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3-4 『仮面』

 僕は目の前の扉をノックする。


 少しして出てきたのは、鎧をまとった師匠の姿。いつも通りの彼女の姿だった。


「おぉかえりぃ。なぁんとか初日はのりこぇたようねぇ!」


「はい。何とか……」


 ほとんど戦うことはなかったけれど、明日からのトーナメント戦に出られることは確定した。みんな嫌がるだろうなぁ。


「まぁ、あまぁり戦わなかったけぇれどぉ、勝ち進んだことにはぁかぁわりないわぁ。でもぉ、今のまぁんまだと、みぃんな相手にしてくれぇないだろうしねぇ……」


 師匠はこの部屋から剣舞の様子を見ていたようだ。僕が路地裏で隠れひそんで、闇討ちしていたこともばれていることだろう。でも、師匠はそれを責めようとはしなかった。


 僕が闇討ちに徹したのも実力が違いすぎるからだとか、それだけじゃない。僕が街の人たちの前に出ても、碌に相手にしてもらえなかったからだ。相手にされないなら、背後から忍び寄って木刀を振り下ろすのが一番だ。


 明日から始まるトーナメント戦は一対一。だけど、僕は舐められてまともに相手にされないかもしれない。師匠はそれを危惧していた。


「強くなるために剣舞に参加しているのに……これじゃあ意味がない」


「そうよねぇ……何とかしてぇ、みぃんなをやる気に……殺る気にさせなくちゃぁね!」


「そ、そうですね……」


 できれば、殺されることだけはありませんように。というか、今の街の様子を知っているなら、それは冗談ではないのだ。実際、僕は殺されちゃうかもしれないし。


 師匠はあまり気にしていないようだった。彼女は強いから、ただの犯罪者に怯えなくて済むんだ。彼女が気にするべきなのは、犯人が街の人を殺すこと。そして、その犯人を捕まえることだけだ。


 師匠はうむぅ、と腕を組んでうなった。


僕が剣舞でまともに戦える方法。


 どうすれば、疎まれている僕が、街の人たちを本気にさせられるのだろうか。疎ましく思っているなら、負けたくないのは彼らにとっては当たり前のことなのになぁ……そこで手を抜いちゃダメでしょ。愚痴っても仕方ないことだけど。


「そぅだ!」


 僕も考えていたけれど、師匠のほうが早かった。師匠は手を打つと、おもむろに部屋の中へ歩いて行った。僕も師匠の跡を追う。


 見慣れた散らかった部屋の中で、師匠は何かを採掘しようと荷物を掘り返していた。おおぅ……僕の仕事が増えていく……。


「あったぁ!」


 やがて何かを見つけた師匠は高い草をかき分けるように、散らかった荷物をかき分けながらがしゃがしゃと喧しく歩いてきた。


 ふいに僕の視界が真っ暗になった。何をされたのかと思い、僕は顔につけられたものを手で触れてみた。


「……仮面?」


「おぉ! 似合うにあぁう」


 仮面を手に取る。猫の形を模した無地の白い仮面だった。口元だけ隠されておらず、仮面舞踏会で着けられているような仮面だった。一部隠されていないとはいえ、正体を隠すためには十分だと思う。


 仮面を付け直して穴の開いた部分に目を合わせると、意外と視界がいいことに気づいた。覚えておかなければつけていることすら忘れてしまいそうな心地よささえがあった。


「これをつけて剣舞に?」


「そうよぉ。そぉすればだぁれもタグを認識しぃなくなるからぁね!」


 なるほど。確かに、この姿だと街へだって堂々と歩いていけるね! 


 仮面をかぶれば万事解決! さっすが師匠! 頼れる僕の姐さん!


