3-2 『混闘』
剣舞とは。
慰労祭最後の三日間を使い、腕に自信のある者が互いの剣技を競い合う試合だ。誰でも参加できるが、殺しさえしなければ何でもありなので、生半可な気持ちで参加すれば痛い目に遭う。
参加するのは街の騎士や兵士らくらいのもの。他には、別の国から来た者や神の信奉者なども参加しているらしいが、それらはほぼ例外だった。
初日では混合戦、二日目からはトーナメント形式で剣舞は行われる。三日目は決勝で、そこで勝ったものは、神の守護者として称号が与えられる。
剣舞に参加するものの大半は、その守護者としての称号をもらうことを理由にしていた。神の守護者になるために、わざわざ遠方から足を延ばすものもいる――それが例外となる、熱狂的な神の信奉者だ――。
剣舞では、自分の得物の持ち込みは禁止されている。代わりに、主催者側が用意した殺傷能力のない武器の使用が義務付けられている。『剣舞』と書くが、剣以外の武器を使ってもいいことになっている。
たとえば、こん棒などの打製武器。銃のような射撃武器も用意されている。罠の使用も可能だが、これは主催者側が用意していないので、自前で用意しなければならない。ただし、殺傷能力のないものに限るが。
要は、命さえ取らなければ何でもあり! というのが、僕がこれから参加しようとしている剣舞だった。
師匠からその説明をされて、僕は少し不安になったものだ。だって、今の僕は街の人たちから目の敵にされている。初日の混合戦で何をするのかは分からないけれど、僕は集中砲火に遭ってしまうかもしれないのだ。
「だぁいじょうぶ! それをぉのりこぉえてこそ、つよぉくなるんだからねぇ!」
不安がる僕に、師匠はそう言った。たしかに、そんな危機的状況を脱することが出来たなら、確実に強くなる。
「そぉれともぉ、自信がなぁい? やめるならぁ、今よぉ?」
「やめるわけないじゃないですか。勝てるかどうかは……正直分かりません。でも、僕は守るって決めましたから。あの子を守る力が欲しい……そのためなら、こんな逆境、乗り越えてやりますよ」
負けない。
どれほど相手が強くたって、僕は勝たなくちゃいけないんだ。あの子を守るためにも、そして、いつか神を殺すためにも。
その思いを胸に、僕は今、街の広場に立っていた。
剣舞に参加するために集まった人々が、主催者側から渡された武器を手に、緊張の糸を張りつめている。近づくだけで切られてしまいそうなほどに恐ろしい緊張感の中、僕は少しビビりながら剣舞の受付へと向かった。
広場に簡易テントが設えてあり、そこで受付をしているらしかった。僕が向かったときにはすでに人だかりができていた。
みんな、剣術や武術に長けた強者ばかり。数十人あつまったその中から、今日の混合戦で八人にまで絞られる。果たして、僕は生き残れるだろうか。
受付を待っている列の最後尾にならぶと、いつものように痛い視線が集まってきた。『なんでこいつがいるんだよ』『こんなやつ、参加しなけりゃいいのに……』などと口々に言っていたけれど、僕には師匠が付いているということもあり、堂々と発言する人はいなかった。みんな、小心者だなぁ。
すれ違いざまに肩をぶつけられたり唾を吐かれたりしたけれど、僕はあまり気にしなかった。僕はそこのところ、他人より鈍いらしい。気にしないというより、まず気づかない。
やがて受け付けの順番が回ってきた。受付をしていた女性は僕の顔を見るなりあからさまにうえぇと嫌そうな顔をしたけれど、すぐに取り繕って仮面のように張り付いた笑みを浮かべた。この街の人はみんな嘘が苦手らしい。
机に置かれた紙に署名すると、『剣舞で起きることのすべては自己責任』などといった注意事項の書かれた紙と、剣舞参加者である証拠を示すバッジを渡された。
「受付番号は87番です」
冷たく言いあしらって、女性は僕の後ろにならんでいた人の名前を呼んだ。この人、どうやら街の人の名前を一通り覚えているらしい。なら僕が覚えられていないのも納得だね! この街の人間じゃないし!
