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3-8 『戦戦』

 さすが、昨日の混合戦を勝ち抜いただけあって、互いにすさまじい勢いで肉薄する。互いの得物が振られるたびにしなり、ぶつかると同時に風が巻き起こった。


 剣だけにとどまらず、剣をいなして姿勢を低くした片方の剣士が、相手の足を払った。しかし、その動きを予測したように跳び上がると、獲物を突き下ろす。


 片手で地面を掴むと、握力だけで体を移動。剣線から避けると、隙だらけになった背後に獲物を切り下した!


「――そこまで!」


 剣劇は見事相手の背中に当たり、おじさんが制止する。トーナメント戦では、相手の意識までは奪わずに、剣が当たればそこまでということらしい。


 お互いに向かい合うと、握手して、はい仲直り! みたいな雰囲気で背を向けた。二人はそれぞれ人波に紛れて姿を消した。


「……おっと。僕の番か」


 僕は思い出したように呟くと、円の中心まで歩いていった。悲鳴が上がる。なんでっ!?


「なんだ、オマエ……ひょろっちいな」


「うわっ! でか!?」


「でかくない! 普通サイズだ! ミディアムだ!」


 僕の正面に立った剣士は、巨人族を思わせるほどに大きかった。そのサイズが普通なら、僕たちは小さな人間になってしまうよ。あと、ミディアムは関係ないよね?


「ふん。一回戦目からお前のような奴に出会うとは……俺もついているな」


「え? もう勝つ前提で話を進める気なの? 何様なの? バカなの?」


「なんだとコラ!?」


「いや、バカだから他人を見かけで判断して『よっしゃ! 勝てるぞ!』みたいなノリで突っ込んだ挙句、ぼろぼろに負けるんだよねぇ。うんうん。それで言い訳しながら泣いて「おぼえてろよーっ!」ってさよーならーみたいな?」


「オマエは俺をなめているのかあああああぁぁぁぁ!!」


「舐めていなかったらこんな話してないよ」


 挑発は得意。


 怒りで冷静さを失った大きな剣士は、背中の巨剣――もちろん、殺傷性はない――の柄を握ると、地面へ叩き下ろした。地面が砕けて小さなクレーターが出来る。


「オマエなど、俺のこの剣でべっこべこに潰してやるっ!」


「お、お待ちを! まずは、神に忠儀を……」


「必要ねぇ! 俺はこいつをぼっこぼこに――」


「語彙少なっ!」


「むきいいいいいいいいい!!」


 怒りで顔を真っ赤にしたゴリ……大きな人は、おじさんの制止を聞かずに巨剣を僕に向けて叩き下ろした。地面を穿つほどの威力……殺傷性がないとはいっても、当たれば大怪我するだろう。


