3-11 『同志』
夕焼けの太陽が沈もうとしている中、誰もいない小道を歩き、やがて大通りへ出る。大通りには人が埋め尽くされていて、前へ進もうとしてもなかなか進まない。
竜と再会する場所を設定していなかったので、僕は彼女たちを探さないといけない。こんな雑踏の中からたった二人を探すのは骨が折れる。
とりあえず、剣舞の行われた広場までやってくると、広場では次の催しが開かれていた。
屋台で囲まれた広場の中心に、さらに人が囲む中心で、踊り子が踊っていた。毎日同じことをやっているようだけれど、どうやら、剣舞と同じように踊りでも評価されて順位が着けられているらしい。慰労祭というのは、神に献上する踊りや戦いやらの順位づけでもあるのだろうか。どこか、そんな印象がある。
もしかすると、僕が知らないところでほかのものにも順位がつけられているのかもしれない。そして、慰労祭の最終日にその結果発表が行われるのだろう。
慰労祭も明日で最終日。明日になれば、もしかすると神が現れるかもしれない。
「……そうか、明日か」
明日――なら、神を顕現させる殺人も、明日で終わる。それを止められなければ、明日には神が顕現し、街の人々が消える。
少なくとも、数年前の慰労祭ではそうだった。
もしも、今回も同じことが起きるなら、街の人々は消え、代わりにしおりが落ちていることになる。
神を顕現させるために人を殺す神官……誰なのか見つけない限り、どちらにせよ、僕らが待つ未来は街の陥落。みんな消え、いなくなった人たちを探す人々はしおりの落ちた街を発見する。
「誰だ……神官は。剣舞参加者にいるはずなんだ。だって、剣舞参加者じゃないと、僕が見つけたあの人は殺せない。剣舞の最中は街中に出ることが出来ないから、剣舞の最中に殺されたはずなんだ。でも……妙だな。剣舞の最中は、殺傷武器は禁止されているし……なら、どうやれば……?」
まさか、犯人は一人じゃないのか?
一人は剣舞に参加し、もう一人は、剣舞の最中に殺傷武器や毒の調達をする。そして、誰も見ていない場所で殺す――そう考えるのがもっともらしい。
神官のことはよく知らないから、そうも考えられる。何人神官がいても構わないなら、複数の人物が今回の件に関わっているはずなんだ。
「……とりあえず、竜を探すか。竜がいないと、話にならないし」
この街のことも、昔の慰労祭のことも、僕はよく知らない。だから、竜がいないとつじつまが合わないことだって推理しかねない。
広場にはいそうにないし、別の場所を探そう――と、踵を返したときだった。
「っ!」
「……」
僕の目の前に、黒いフードをかぶった人物が立ち憚った。剣舞参加者だ。剣を腰に差しており、フードのわずかな隙間から赤い瞳がこちらを睨んでいた。赤い瞳の中心に、猫のような細い黒目が見え、彼が人間とは思えなかった。
「……何か用?」
「………君、何かいろいろ嗅ぎまわっているみたいだけど、止めておいたほうがいいよ。数年前の慰労祭でもそうだったから」
「数年前の慰労祭って……まさか、知っているのか?」
フードは瞑目し、小さく頷く。感情の起伏があまりない。何を考えているのかもよく分からない。小さな声で、呟くように話す。
「数年前の慰労祭……消えた人々はどこに行ったと思う?」
「え……」
数年前の慰労祭では、人はどこにもいなかったはずだ。消えた……その行方を知るのは、当事者か犯人しかいないのでは?