「87番……って、剣舞に参加する人ってそこまでいるのか?」
辺りを見回してみると、バッジをつけた人ばかりだった。そうだ。初日は街全体を使った混合戦。いま建物の外にいる人はみんな、剣舞の参加者なんだ。
街の住民は、今日だけは家の中にいるように要請されている。みんな、剣舞に巻き込まれたくないので大人しくそれに従っていた。従っているのは、ただ頼まれたからと言うだけでなく、彼らも剣舞を見るのを楽しみにしていたからだ。
時間が過ぎるほどにピリピリする空気がさらに重量を増していった。
剣舞の開始は午前十時。あと十分もない。受付はすでに終了して、次の準備が行われていた。
広場の中心に壇がセッティングされ、参加者が見えないテントの裏で何かしら打ち合わせをしていた。
参加者はバッジをつけていたが、主催者は腕にバンドをつけていた。剣舞参加者は、もちろん主催者側を攻撃することはできない。そういう呪いが、バンドには埋め込まれているらしい。
日ものぼり、街中が静寂になったころ、ようやく主催者側の、ひげ面の男の鶴の一声が街中に鳴り響いた。
「――只今より、『剣舞』を開催する!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおお!!」」」
己の得物を掲げ、剣舞参加者たちは慟哭を上げた。地鳴りがするほどの大声に負けじと、建物の中から広場を見ていた人たちも同じように大声を上げる。
祭りの熱気が押し寄せて、少し引け気味になった僕も負けじと声を張り上げた。
「おおおおおおおおおっっ!」
「「「……………………」」」
「おおお……っい!」
なんで僕が叫ぶとみんな一気に静かになるんだよっ!?
恥ずかしいじゃんか!
僕の一声で祭りの熱気は冷めて、え? 僕が悪いの? みたいなことになったけれど、そもそも僕がいたことはなかったことにされたらしい。マイクを手に、剣舞開催を宣言したひげ面の男は淡々と告げるのだった。
「剣舞初日は混合戦だ。街全体を使い、見つけたものを片っ端から倒してゆく。皆がつけた参加者であるバッジ、それを壊していくのだ。最後に残った八人が、明日からのトーナメントに参加できる」
バッジには参加者を示すだけではないらしい。僕は胸にバッジをなでた。
「ただし、使える武器はこちらが指定した武器のみ、それ以外の武器を使うとしても、殺傷能力のない武器を使うように。もし、それらに違反すれば、今後の慰労祭参加を禁止とする」
基本的に何でもありの剣舞。だけど、さすがに主催者側も人死には出てほしくないらしい。当然だけど。
まあ、この剣舞も神にささげるものだ。その中で人死にを出すわけにはいかないのだろう。
神にささげる祭りで、神から与えられた命を奪う……そんなことがあってはいけないのだ。
それは参加者も分かっている。剣舞に参加する僕以外の人はみんな、神の信奉者だったのだ。
「――以上、注意事項だ。それ以外なら、どんな手段を用いて勝とうが、構わない。卑怯でも何でもいい。ただ、あなたたちは己の腕を競い、我らが神にそれを示しましょう! そして、勝ち残り、神の守護者となれ!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」」」
雄たけびを上げると同時に、どこかでゴォンと鐘がなる。
「慰労祭『剣舞』、一回戦……混合戦開始ッ!!」
その声が聞こえた途端、剣と剣の交わる音がそこらじゅうで響いた!
「え!? こんなに雑なの!?」
雑に始まった剣舞だが、細かいことを気にしないのがこの街の人たち。神にささげる祭りじゃなかったのか。こんなに雑でいいの?
始まった瞬間の行動は二つに分かれた。
隣にいた者に斬りかかった者。
自分の実力が発揮できる場所まで走り去った者。
そして、僕はそのどちらにも当てはまらなかった。
「……だれも、相手にしてくれねぇ……」
いきなり誰かに斬りかかるという卑怯な真似はしたくなかったし、剣を教えてもらったばかりで自分の実力がどういった状況で発揮できるのかも分からない。僕は出遅れて、ただ茫然と立ち尽くしていた。
ただ、不思議かな。だれも襲ってこない。それどころか、だれも僕を見ていない!?