「って……これじゃあ、逆に怪しまれるだけでしょ!?」


「あぁやしまれたってぇ、本気で戦ってくれるなぁら、いいじゃぁない。街にでぇられないことはぁ、変わりないんだしねぇ」


「た、確かに……」


 僕は、明日からの剣舞に仮面をつけて参加することにした。街へ出るときもこの仮面をつけることにしよう。


「でぇも、気を付けてねぇ」


「気を付ける?」


 何を? っと思ったけれど、すぐに僕はこの街で人殺しが起きていることを思い出した。


「この格好、やっぱり怪しいですよね」


「うんうん。仕方なぁいとはいってもぉ、みぃんなが事情を知っているわけじゃぁないんだぁからねぇ」


 事情を知らない人が僕を見て、衛兵にでも通報したら大変だ。何しろ、今日殺された人の第一発見者は僕なのだから。


「慰労祭が始まってからずぅっと、何人も殺されちゃあっているのぉ……それもぉ、ただ殺されるんじゃなくってぇ、バラバラにされてぇるの……」


「……師匠は、いまここにいて大丈夫なんですか? ほら、騎士だから犯人を捜さないといけないとか……」


「そぉの仕事をするのはぁ、わぁたしたちじゃないわぁ。衛兵にまぁかせればいいのよぉ」


 衛兵は街の中を守るための組織。

騎士は街そのものを守るための組織。

その違いが、今回の殺人事件の担当を分けたのだろう。


 だから、師匠は今回の件に関わることが出来ない。つまり、僕が怪しまれて衛兵に捕まったとしても、師匠の力ではどうすることもできないのだ。


 自分の身を守るのは自分なのだ。


 仮面をつけるのは仕方ないけれど、気をつけないと。捕まっちゃったら元も子もないしね。


「はぁ……本当に、住みにくい世の中になりましたね」


「住みにくぅいのはぁ、タグだけぇだけどねぇ」


 この街は僕に何か恨みでもあるのだろうか?


 殺人事件の第一発見者になり、ただでさえ疑われやすいのに、怪しい恰好をしなくちゃいけなくなって、かといってそれを怠ったら誰も相手してくれなくなるし……。


「それに……あの子だって守らなくちゃ」


 僕は白髪の少女のことを思い出しながら呟いた。殺人が起きているんだ。僕が守らなくちゃいけない。


 ふと視線を部屋の隅に向けると、少女が師匠のベッドで眠っていた。僕が剣舞に参加している間は、師匠のところにいるのが安全だと思って任せていたのだった。


 僕はベッドに腰掛けて、眠る少女の髪をなでた。眠ったままの少女はくすぐったそうに身を捩らせた。


「ふふふぅ。ほぉんとうに、親バカだなぁ、タグはぁ」


「親って……僕はこの子の親になった覚えはありませんよ」


 最初は、僕は妹の代わりに、僕自身の罪の贖いのために、この子を守ろうとした。


 けれど、今は違う。


「僕は、ただこの子を守りたいだけなんです。放っておけないだけなんです。ただただ、この子が笑うことができるなら、僕はそれでいい……」


「そう……ならぁ、ちゃぁんと守らなきゃねぇ。あ、いっそのことぉ、犯人見つけれぇばいいんじゃないかなぁ?」


「また犯人探しですか」


 僕は先日の竜の件を思い出して、ため息を吐いた。しばらくはあんな面倒事はごめんだった。


「僕は遠慮しときますよ。衛兵が見つけてくれるのを心待ちにしています」


「まぁ、面倒事にぃ巻き込まれたくなぁいならそれが一番だけどねぇ。でもぉ、犯人を見つけたほぉうが、その子だってぇ、安全になぁるでしょう? それでもぉ、タグは見つける気にならなぁいの?」


「それもそうですけど……衛兵が見つけられない犯人を僕が探して、そのせいでこの子が危ない目に遭ったら、本末転倒だと思いませんか?」


 少女を守りたいがために、少女を危険に冒すわけにはいかない。


 無理に犯人を捜して目をつけられては意味がない。その被害が僕だけに及ぶならまだいいけれど、もしこの子が危ない目に遭ったらと思うと、とても犯人を捜す気にはなれなかった。


 師匠もそれを分かってくれたのか、うんと頷いて腕を組んだ。


「さわらぬ神にたたりなし、ねぇ。まあ、タグはぁ、その子があぶなぁい目に遭ったときにぃ、守ればいいんだからねぇ。でもぉ、タグ……一応話してぇおくけれどぉ、この事件の犯人はぁ、たぶん剣舞に出ているわぁ」


「剣舞に?」


 信じられない。だって、剣舞は神の守護者を決める祭りでもあるんだ。それゆえに、剣舞は神の信奉者が集まってくる。それなのに、神を崇める祭りで人殺しをして祭を台無しにするなんて……神を崇める者のやることじゃないような気がする。


