3-10 『怨恨』
――村の人たちがにぃちゃを嫌っていても、私だけは味方だから。
妹は引きこもった僕にそう言いながら、僕の世話をしていた。バカな。僕が嫌われていたのは、お前がみんなに好かれているからなのに、そんなことすら気づかないなんて。
僕が妹を利用して楽をしていることは、村の人にはバレていた。いや、正確にはバレていなかったけれど、事実、僕は怪しまれていた。
妹を使って何かしようとしているんじゃないか、引きこもって何かしているのではないか、よからぬことを考えているのではないか……村の人たちはそう思っていた。
僕はそんな村の人たちを嘲笑った。ただの子どもだった僕が、そんな大人たちがびくびくするようなことをするわけがない。したことといえば、妹を使って楽な生活を謳歌していたことだ。面倒なことはすべて妹にまかせ、部屋の外にすら出ない生活を続けていた。
なぜ、僕はもっと妹を大切にできなかったのだろうか。
そんなんじゃ、妹はただの召使いだ。
妹は家族で、大切な存在だったはずなのに、僕は彼女の好意を利用して……僕は彼女を家族として見られなかったんだ。
彼女を扱うことはとても簡単だったし、僕が何か言えば、彼女はなんだってするんだ。そう思うと、歯止めが利かなくなって――やがて、僕は妹を妹として、家族として、見られなくなっていった。
彼女は、僕の手足だ。
彼女は、僕を幸せにしてくれる。
彼女さえいれば、僕は苦しまなくて済む――。
そんな妹が、何より大切なものだと気づいたときには、もう……彼女はいなかった。
「――――ッくは!」
のどに詰まった息を吐き出すと、僕は飛び起きた。
「はぁ……はぁ……くそ……また、あんな夢か……」
嫌な過去。思い出したくないのに、それはまるで呪いのようにまとわりつき、僕の夢に現れる。どうしても思い出させられ、己の罪の嫌悪感に息が詰まった。深呼吸すると、気味悪く蟠った空気が吐き出され、ばくばくと落ち着かなかった心臓が落ち着きを取り戻す。
やがて何事もなくなると、僕は辺りを見回した。そう言えば、僕は街中で倒れていたはずなのに、なぜかベッドの上にいる。
まず見えたのは、部屋の隅に置かれた様々な雑貨だった。家具やら妙な置物が、まるで邪魔だとでも言う風に隅に追いやられている。片付けたつもりなのだろうが、ほこりが舞っていて呼吸することすら躊躇われた。
ベッドは硬く、寝心地は悪い。天井にはむき出しになった裸電球がぶら下がっており、小さな虫がたかってバチバチと嫌な音を響かせていた。
……なぜだろう。既視感があるのは。
僕は嫌な予感をしつつ、さらに部屋中を見回した。木で作られた家なのだが、大きさはそこまで大きくなく、家というよりは小屋に近い。壁の木は朽ち、外の光が漏れていた。
そして、その部屋の奥には一つの机があった。一人で使うには少し大きめの机は、どこかの社長が使っていそうな高級感があったが、使う人物が人物なので、その高級感は薄れていた。
机に組んだ足をのせて本を読んでいる彼は、どこかのギャングか何かのような、近づくには躊躇させられる雰囲気を醸し出していた。不愛想な表情で本を読んでいるので、その本が本当に面白いのかどうか疑わされた。
「……エーレンティカさん」
その人物を見間違えるわけがない、エーレンティカさんだった。エーレンティカさんは僕が目を覚ましたことに気づいて本から少し視線をそらすと、すぐに顔を下して本を読むのを再開させた。基本、他人に興味を持たないのがエーレンティカさんである。
「起きたか。ったく……人の家の目の前で倒れられたら迷惑なんだよ」
「あぅ……す、すみません」
どうやら僕が気を失ったのは、この小屋……もとい家の前だったらしい。そりゃ、家の目の前に誰かが倒れていたら嫌でも助けるだろう。もしくは、ごみ箱へ廃棄。それはないか。
ともあれ、助けられたことには感謝せねば。あのまま放置されていたら、僕を殺そうとした人物がとどめを刺しに来たことだろう。
……。
「……そうだ。僕は殺されかけたんだ」
「なんだと? お前が殺されかけた?」
エーレンティカさんは珍しく反応し、本から顔を上げた。僕の顔を見ると、やがてふんっと鼻で笑った。なんだこの人、失礼な。
「ふん。何の冗談だ。お前は誰かに恨みを持たれるようなことをしたのか?」
