3-9 『白粉』
「あはは! 僕の剣術に負けるとみて諦めたか!! 今なら謝れば痛くはしないぞ!」
あはは、と勝ち気で高々と笑い続ける王子。
轟々と唸る竜巻に飛び込むと、観衆が湧いた。次の瞬間に何が起きるのか、誰もが期待していた。
王子が諦めたと嘲笑っててウザいので、さくっと殺っちゃいます。
竜巻の上昇気流に乗るように、走りながら地面を蹴った。体重は身長相応だけど、風が強いので、僕の体は簡単に持ち上がった。砂塵に目を潰されないように目を細めて、巻き上がった僕を嗤っている王子を視認した。
「っ……なんだこれ……?」
その時、巻き上がった砂塵に紛れて、白い粉のようなものが巻き上がってきた。白い粉は、僕の身体を包み込んで、やがて体温で溶けて消えた。
瞬間、激痛が身体の中で蠢き暴れた。歯を食いしばってその痛みに耐えると、胃の奥から血があふれて口に戻ってきた。
「がふっ……」
血を吐き出すと、途端に痛みは消し飛んだ。口元の血をぬぐうと、改めて王子を確認した。王子は高笑いしている。
「あはははは! 自分からピンチになって、バカだバカだ! やっぱり諦めたんだろう!? ボク様の華麗な剣舞の前に、屈したくなったんだろ!?」
「うるさい王子だなぁ……」
「うるさいとか言うなっ! ふんっ。ボク様が強いからって、そんな馬鹿にした態度とって……絶対後悔するんだからな!」
「フラグ乱立?」
「フラグとか言うなああああ!」
ぷんすかと怒った王子は、もう一度レイピアを振って、風の勢いをさらに増した。二倍ほどになった竜巻が、僕の身体をさらに上へと押し上げる。
王子が遥か地面に見えたとき、僕は空中で体勢を変えて、竜巻の中心で木刀を振るった。木刀は風を薙いで通り抜ける。当たり前のことだけど、木刀じゃ空気は切れない。
しかし、切れなくとも、その一振りで変化が起きた。
「っな……!」
木刀を薙いだ瞬間、僕の体は上昇気流に逆らって落ち始めた。一つ振るうたびに徐々に下降していき、それを確認した王子が舌打ちしてレイピアを振って魔法をまき散らした。が、王子の魔法は意味をなさず、むしろ下降するスピードを速めるだけだった。
「な……なぜだ!? ボク様の魔法が通じないとでも言うのか!?」
「調子に乗りすぎるからだよ、自称王子様」
「自称なんかじゃないわ! なんだ貴様! 舐めてるのか!?」
「舐めてはないよ。バカにしてるだけ」
「この……下民無勢が……」
プルプルと肩を震わせた王子は、顔を真っ赤にしてレイピアを振るった。レイピアから発生した風の刃が迫る。
僕は木刀でそれを弾いた。くるくると回転しながら落ちていき、やがて王子の目の前に着地すると、王子は信じられないという風に後ずさりした。
「な……なぜ、貴様はボク様の目の前にいる!? やはり……ボク様の魔法が効かないとでも言うのか!?」
「違うよ。ただ、魔法を使えるのが君だけじゃなかっただけだよ」
「ま、まさか、下民のくせに貴様も魔法が使えるとでも言うのか!? ありえない……ボク様だって、この魔法を知ったのは、城の書物庫に隠されていたからだぞ!? 魔法は、下民に知れてはならぬ禁忌だぞ!?」
「禁忌? ……でも、今はそれもどうでもいいや。僕が魔法を使えることは事実だし、それ以外にコメントしようがないからね。さて。決着をつけようか。自称王子様」
「だから自称じゃなああぁぁぁぁあああぁぁい!」
王子は僕の挑発にいらだちを隠さず、まっすぐに突っ込んできた。魔法を帯びたレイピアが突き出され、そのたびに僕の体は少し吹き飛ばされた。
王子の剣筋はすべて避けることが出来たが、やっぱり魔法が厄介だった。木刀を振るって見せても、風が邪魔して王子の元まで届くことはなかった。