 その犯人も、『これは我が主の願いだ!』とか言い出すのだろうか。神の信奉者は何かと狂っているような気がする。


 全ての可能性があり得るから、神の信奉者というのは恐ろしいものである。基本的になんでもありだからね。


「それにぃ、剣舞に参加しているだぁけじゃないのぉ」


 師匠は呆れたように肩をすくませた。


「剣舞に参加してぇ、負けたならぁ、それでよかったんだけどねぇ……今日の混合戦でぇ、その犯人が勝ち上がったっていう噂がぁあるのよぉ」


「……つまり、僕はいずれその犯人と当たるかもしれないっていうことですか?」


「そぉれだけならいいわぁ。でもぉ、タグだってぇ勝ち上がったんだからぁ、怪しまれちゃうかもしれないのよぉ?」


 それもそうだ。


 僕は街の人たちから疎まれているし、味方も少ない。濡れ衣を着せられてしまう可能性だってあるかもしれない。


 犯人が僕のことを知っているなら、その可能性は十分あった。僕の街での不評を利用して、街の人たちの視線から自分の姿を消す。そして、その疑惑の視線は僕のほうへと注がれる。


 僕は街中で師匠に負けたことがある。だから、剣舞で勝ち上がったこと自体を怪しまれる可能性だってあった。いくらそれが実力だからと言っても、信用なんてされない。街の部外者が、剣舞で勝ち上がるだなんてありえないとさえ言われるかもしれない。


 街での僕の評価は最低。


 だから、これから殺人が続けばより一層、僕へ向けられる視線は厳しさを増すかもしれない。ああ、なんて恐ろしい街なんだ……。


「だぁから、怪しまれなぁいようにぃ、仮面は絶対よぉ? 少なくともぉ、剣舞の間はぁ、つけておかなくちゃいけないわぁ」


「そうですね……」


 僕は手元の、白い無地の猫の仮面に視線を落として、小さくため息を吐いた。


「……んん」


「おお! お姫さぁまは、お目覚めかなぁ?」


「今度はお姫さまときましたか」


 でも、かわいいから否定しない!


 僕はこの小さなお姫様を守る騎士(ナイト)にでもなろう。


 この子が危ない目に遭ったときには、ちゃんと守る。命だろうが何だろうが、僕はこの子のためならなんだって賭けられる、そんな気がした。


 起き上がった少女は眠気眼をこすりながら身体を起こした。ぼーっと辺りを見回して、だらしなく欠伸する。その幼気さが、彼女を守りたくなる秘訣なのかもしれない。


 起きた少女の頭をなでると、少女は僕を見上げて笑った。


「あぅー」


「うん。おはよう。よく眠れた?」


「あー」


「そっか。それはよかったよかった」


「んー?」


「剣舞は終わったよ。大丈夫。勝ったから」


「うー!」


「ありがとう」


「タグ……よく分かるねぇ……」


 振り返ると、師匠が感心しながら、ドン引いていた。え? そんなにおかしいことかな?


 長い間、少女と一緒に過ごしているせいか、彼女が何を言いたいのか分かるようになっていた。軽くテレパシーだね!


「まぁ、仲がいいことはぁ、いいことよぉ。さて、じゃぁあタグ、今日の修行をはじめましょぉうねぇ!」


「はい。明日勝つために」


 そう言って、僕は師匠から投げ渡された木刀を構えた。


 構えたときには師匠はすでに斬りかかってきていて……


「ぎゃっ!?」


 あっけなく、僕は倒されてしまった。


 師匠との剣の修行は以前とは段違いに厳しさを増していた。強くなるためには、明日の剣舞を勝ち進むためには、僕は師匠の厳しい修行を乗り越えなくちゃいけない。


 混合戦が終わってから一時も休めていない身体は悲鳴を上げていたけれど、この悲鳴も、騎士御用達の薬があれば元に戻る。騎士ってなんだかすごい……近未来的すぎて。


 無理をしても、疲れていても、騎士の薬さえあればたちまち治るのだ。だから、僕は無理をしてでも、一日でも早く、強く……さらに強くならなくちゃいけない!


 少女を守るためにも、一刻も早く――。


 僕は常にそれを考えながら、今日も木刀を振りまわした。



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