3-3 『殺伐』
普段、道を埋め尽くすほど人があふれかえっている街なので、こう、いざ人がいなくなると、本当に物寂しい気分になる。路地裏を歩いていても、出会うのは敵ばかり。殺伐とした雰囲気が漂っている。
当然、敵に出会えば争いが始まる。路地裏に身を潜めていた連中も、敵の数が少なくなってくると、街を徘徊し始めた。そして、戦って勝った者を闇討ちにし、自分は二人の敵に勝ったのだと、主張してくる輩もいる。クズだなぁ。
しかし、そういったこともあってか、どんどん人の数は減っていった。残りの人数は分からないけれど、まだ剣舞終了の鐘が鳴っていないので、八人に絞られていないということだけは分かる。
早いとこ剣舞を終わらせてしまおう。そのためにも、僕は誰かと戦わなくちゃいけない。このまま終わってしまえば、僕は闇討ちをしただけになってしまう。
このまま卑怯で不名誉なまま終わるつもりはない。
できるだけ一か所にとどまらないように移動し続けるが、人がいない。街が広いこともあり、隠れる場所はいくらでもあるのだ。
どうやって隠れた者を表へおびき出すか……そう考えながら歩いているときだった。
――プツッ。
「え……?」
足元に張られたピアノ線のようなものに気づかず踏んでしまい、切れてしまった。
そして、その数瞬後に僕に向かって無数の槍が飛んできた!
「うわっ!」
迫ってくる槍を前転して避けると、その避けた方向にさらにピアノ線が張られていた。プツン。
ドドドっと轟音がしたかと思うと、次の瞬間にはピアノ線の周囲が陥没し、落とし穴が現れた。とっさに逃げた僕は陥没した穴をマジマジと眺めて、安堵の息を漏らす。
もし、逃げ遅れていたら、僕はここで終わっていた。僕だけを狙った罠ではないにしても、この近くに罠がたくさん仕掛けられているのなら、用心にこしたことはない。
罠があるということは、近くにこれらを仕掛けた奴がいるということだ。罠に注意しながら、僕は近くで隠れている人影を探しだす。
探しているうちに、さらにもう一つ、罠を起動してしまう。
ぷつりと切れたピアノ線が跳ね上がると、どこから運んできたのか、いくつもの丸太が降りかかってきた。
「くっ……!」
丸太を避けきると、避けた先で、つりさげられたナイフが降りかかってきた。殺傷能力がないにしても、これは怖い。木刀を振り回してナイフ全てを弾くと、その最後に視界を埋め尽くすほどの金だらいが落ちてきた!
「だから、こんなもの、どこから持ってくるんだよ!?」
誰に対して突っ込んだわけじゃないけれど、僕は叫んだ。金だらいをこれまた木刀で弾こうとして、しかし、金だらいの中に何か入っているらしく、重くて弾くことが出来ない!
金だらいを受け止めると、木刀を滑らせて金盥を地面へ落とした。落ちた金だらいの中に水が……いや、これはガソリンだ!
「まずっ……!」
何が起きるか理解して、とっさに跳んで下がった。直後、落ちてきた金だらいが燃えはじめ、爆発的な熱量に襲われた。視界が真っ赤に染まり、目を閉じると――
「もらった!」
どこかから人の声が聞こえた。轟々と燃える炎がうるさくて、足音が聞こえない。闇雲に木刀を振り回すと、何かに当たる感触があった。
薄目で見ると、それは粘土だった。粘着質な粘土が木刀を覆って、炎にあぶられて固まる。粘土は近くの建物に繋がっていて、僕は木刀を封じられた。
「これが狙い……」
さすが剣舞に参加するだけに、戦略がしっかり練られている。これがもし、本物の戦場だったなら、僕はこの時点で負けていただろう。
「ぐぬぬ……」
無理やり粘土地獄から抜け出そうとすると、ヒュッと風を切る音がした。木刀を手から離して下がると、さっきまで僕がいたところに戦槌が振り下ろされた。
地面を穿つほどの重さのある戦槌は、とても殺傷能力がないようには見えなかったけれど、反則を気にしている場合じゃなかった。
僕は木刀を放してしまった。つまり、武器がない。周りでは炎が燃えたぎり、逃げ場もなかった。その上、敵の存在が目に見えない。
地面に転がったナイフを拾うと、とりあえずこれで戦おうとした。相手は戦槌なので、短いナイフ一つじゃ重さで負ける。両手にナイフを持ち、構えるが、炎の向こうから敵の姿は現れない。
どこに潜んでいるか分からないので気も抜けない。建物を背に、僕は常に視線を右往左往へとさまよわせた。
ガッ!