「……恨みは誰かにもたれているでしょうけれど、少なくとも、この街で恨みを持たれた覚えは――ないとも言い切れません……」
この街で恨みを持たれるようなことはしていないつもりだけど、よくよく考えると、僕は街の人たちから疎まれていたんだった。仮面をつけていたとはいえ、僕の正体がばれていた可能性だってある。
でも、僕を疎んでいる人はみんな臆病者だ。僕を殺すことすらしようと思わないはず……。
なら、やはりここ数日に起きている殺人事件が絡んでいるのだろうか? 犯人は分からないが、犯人が殺す人物は、みんな剣舞参加者、および、それ相応の力を持った人物だ。僕は剣舞で勝ち上がってきたし、ターゲットになるには十分な条件がそろっている。
この街の部外者である僕は、たとえ殺されても誰かが悲しみ嘆くことはまずないはずだから。犯人はそう思って僕を殺しにかかる。殺すなら騒がれにくい相手を殺したほうがいいからね。
「はっきりしねぇ言い方だな」
エーレンティカさんが少し苛立った風に言った。ただ単に、彼の口調がそんな雰囲気なだけなのかもしれないけれど。
「恨みなんて、誰にだって持たれていますよ。必ず誰かにもたれていて、それは殺意に届かなくとも、必ず存在するものなんです。だから、僕はこの街の人にも恨みを持たれているかもしれません。それが殺意に変貌することだって否定できませんよ」
「それもそうか。なら、お前は誰かに殺意を抱かれる何かをしでかしたんだろう。死んで詫びて来い」
「嫌ですよ、そんなの!?」
なんでこんなにさらっと死んで来いって言えるの!? 僕が何をしたっていうんだ!?
しかし、エーレンティカさんはさして気にした風もなく本読みを再開。本当にこの人は酷い。他人に興味がないにしてもほどがある。
はぁとため息をつくと、ベッドから立ち上がった。
「助けてくれてありがとうございました。もう大丈夫なので、僕は行きますね」
「なんだ? 本当に死んで詫びてくるつもりか?」
「違いますよ。これからちょっといかないといけないところがあるので。そういえば、僕はどのくらい眠っていました?」
「ほんの三十分ほどだ。……で、なんでお前は倒れていたんだ?」
「それは……」
本に視線を下ろしたまま、エーレンティカさんは独り言のように言った。
「殺されかけたっていうわりには、三十分ほどで目覚めたじゃねぇか。軽い毒でも盛られたのか? ……いや、それじゃあ、殺すにしては妙だよな。本気で殺すなら、お前は一瞬で殺されるような毒を盛られたはずだ。だが、現にお前は生きている」
「それに、たとえ三十分とはいえ、気絶していた僕は無防備でしたよね。なら、なんで殺されなかったのでしょうか……」
僕が気絶していた原因は、おそらく、剣舞の際に王子の起こした竜巻に乗ってきたあの白い粉だ。僕はあれを吸ってしまって、時間を置いて気絶した。そう考えるのが妥当だろう。
剣舞参加者を殺そうとするなら、僕はあそこで殺されていてもおかしくないはずなのに。それに、ターゲットが僕だけなのもおかしい。あの場合だと、王子にもその矛先が向かっていてもおかしくはないはず……。
なら、剣舞参加者の殺害をしていたのは、あのチビ王子だったのか?
容疑者は、それ以外にもいる。
剣舞参加者……それも、力をもった人物を殺すなら、自分が剣舞のトーナメントを勝ち上がるほうが、効率がいい。なら、トーナメントを勝ち上がった七人……僕を除いて六人すべてが容疑者ということになる。
王子はその中でも、もっとも強い疑いをもたれる容疑者だ。
もし、犯人が王子じゃないとしたら――。
その時は、トーナメントで決勝まで勝ち上がった人物。僕はあの場から早々に立ち去ったから、誰がトーナメントを勝ち上がったのかは知らない。
エーレンティカさんがあの場にいたということは考えられないから、あとで竜にでも聞いてみよう。どうせこの後も、少女を迎えに行かないといけないしね。
「じゃあ、今度こそ行きますね」
「おい。お前が気絶している間、殺されなかったのはたまたま、犯人がその場にいなかったからだろう。そう思え。警戒しろ。別にお前ひとりの命が消えようが、俺はどうでもいいが、この仕事の人手が足りなくなるのは迷惑だ」
「分かってますよ」
要は、仕事のために殺されるなってことね。
心配されているのだか、されていないのだかよく分からないけれど、僕はエーレンティカさんにお辞儀すると、小屋の扉を開けて外へ出た。




