあえず、やることもないので人の波に流されることにした。こんな大人数でどこに行くのかは知らないけれど、その先に楽しいもの……少女を笑顔に出来る者があると信じて。
けれど、そんな人の波も徐々に捌けていき、人がまばらになるほど閑散とした場所へとたどり着いた。人が少ないわけじゃないけれど、先ほどの広場に比べれば、月とすっぽんくらいには違う。
この街は広いので、街の中心へ行くほど物価も地価も高くなっていくらしい。今いるのはおそらく街の端の方で、街灯もまともに整備されていないような場所だった。
それでも少し温かみを感じる。鉄筋コンクリートの建物ばかりで気が滅入っていたけれど、ここは少し古びた木造りの家が多い。たぶんそのせいだ。木と人間との関係は深いらしいし、僕も例外なく、鉄筋コンクリートよりは木のほうが落ち着くらしい。
まっすぐ歩いていただけなのに、どんどん街の中心から離れていき、慰労祭の雰囲気の欠片もないような場所にたどり着いてしまった。
戻ろうかな――そう思って少女に声を掛けようとしたとき、ふいに音楽が聞こえてきた。何処からか流れてくる、ゆったりとして、安心する温かい音色。
「どこから……?」
人がいるのだから、今日は慰労祭なのだから、音楽が流れていてもおかしくはない。だけど、僕はその音楽が異様に気になった。
少女も同じことを思ったようで、音楽の流れている方向を探してきょろきょろと辺りを見回した。
そして、聞こえてきた場所から少し歩いて行ったところで、僕たちはその音のしていた場所を見つけた。
洞窟だった。高い崖に掘られた横穴の中でたき火を焚き、数人の人物が火を囲って座っていた。音楽は何かの民族楽器で、瓜のような形をした木に四本の弦を張って、それを弾いていた。
広場で聞いたような、大きな音でもきれいな音でもない。ただ、その音には人を惹きつけるものがあった。つい聞き入ってしまうような音で、弾いている人の優しさを感じる音色だった。
その弦楽器に聞き入っていると、やがてたき火を囲んでいた一人の男が縦笛を鳴らす。音が重なって調和し、単色だった音色が鮮やかになる。
鮮やかな音は周囲へと響き、少しずつ、少しずつ、人を集めていった。この辺りにはお金をあまり持っていないような人たちが住むらしいので、みんなの恰好はみすぼらしかった。が、彼ら彼女らには、街で見かけた人たちのような冷たい雰囲気はなく、地味だけど鮮やかな音色の演奏者らを温かく見守っていた。
誰かが熱狂して声を上げることはなく、けれど満足したように、楽しそうに、演奏者らは音を奏で、そこへ少女が飛び込んで行く――っえ?
「あ、ちょ……」
気づいたときには、少女は僕の手からすり抜けて、演奏者らの前へ立った。演奏者と僕たち観客の周囲は少し空いている。観客と演奏者らの間に立った少女は、ひらりと振り返ると慇懃にスカートをつまんで礼をした。
最初は驚いていた演奏者たちだったけれど、お互いに顔を見合わせると、やがてふっと笑い、少女の無言のリクエストに応えることにした。
演奏者は二人だけではない。彼らはそれぞれの楽器を構えると、少女に合わせたような音楽を奏で始めた。
軽やかな音だ。踊りやすいように作られた音楽のようだった。さっきまでいなかった打楽器が追加し、そのぽんぽんと鳴る音に合わせて少女が跳ねる。
少女は、まるで昔から知っていたかのような踊りを見せた。民族楽器が奏でる音楽に見事合っている。彼女の服装自体が、まるでそれに合わせたかのような稜線を描いた。
観衆が湧く。控えめだけど、それでも観客たちも彼女の踊りに見惚れていた。
少女が舞う。
スカートが舞う。
髪が舞う。
美しい。その言葉しか出てこないほど、僕は彼女に魅入っていた。少女は僕の視線も、観客の視線も気にしない。ただただ、音楽に合わせて、表現したい自分を楽しそうに表現しているだけだ。
もしも。
もしも、少女が自分の過去を思い出したなら、何か変わるのかな?
ふと、そう思った。そして、できるなら少女とずっと、このまま何も変わらず、一緒にいたいと思った。
楽しそうに踊る彼女が、何より輝いていて。
彼女こそが僕の光で。
僕の抱いている闇を照らしてくれて、それが心地よくて、温かくて、何より代えがたくて……一生、そばにいてほしいと感じた。
踊る彼女の手を握る。いや、握ってきたのは彼女からの方だった。けれど、僕は少女のことしか見られず、観客だとか、音楽だとか、それらは気にすることなく、彼女に手を引かれて前へ出た。
少女が踊る。僕がへたくそながら彼女に合わせる。
少女が笑う。僕は苦笑して返し、目の前の彼女を抱きしめる。
肩に激痛が走り、僕は少女を押し倒す。血が滴り、少女の顔を汚してしまった。