何かが地面をたたく音がした。
同時に、僕の頭めがけて何かが横切ろうとした。ナイフを交差させて受け止めると、振られた戦槌は重くて簡単に吹き飛ばされてしまった。金だらいに身体をぶつけて軽くやけどを負う。
「熱っ! くっそ……どこだ……?」
立ち上がって再び建物を背にして立つと、煌々と燃える炎の向こうに、人の影を見た。影が僕に近づきながら、戦槌を振り回す。一見無意味な行動に見えるけど、その人影はこうして僕と対峙しながら新しい罠を仕掛けているのだった。
やがて罠が僕の周りを囲むだろう。その前に、僕はここから逃げ出そうと、人影めがけてナイフを投げつけた。
重い戦槌をとっさに振り上げることが出来なくて、その人影はナイフを跳んで避けた。が、その跳んだ先で、ぷつんと何かが切れる音がした。
……まさかと思うけど。
焦る人影はその場から急いで立ち去ろうとした。が、テンパったその人影は、自分で仕掛けた罠を次々と起動していき……。
――ゴォン。
やがて、剣舞終了の鐘が鳴ったのだった。
まさかの自滅エンドだった。
燃やされた金だらいが鎮火して、やっと僕はその人を見ることが出来た。僕が見えたのはつりさげられたバットが頭に直撃して、ゆっくり倒れたところだけだったけれど、倒れた後で違う罠を起動してしまったらしく、陥没した穴の中で目を回していた。
結局僕は、戦いらしいことは一切せずに終わってしまった。だって、誰も相手してくれないんだもの! せっかくの戦い相手は自滅したし……この街の人たちは、本当に頭が悪いというかなんというか……。
まあ、一日目を何とか乗り切ったのだし、とりあえず僕は集合場所の広場へ向かうべく、足を向けた。
そして、僕の視界の端に、奇妙なものが映り込んだ。
始め、それは生ごみのように見えた。人間が捨てた生ごみを、カラスがつついたかのような、ぐちゃぐちゃにまき散らされた生ごみ……しかし、改めてそれを見ると、僕の考えがとんだ間違いだということに気づかされた。
「うっ……」
路地裏に捨てられてあったのは、バラバラに解体された人間だった。
「うあああああああああああああああああああああっ!?」
叫びをあげると、何事かと建物にいた人々が外へ出てきた。彼らは僕を虐げるように見下して、そして、僕の前のものを見て悲鳴を上げた。
次々に人が出てきて、辺りは騒然とする。まだ解体されたばかりで、鮮血が流れ出ており、
飢えた野良犬やカラスがその臭いを嗅ぎつけて集まり、死肉をむさぼっていた。
その死肉の傍らに、一枚のしおりが落ちていた。血にまみれて使い物にならなくなった、小さな文字が円状に書かれたデザインのしおり。屍体は本を持っていなかったので、犯人が落としたものなのだろうか。それとも……何か意味があるのか?
やがて衛兵がやってきた。慰労祭で起きた殺人……彼らは不思議とため息を漏らすだけで、不思議なことなんて何もないという風に、集まった人たちを捌けさせた。
どういうわけか分からない。なぜ、人が惨殺されたというのに、こうも平然としていられるんだ?
彼らの考えていることが分からず、僕は混乱した。間違っているのは僕なのだろうか?