ならばと、レイピアを突き出した右腕を手刀で跳ね上げ、身を屈めると、身体を回転させて足を払った。身体の軽い王子はレイピアを突きだした勢いのまま前のめりに倒れこむ。
顔面を強打して涙目になりながら立ち上がろうとした王子の肩を踏みつけ、僕は木刀を彼の首筋にこつんとぶつけた。
その瞬間、勝敗は決し、竜巻が消えた。王子を踏みつけているのを見た観衆は一瞬戸惑った様子を見せたのち、大音声で歓声を上げた。
「王子が倒された!」「王子様、泣かないで!」「王子様は十分立派に戦いましたよ!」「王子様が癇癪を起すぞ!」「大丈夫だよ、王子は小さいけれど、素晴らしい方だから!」「王子様は、素晴らしい方だからね!」「王子様!」「王子様!」「王子……さ、ま……くすくす」
「お、おかしいぞ……慰められているはずなのに、涙があふれるのはなぜなのだろうか?」
「それは、みんなが酷いからだよ……っつ……」
「どうした?」
「な、何でもないよ。それより、みんなに元気なところを見せないと、みんなが不安がっているよ?」
「……その前に、貴様はやることがないのではないか?」
「え? 何を?」
僕は王子を見下ろして訊ねると、王子は眉をひそめさせて地面を殴った。
「早く、ボク様の上から退けいっ!」
癇癪を起こした王子の肩から足をどかすと、王子はバッと起き上がり、涙目で僕を睨み付けた。おお、最近の若い子はすぐに怒って怖いわ。怒らせたのは僕だし、怒るのは当然だけど。
「……覚えてろよ」
王子は負け惜しみにそう言うことしかできなかったようだった。覚えておけと言われても、君が負けたこと以外に何を覚えておけと?
背を向けた王子は肩を震わせながら観衆に紛れて消えて行った。観衆は王子を静かに見送ると、何もなかったように次の試合に歓声を上げた。君たち、本当に王子の扱いが酷いね。
僕も王子同様にその場から立ち去ると、すぐに次の剣舞が始まった。この剣舞が終われば、今日の予定はすべて終了し、あとは明日になる。
背中越しに次の剣舞の対戦者たちの紹介を聞き、僕は落ち着かない雑踏を歩き始めた。
足の怪我が今頃になって疼く。王子の起こしたあの竜巻に飛び込んで行ったせいかもしれない。一歩歩くたびに痛みが増していき、歩くことすらできなくなっていく。
さっきは王子の前だから何とか耐えられたけれど、こんな街中で倒れたとなれば、騒ぎが起きるだろう。そうなったらダメなんだ。今こうして仮面をつけている意味がなくなるし、明日の剣舞すら出られなくなるかもしれない。
「くそ……進め。歩け。動け」
自己暗示。耐えがたい痛みを感じながら、それでも僕は歩みを止めない。周りの人たちが不安そうに僕を見ていたけれど、所詮は他人。誰も何か言うことなく、己の目的を果たすために通り過ぎて行った。それでいい。
応急処置を施した足からどくどくと血が流れた。貧血気味になった僕に追い打ちをかけるように、目の前に光の浮遊物が見えてきた。
「なんだよこれ……」
手を伸ばして払っても触れることのできないそれは、おそらく幻覚だった。竜巻に持ち上げられた時にまとわりついた白い粉。あの妙な粉が引き起こした幻覚なのだと気づいたとき、僕は誰かに殺されそうになっていることに気づいた。
「くそ……もっと早く気づくべきだった……」
悔やみながら、視界の光の浮遊物は大きさを増して、やがて僕の視界を真っ白に染め上げた。
どすっ。
視界が真っ白になった途端、力が抜けて僕は倒れた。
誰かが駆け寄って、名前を呼んでいるようだったけれど、その声はどこか遠くに感じて、僕の耳に届くことはなかった。