フードは戸惑う僕を嘲笑うように口角を上げると、僕の耳に口を寄せて言った。
「――消えた人々は、みんな一冊の本になっちゃったんだよ」
「本……?」
「そう。神は顕現し、人々はみんな一冊の物語にまとめられちゃって、本になった。どれだけ探してもいないわけだ。神はその本を読みながらこの街に人が集まってくるのを待っている。そして、本が読み終わるとき、再び神は本を欲しがる。本を手に入れるために、己の手足になる神官を使って、人を殺させて回る。ある程度人が死ねば、それを媒体として神は神としての力を顕現し、この街に混沌をもたらす。さて、それを止められることが出来るのかな? まあ、無理だろうけど。神官はどこにいるか分からないし、殺人だって、誰も見ていないところで行われる。目撃者はゼロ。そして、見つけたとしても最後にはみんな消えてしまう……」
「……なんでそんなことを知っているんだ?」
フードは僕から半歩下がると、怪しく笑った。
「疑うかい? 神官が、まさか自分の目の前にいるんじゃないかって、疑っているのかい? 残念ながら、ぼくは神官じゃない。これでも、犯人……つまりは神官を探している身なんだ。だから、ぼくとしては君が怪しいってことになる。君は部外者だ。この街の部外者……なら、数年前の慰労祭のことは知らないはず。なのに君は知っている。何処で情報を仕入れたのか、気になるところだね」
「僕も神官じゃないよ。ただの部外者で、守りたい人がいるから、神官に殺されないように、神官を探しているだけ。僕だってここで死にたくはないしね」
「くはっ。君の事情なんてどうでもいいけど、あまり深入りしすぎると、怪しまれるのは自分だぜ? 神官がそれに気づけば、消されるのは君だ。まあ、気を付けるんだね。神官は恐ろしく強い。だって、剣舞の最中に堂々と人を殺せるんだ。まあ、剣舞には参加していなかったみたいだけどな」
「どういうこと?」
「今日のトーナメント戦、勝ち上がったのはぼくと君だけだから」
「っ!」
目の前のフードを信じるわけじゃないが、彼が言っていることが事実なら、神官は剣舞に参加していないことになる。なら、どこからやってきて、剣舞参加者を殺すんだ?
フードが犯人なら、うまくつじつまが合うのに……こうして、わざわざ怪しまれるために来たなら、彼は犯人じゃない可能性が高い。完全に信用したわけじゃないけれど。
もちろん、勝ち上がれなかった可能性だってある。だけど、それだと、殺すべき人数が達しているということになる。剣舞に参加すること自体に目的があるわけじゃないのだし、殺すべき人数を殺せば、トーナメントなんて意味がない。
怪しまれないために、わざと負けた?
いや、神が顕現すれば人々は消えるのだ。フードが言うことが事実なら、一冊の本となって。それなら、別に怪しまれようとも関係ないはずだ。怪しまれることをいちいち気にしなくてもいい。
剣舞参加者を殺すのに効率がいいから剣舞に参加している――そう考えていたけれど、どうやら見当違いだったらしい。神官が恐ろしく強いなら、剣舞の参加不参加に意味なんてなくなる。何処でも、いつでも、己の都合に合わせて人を殺せる。それが神官だと考えてもいいかもしれない。
「神官が剣舞に参加していると思っていたのはぼくだけじゃないらしいけど、やはり違うらしい。神官は強いんだ。だから、剣舞に参加していなくとも、やつはいつどこでも人を殺せる。神を顕現させるために、着々と準備を整えている。ぼくたちは、それが誰なのかを突き止めない限りは、明日には消えてしまう。どう? もし君が神官じゃないのだとしたら、僕と一緒に神官を探してみる気はない?」
「……」
神官を探すなら、一人より二人、か。
確かに、彼が言っている通りだと思う。神官を早く探さなければ、いずれ僕たちは消される。明日には神が顕現し、全てを失くしてしまう。その予想が、容易にできてしまう。
だけど。
「僕は協力するつもりなんてないよ。信じられないのはお互い様だ」
「くはは。その通りだよ。ぼくだって君を信じたわけじゃない。まあ、君が一緒に探すって言ったなら、その時点で君が神官だっていうことになっちゃうから、ぼくはもう君を疑わないよ。それを踏まえてみても、君はぼくを信じられない?」
「うん。だって、僕は君の要求を断ったけれど、君は僕を誘ったんだ。どうして信じられるの?」
「それもそうだ。まあ、目的が同じなら、お互い信じられなくとも、どちらかが神官を見つければいいだけだし、協力も何もないけれどね。じゃあ、ぼくは探しに行くよ。君を信じて、背を向けるよ」
「それは、皮肉?」
「まさか。君を信じている証拠さ」
フードは通り過ぎ際にそう言って、僕の目の前から立ち去って行った。雑踏に消えていく彼を見送ると、彼から漂ってきた臭いに僕は顔をしかめた。
獣の臭いだ。
それも、血の臭い……。
「……なんだったんだ? あいつは……」
彼は神官……じゃないと思う。
剣舞で犯人の手掛かりが見つかると思ったけれど、僕はこうしてふりだしに戻ったわけだ。まったく、誰が剣舞に犯人がいるなんて言ったんだ。
慰労祭も明日まで。残り時間は少ない。その少ない時間内で、果たして、僕は神官を見つけ出すことが出来るだろうか。こうしてふりだしに戻った今では、その予想すら立てられない。
「……くそ。あの子を守りたいのに、このままじゃ……また守れなくなるかもしれねぇじゃねぇか」
制限時間に頭を悩ませる僕の耳に、大音声の歓声は聞こえなかった。