先日クイムとの一件が会ったばかりなのに、これではトラウマになってしまう。僕は逃げるようにその場から走り去った。
剣舞の最後には広場で集まるはずだったけれど、広場を横切るときには、誰もいなかった。それどころか、誰もいない。剣舞が終わり、建物に籠らなくて済んだというのに、誰一人として建物から出てくる者はいなかった。
わけが分からないまま、走っていると、不意に腕を掴まれて、僕は引きずられるようにして建物の中へ入れられた。
「うわっ!」
つかまれた腕を放り投げるように放され、引っ張られた勢いそのままに、僕は尻餅をついた。僕を連れてきたその人物は外の様子をうかがうと扉を閉めた。カギをかける。まるで、誰かが中に入ってこないようにしようとしている風に。
僕は腰に提げていた木刀の柄を握ると、その人物を見上げた。ガラの悪い風貌……それを見た瞬間に誰なのかわかって、僕は深くため息を吐いた。
「はぁぁ……」
「何ため息ついてるんだ? 俺の前でため息つくな」
苛立たしげに、彼――エーレンティカさんは言い放った。壁に身体をもたれかけさせてため息を吐くと、かったるげに窓から外を眺めた。
「こ、ここはどこなんです? というか、なんで僕は連れてこられたんですか?」
「お前、知らねぇのか?」
エーレンティカさんは無知な僕を嘲笑い、そして珍しく丁寧に教えてくれた。
「慰労祭が始まってからというもの、毎日何人もの人間が殺されているんだ。だから、誰か殺されたと分かった瞬間、みんなどこかに隠れちまう。まあ、そんなことをしても無駄なのは分かり切っていることだけどな……」
「意味がない?」
「用心していても、結局誰かが殺されるんだ。だが、だれかが殺されたとしてもこの祭りは行わなくちゃいけない。慰労祭は、一年に一度、神を崇める祭りだからな。何があっても中止だけはするわけにはいかない。中止して、神の怒りを買うわけにゃいかねぇからな」
神の怒り……。
エーレンティカさんはそういったものを信じていない人だと思っていた。けれど、この街の人たちは、そのほとんどが神の信奉者のように思える。その証拠が今日から始まった剣舞だ。
神の守護者を決める剣舞。それに参加する人数は多かった。街に人が多いということもあるのだろうけれど、それを踏まえても多い。きっと、みんな神を信じて、神に頼って生きているんだ。
だから、その信仰心があるからこそ、慰労祭を中止にできない。
その反面、問題を起こすわけにもいかない。人殺しなどもってのほかだ。
「誰が人を殺しまくっているのかは知らねぇが、ったく……迷惑極まりねぇことだ。落ち着いて本も読めねぇし」
「そういえば、エーレンティカさんはなんでこんなところに? というか、ここはどこです?」
「ここは聖堂。外で歩いていたら、人殺し騒ぎが起こったんだ。どこかの建物入ってねえと怪しまれるし、な。たまたま入っただけだ。最近の殺人のことで、俺のところに依頼が来たから外に出たんだが……ぁあ、面倒だ。バイトが入ったと思ったら剣舞に行くとかでしばらくでれねぇとか言いやがるし、もう一人はどっかに雲隠れだぁ? ったく……」
「す、すみません……」
なんだか僕が悪いことをしたように聞こえる。確かにしばらくエーレンティカさんのところへは行けなくなって、それは師匠を通して話がついていたはず。
クイムがいなくなった今、僕が行けないとなるとエーレンティカさんは自分で働かなくちゃいけなくなったわけだ。ふはは。いつも本ばかり読んでいるつけがここに来たんだ! 働け働け! 当然、本人に直接言えないけれど。
エーレンティカさんは頭を掻いて、窓から外を眺めた。衛兵がちらほら見え、街を歩き回っていた。犯人でも捜しているのかな?