 僕は巨剣を避けると、その腹を蹴り飛ばした。僕の体がすっぽり埋まってしまいそうなほどに大きな巨剣は横へ流れると、その勢いそのままに薙がれた。


「ぐぅ!」


 巨剣は重いのか、大きい人は筋肉を盛り上がらせ、必死に振るった。その必死さが面白くて、僕はつい笑ってしまいそうになる。


 木刀で巨剣をいなすと、大きな人に肉薄する。大きな人は拳を握りしめると、僕に向かって殴りにかかった。僕は姿勢を低くしてそれを避けると、そのまままっすぐに走り出す。


 体格が大きいだけに、動きが遅く、そして巨剣を使っているせいで死角が多い。僕は巨剣の陰に隠れるように移動して、木刀を薙いだ。


「そこまで!」


 おじさんが声を張り上げると同時に、大きな人が振り下ろした巨剣が地面を穿った。これで終わりだったのだが、振り上げた巨剣をとどめることが出来なかったのだ。


「がっ……」


 直撃こそしなかったけれど、砕けた破片が足に突き刺さった。血がにじむ。でも、僕は勝った。


「す、すまない。大丈夫か!」


「大丈夫だよ、このくらい」


 この前、全身を砕かれたよりは、まだマシだ。


 僕は手を振ると、人波の中に紛れて消えた。


「大丈夫ですか、タグ?」


「み、見てたの……?」


 僕の正面に、竜が立った。彼女の傍らで心配そうに見ている少女は、竜の手から離れると、僕の足を診た。


「あう……」


「大丈夫だよ。心配しなくても――」


「それでも、念のために応急処置だけでもしましょう。あなたが勝ち上がったことに変わりはありませんし、それに、少し時間もあるでしょう?」


 背後へ振り返ると、すでに三回戦目が行われようとしていた。これが終われば順番がめぐってくるのだけど、彼らが戦っている間で応急処置くらいならできそうだった。


「さあ、こちらへ」


 竜に促されるまま、僕は足をひこずって行った。建物の陰に隠れるように腰を下ろすと、足に突き刺さった石の破片を引き抜いた。


「ぐっ……」


「あなたが言う通り、大丈夫には見えます。が、このまま剣舞を続けても、全力は出せないでしょう?」


「全力を出せなくたって、勝てばいいんだよ。勝てば」


 足を消毒し始めた竜に向かって言うと、傍らで見守っていた少女がメモ帳に何か書いた。


『無理、禁物』


「大丈夫だって、このくらい。それに、剣舞を勝ち上がらないと、僕は師匠に剣を教えてもらえないからね」


『でも、心配』


 困った表情で見つめられて、僕は何も言えなくなる。そんな顔で見ないでよ。


「……ですが、あなたはどんな怪我をしても、勝たないといけないのです。無理は禁物……本来なら、私もあなたを止めるべきでしょう。しかし、いま起きている様々な事件を解決するためには、あなたが剣舞を勝ち上がらなければならないのです。ですから……辛いでしょうが、頑張ってください。もちろん、私たちはあなたを見ています。何かあれば――」


「本当に心配性だな」


 僕は苦笑して、少女と、竜の頭をなでた。二人とも顔を赤くして、竜に関しては反射的に僕の手を払った。


「ぬわっ! な、ななななな」


「ご、ごめん……つい、妹にしていたから。でも、ありがとう。君たちに見守られているなら、僕はもっと頑張れるよ」


「そうですか……」


 竜はふっと微笑むと、僕の足に包帯を巻き始めた。真っ白な包帯は、巻いた瞬間に血でにじんだけれど、今は気にしていられなかった。


「……はい。終わりです。くれぐれも、無理のないように」


「ありがとう。分かっているよ」


 とはいえ、少し無茶しないと、ね。


 自分だから、自分のことは分かる。たぶんだけど、今、僕の足の奥深くに、まだ石の破片が突き刺さっている。身体の中に、石の破片があるんだ。でも、それを取り除くなら、医者にでも行かなければならないだろう。


 足は痛くて、しびれて、動きづらい……それでも、我慢するしかない。


 僕は彼女たちに心配させまいと、足の痛みをこらえながら、広場へ戻った。ちょうどその時、「そこまで!」とおじさんの声が聞こえた。三回戦目が終わったのだ。


 人数が少ない分、今日の剣舞は早く終わりそうだ。今日は次の剣舞で終わり。そして明日は決勝が行われる手はずだ。早く終わらせ、明日の準備期間を設ける……と言ったところだろうか。


 僕は人波をかき分けて円の中心に出た。今度は悲鳴がない代わりに、ため息があちこちで聞こえた。なんで?


 戸惑う僕の前に現れたのは、一回戦目で勝ち上がった剣士だ。体格は華奢なほうだけれど、猛獣を思わせる瞳をしていた。僕が動くその一歩手前を読んでいるような、そんな雰囲気のする瞳だった。


 長めの髪をかき分け、ふんと鼻を鳴らすと、剣士は僕を見下したように言った。


「ふん。ボク様の相手がこんな貧乏くさいやつになるとは……まことに遺憾! くっ……このボク様の美しい剣術が、これでは試せなくなるじゃないか!」


「えっと……」


 どうしよう……めんどくさい雰囲気ビンビンなんだけど!


 剣士は僕を見ては見下したように顎を上げて、見下ろそうとする。だけど、身長が低い。僕の半分ほどの身長しかないのに、何その態度?