「……」
僕は殺伐な戦場と化した広場に背を向けて、街中へと歩き出した。すると、そこらで人が隠れ潜んでいた。待ち伏せをする人たちだった。街でも人一倍小心者な彼らは、こうして不意打ちをするしかないのだ。けれど、隠れるのがへたくそすぎる。みんな見えてるよー。
嘘が苦手なだけでなく、不意打ちも苦手……彼らが得意なのは陰口だけなようだ。どこまで小心者だらけなんだ、この街の人たち……。
そして、当然のように僕は誰にも相手をしてもらえなかった。不意打ちさえしてもらえない。彼らは自分たちより弱い者の相手は嫌だったのだ。誰か倒してくれるだろう、そう思って自分たちでは手出ししない。
僕もわざわざ争いの種をまいたりしない。僕が彼らの脇を通り過ぎるころには、広場で生き残った者が不意打ちされていた。おい、周りちゃんと見ろよ。
バカしかいないのだろうか、この街には。
悲鳴や慟哭が街中を駆け巡る。あちらこちらで得物を振るう人たちはどこか楽しげで、僕には理解しがたい。なぜそこまで楽しめるのだろうか……。
僕はふらふらと歩き続けた。どこかで僕の相手をしてくれるような人はいないかなぁっと思ったのだ。けれど、僕から仕掛けない限り、誰も僕の相手をしようとしなかった。こちらを見てくれさえしない。ああ、やっぱり僕って有名人! 有名人は辛いよ!
自分を慰める言葉を必死に探しながら、僕は路地裏へと歩いて行った。路地裏には人はいなかった。薄暗く汚い空気が立ち込める中で、野良猫やカラスがごみを漁っているだけだった。ここにいれば、誰に相手をしてもらうこともなく、明日の二回戦へと進むことが出来るかもしれない。
混合戦の勝利条件は、『勝ち残る』ただそれだけ。つまり、誰に見つかるわけでもなく、隠れ潜んでいればそれで済むのだ。
「……でも、それじゃあ意味がねぇ」
僕がこの剣舞に参加したのは、実践を積んで強くなるためだ。誰かと戦わなければ、剣を交えなければ、僕はいつまでも足踏みをしたままなんだ。誰も相手をしてくれないなら、僕から向かわないといけない……はあ、面倒だ。
人と話すことさえ苦手なのに、今の僕は、それ以上のことをしようとしている。誰かと剣を交えて会話するのだ。そんなこと、どこかの賢者にしかできないよ。普通の人には無理でしょ?
『拳で語り合おうぜ!』
それすなわち
『オマエ、ぶん殴るから、オマエも俺をぶん殴れ(はぁはぁ)』
……へ、変態だ!
僕は痛みを快楽に変換できる思考回路なんて持っていない! だから拳で語りあうことは無理だし、誰かを闇討ちにすることだってやりたくない!
……って言いながらやっちゃうのが僕。
「ていやー(棒)」
「うぎゃあ!?」
路地裏の陰から、走ってきた人に向けて木刀を振り下ろすと、僕はふたたび闇にまぎれる。よし、これでいける。
みんな相手してくれないんだもん! なら、闇討ちでも何でもしてあげるのが人情っていうものじゃないかな? 絶対に違うけど!
僕は暗がりから通り過ぎていく人々を斬って斬って斬りまくった。結果、僕の前にはうずたかく積まれた気絶した人々が横たわり、なんとも不思議な光景となった。ここまで来ると、もう誰も近づいては来ない。
移動しよう。
僕は誰にも見つからないように隠れながら、路地裏を移動した。しかし、考えることは同じで、僕以外にも路地裏からの闇討ちを決行している人がいた。背後からそっと近づいて……
「とぅ!」
「ぐはっ!?」
一撃で昏倒させる。悲鳴を出されたら、みんなに気づかれちゃうから、それも最小限にとどめられるように。
でも、気づいた。
闇討ちしてても、剣の修行にならないよね?
「意味ないなぁ……よし」
あれだけ大勢いた人も、だいぶ少なくなってきた。単純に隠れているだけなのかもしれないけれど、それを踏まえても、少なくなってきていた。
狙われることはないので、できれば一対一で剣を交えたいものである。どこかに一人でうろついている人はいないか、路地裏を移動しながら探すことにした。