衛兵がいる限り、あまり外を出歩かないほうがいいだろう。エーレンティカさんはため息をついて聖堂の長椅子に腰かけた。
聖堂は、正面に舞台があり、そこから十列ほど長椅子が置かれている。舞台の上には神の銅像が掲げられ、その正面に一振りの剣が刺さっていた。その剣は偽物のようで、床と一体になっている。
壁の高い位置にはカラフルなステンドグラスがはめ込まれ、虹色の光が差し込んできた。ステンドグラスに描かれているものは神の物語だろうか。
扉から舞台へはまっすぐに赤いじゅうたんが敷かれており、部屋の隅には大きな花瓶が置かれている。そこからにょっと出た花は赤く、鈴のように膨らんでいる。膨らんだその中心から黄色の光が漏れ出していた。
「はぁ……なんでまたこんなことに……」
こんなところに長い間いるのはごめんだ。僕は神を殺そうとしているんだし、神をまつる聖堂に長居なんてしたくなかった。罰当たりなのは今更なんだけどね。
「なんでこんなところにって……お前は助けられたんだぞ? あのまま街を徘徊していたら、お前は衛兵に捕まってたんだからな」
「いえ……そのことに関しては感謝してますよ」
いや、本当に。衛兵に捕まったほうが面倒なことになるのは、目に見えて分かっているしね。それならこの聖堂に長居することになったほうがまだましだ。
「僕が気を失っている間に、ずいぶんと変わりましたね。この街も……」
「変わったのは、慰労祭が始まったことだけだ。慰労祭であつまった人が殺されるだけ……表に出てねぇだけで、この街はずっと前から物騒なんだよ。人も仮面をつけて笑う。愛想だけで笑う。街の連中は楽しそうに見えて、実はそうじゃねぇんだ。何かに怯えて日々を過ごしている……見ていられるもんじゃねえよ。その不満が今爆発しただけだ。この騒ぎも、じき収まるだろ」
「……そうはとても思えませんけれど」
僕のことを疎ましく思って、睨み付けてくる人たちがいた。だけど、彼らは少し頭が悪くて、人を傷つけられるような人たちなんかじゃない。不満があっても笑っていられる、バカな人たちなんだ。
僕はこの街にきてまだ少ししか経っていないけれど、そう思った。長い間、彼らを見ていれば分かることがあるのかな? 僕を攻撃してくるのも、次第になくなってくると思う。
それがなくなったとき、僕は彼らのことを知ることが出来るはずだ。
だから慰労祭もこの騒動も早く収まってほしい。こんな殺伐とした、楽しくない雰囲気が漂っているだなんて僕には耐えられない。
「お前は、街の連中を知らなさすぎるからそう言えるんだ」
けれど、エーレンティカさんは頑なにそう言うのだ。
「知れば後悔するかもしれねぇけど、俺には関係ねぇことだ。お前が知りたいなら、俺のいないところで、関係のないところでやってくれ。さて、そろそろ衛兵も下がったころだな」
窓の外には人の姿はおらず、衛兵の姿もなかった。みんな、あの事件現場へ向かっているのだろう。犯人だってこう街の人たちが警戒しているのに、呑気に外を出歩いたりはしない。
それを見越してか、エーレンティカさんは聖堂の扉を開いた。
「お前はもう少しここにいることだな。第一発見者はお前なんだろ? 怪しまれたくなかったら、夕方までここにいるこったぁ」
丁寧に言い残して、エーレンティカさんは出て行く。ここから彼の小屋まではそう遠くないので、そこまで行くつもりなのだろう。
やがて、エーレンティカさんが外を出たのを皮切りに、建物の中に隠れ潜んでいた人々が街中へと出てきた。
人が多くなると、あちこちで歓声が上がった。剣舞が終わり、部屋で引きこもるしかできなかった彼らの不満の叫びだった。
剣舞に勝ち残った八人の名前は彼らに知られているらしく、すぐに人だかりができて胴上げまでしている。僕のところまではもちろん来ないわけだけれど。
この人たちの感情が全部嘘だなんて……僕には到底信じられなかった。
仮面をつけて生きているだなんて……そんな息苦しいことがあるか?
「……ああ、そうか」
だから、この街は祭りを楽しむのか、無理矢理でも嘘でも、仮面だったとしても笑ってすごして、不満だらけの世界を忘れようとしている。
彼らは弱い。
自分の運命に抗えないほどに彼らは臆病者で、軟弱者で……日々の息苦しさを忘れるために歌って、踊って、酒をかっくらい、小さなことで言いあって、そして……みんなで日々を乗り越えていく。
僕に対して不満を持つのも、彼らが常日頃から何かと我慢しているからだ。自分から前へ進むことを拒んで、師匠に剣を教えてもらいたかったけれど、それを言えなかった。
そこへ、街の部外者が急にやってきた。そいつが憧れの師匠に剣を教えてもらっていることを知って、自分たちの大切なものを侵されたような……そんな不快な気分になったに違いない。
もうじき、日も暮れる。
彼らの前へ再び出て行くことが、少し怖かった。