「あはは~イラッときた☆」


「ボク様に向かって、貴様! なんだその偉そうな口は!! 許さねぇ……許さねぇぞ!!」


「はいはい。僕はどこから来たのかなぁ? 迷子?」


「ボク様を子ども扱いするな! 無礼者おおおお!!」


 いや、子どもでしょ。身長と性格的に。


 せっかく親切に相手してあげているのに、全く。最近の若い子は教育がなっていないね。親の顔が見たいよ。


 そう思ったときだった。


「てめぇ、王子になんて口の利き方だ!」「王子をバカにして、無礼者が!」「王子は……王子は貴様なんかよりも……えっと、その……」


「え……このちっこいの王子なの?」


 あぁ、だから甘やかされた教育されてこんな曲がった残念な人間に……。


「おい。貴様……今無礼なこと考えていないか?」


「え? 何のこと?」


「だれか! こいつを断首刑に処せ!!」


 わーきゃー喧しく騒ぐ自称王子。しかし、誰も彼の言うとおりにしようとはしなかった。今は剣舞の真っ最中で、そこへ割り込むのは神への冒涜に等しい、そういう考えでもあるのだろうか?


 ラッキー。


 なら、いじめ放題じゃん!


「て、てめえ……あとで覚えておけよ……」


 現状を悟った王子は、僕が何をしようとしているかを察したらしく、涙目で訴えた。そうだ……剣舞終わったら僕が街の人たちから疎まれて、結局仮面をつけている意味がなくなってしまう。


 ここは穏便にいこう。


「大丈夫。僕は君みたいな幼い子をいじめたりなんかしないからねー」


「その台詞が無礼だと思わないのかっ!?」


 え? 違うの?


 王子が言いたいことが分からない。だって事実小さいから子どもなんじゃないの? 


 そうか。巨人族のような、子どものころから大きな身体をしている種族もいるんだ。だから、このちっさい王子も、何かの種族だったりするのかもしれない……。


「ボク様は今年で十歳になったんだぞ! 子どもじゃないっ!」


「……あー……うん。ソウダネ」


「なんで棒読みなんだ貴様ぁぁああああ!!」


 普通に人間だった王子は泣き叫ぶが、まだ剣舞が開始されたわけじゃないので、できることといえば地団太を踏むことだけだった。ほほえましい子どもな王子の行動に、周りは密かにほくそ笑んでいる。みんな、酷いなぁ……。


「で、では。お互いに忠儀の姿勢を」


 気を取り直したおじさんがそう言うと、王子は地団太を踏むのを止めて、ぷるぷる肩を怒りで震えさせながら細長い剣を構えた。レイピアだ。


「覚えてろ……ボク様が剣舞で一番になるんだからなぁ……ぐすっ」


「あれ? ちょっと泣いてない? 大丈夫? やっぱり迷子だったのばれそうで、強気になっていたけれど、いざ剣を構えて急にママが恋しくな――」


「試合開始ッ! 開始ッ!!」


 最後まで言わせてくれなかったけれど、おじさんはそれほど必死だった。王子の機嫌を悪くしたら、自分たちにもとばっちりが来るかもしれないと考えたのだろうか?


 いや、ここで言い争って無駄に時間を食うのを避けたかったのかな? どちらにしろ、剣舞は始まったわけで――。


「これまでの無礼千万の恨みをこの剣に込めて……うおりゃああああああ!!」

 

 威勢よく飛び出してきた王子のレイピアは、僕の首をめがけて向かってきた。だが、身長差のせいでレイピアは首には届かない。


 だが、


「ぐっ――!?」


 レイピアから不自然に吹いてきた風に、僕は吹き飛ばされそうになった。半歩下がるにとどまったけれど、この小さな王子のレイピアから発せられたにしては異常な風圧だった。


「まさか……魔法?」


 確かに、この剣舞は殺傷武器の使用は禁止されているが魔法は禁止されていない。相手を殺しさえしなければ、何を使ってもいいのが剣舞なのだ。


 王子は魔法を使って、他を圧倒し、今この場にいるのだろう。そう考えると、小さいながらも魔法の才覚があると見える。まあ、僕よりは魔法を使えるのだろう。


 僕が使えるのは竜に教えてもらった一つの魔法のみ。


 だけど、こんな小さな子相手に魔法なんて使いたくない。これはハンデだと思っておこう。


「舐めるなよ……!」


 しかし、王子の魔法は手加減をしていられるようなものではなかった。レイピアを突くたびに増していく風圧。風に交じって土砂が舞い上がり、視界を奪うのだ。手で視界を遮ろうとする土砂を防ぐと、死角からレイピアが襲ってくる。


 一撃でも当たればその時点で剣舞が終了してしまう。ここで負けてしまうと、僕は師匠に剣を教えてもらえなくなる。


 それだけは避けたい。


 神を殺すまで、僕は強くなり続けるんだ。


 死角から迫るレイピアを後ろへ跳んで避ける。王子が小さいせいで、僕が下がるだけで剣戟範囲から離れることに成功した。


 レイピアが届かないことを悟ると、王子はすぐさま僕に肉薄してきたが、足が遅い。迫ってきた王子よりも先に動くと、申し訳ないと思いつつ、小さな身体を蹴り飛ばした。


「がっ――!?」


 身体の軽い王子は吹き飛び、地面に叩きつけられた。涙目で立ち上がる姿が何ともほほえましかったけれど、そんなこと言っている場合じゃないね。


 レイピアを構えた王子。虎視眈々と、敵を鋭く威嚇するように、瞳が燃えた。子どもとは思えない、王の威光を湛えて、王子は息をゆっくり吐きだす。


「ボク様をここまで貶して……貴様、ただで済むと思うなよ……」


「わぁ……すごい堂々とした死亡フラグ……」


「なんだとコラ! ボク様は王子だぞ! 王子のボク様をこんな目に遭わせて、貴様がただで済むわけがないだろうがああ!!」


 王子だから権力を振りかざして、僕みたいなか弱い市民からいろいろなものを搾取するつもりなのかな? やめて! うちにはもうこれ以上何もないわ! 


 ということで、僕は理不尽な権力を振りかざされても何も影響がないわけだ。王子をいじめ……倒しても大丈夫だということが証明されたのだ!


 僕は怒りで全身を震わせる王子に向かって剣を薙ぎ払った。王子のレイピアが縦に振り下ろされ、そこから発生した風が僕を襲う。レイピアを振るうごとに強くなっていく風が、ついに僕を一メートル近く吹き飛ばした。


「くそ……これ以上強くなると、近づくのも無理か……」


「ふん! 貴様がボク様と剣を交えたことこそ、奇跡のようなものだったのだ! 神に感謝しろ! ボク様の華麗健美絢爛明媚妖艶優美な剣術に負かされることを、感謝しろおおお!!」


 誇張しすぎなセリフを恥ずかしげもなく叫びながら、王子はレイピアを薙いだ。風が砂塵を舞い上がらせ、王子の姿を隠す竜巻と化す。竜巻が僕をめがけて緩慢に進路を取ると、僕だけじゃない。周りの民衆までもがその中心に向かって吸い込まれそうになった。


「掃除機みたいだな……」


 サイクロン掃除機! 


王子は掃除機でした。


人口掃除機『OUJI』……絶対に売れない。

 

「あはは! 見たか! 僕の最強の剣をお見舞いしてやる!!」


「そっか。それが最終兵器みたいなものなのか」


「なに!? なぜ分かった!?」


 ほとんど自分からそう言っていたくせに、王子は感心して、というより、自分にはこれ以上はないことを相手に知られて、少し動揺していた。それでも竜巻の威力は衰えず、僕に向かって迫ってくる。ゆっくり進んでくるけれど、僕の体も引き寄せられているので、逃げられない。


「だが、これで終わりだ! ずったずたのべっこべこにして、この街の一番高いところにつるして衆人観衆から『幼い子に負けた雑魚』っていうレッテルを張ってやるうう!」


「あれ? さっき自分で子どもじゃないって言ってなかった?」


「うるさああああああい!!」


 王子は叫んで、竜巻の中でもう一度剣を振るった。瞬間、竜巻の大きさが二倍ほどに膨れ上がり、その分、吸い寄せられる力も強くなった。その風力に耐えられず、意思とは裏腹にじりじりと竜巻に近づいていく……。


「くっ……」


 王子は挑発し甲斐があって面白いけれど、魔法が厄介だ。剣術はそこまで強くないが、彼の剣に魔法を加えることで、戦術が多彩化し、危機に陥る。


 僕は竜巻を睨み付けると、中へ飛び込むように地面を蹴った。



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