3-1 『追想』
僕の妹は明るい性格で、村の人々から大切に育てられた。
誰とでも話せて、初対面の人ともすぐ仲良くなれる。人に会えば愛される。
そんな妹は僕の自慢の妹だった。
僕は妹に少しあこがれていたのかもしれない。
陰険な僕は、村の人たちからよく妹と比べられた。妹は何でもできるのに、兄は何もできない、役立たずな人間だ、と。
「――にぃちゃは、役立たずなんかじゃないもん!」
「別に気にしてないから。というか、みんなが思っていることはその通りだと僕は思うんだけどなぁ」
「そんなことないよ! にぃちゃはやらないだけで、役立たずなんかじゃないもん! あたしが保証するから!」
けれど、妹はそれを全力で否定してくれた。妹は僕のことが好きだった。兄妹の愛を超えた愛情……僕は彼女の好意を知っていた。
「……そう。×××はそう思ってくれるんだ。ありがとう」
「えへへ~♡ ほめるなら頭なでなでしてぇ」
そして、僕は同時に思ったんだ。
「お前は本当に、甘えん坊だな。まあ、僕もうれしいけどさ。お前と一緒にいられることが」
「うん! あたしもうれしい! にぃちゃと一緒にいられるなら、あたしは何でもするよ!」
妹は僕の物だ。僕なら、妹を思いのまま操ることが出来る。
「――いい子だ」
家に籠って碌に外に出ない僕は、妹の好意を利用して、楽な日々を過ごした。家の外に、それどころか自室の外へ出なくても済むように、妹に身の回りの世話すべてを任せた。彼女の好意を利用して、全てやらせた。
「むぅ……にぃちゃ、たまには外に出ないとカビが生えちゃうよ! カビカビにぃちゃなんて、あたしは嫌なんだからね!」
「そんなこと言うなよぉ。にぃちゃんは外に出ると灰になってしまう病気になっているんだよ」
「またそんなこと言って! にぃちゃは吸血鬼か何かなの!? あ、で、でも血を吸うならあたしだけにしてね? あ、あたしだけのにぃちゃ……にぃちゃ……ひゃぁぁ! にぃちゃが迫って……あ、だ、ダメ。にぃちゃ! あたしたちは兄妹! あ、でもだれも見てないし――うえへへぇ~♡♡」
「……大丈夫か?」
僕にとって、彼女に人権などなかった。
ただ、僕に操られるだけの人形。
お世話ロボット。
未来から来た、猫型ロボット。
みんなから人気のある妹を操れば、僕はいろいろなことを思い通りにできる。妹の好意を利用すれば、何だって。
罪悪感なんて一切なかった。だって、妹は僕の世話を喜んで引き受けてくれたから。何もしなくていい安穏とした日々は続いて、やがて僕は十六歳になった。
十六歳……その年齢は、特別な歳だった。
僕たちの住む村で崇め奉られていた神――ラリウス神の年齢が十六歳なのだ。実際には何百年も前からいるはずなのだが、どうやらラリウス神は永遠の十六歳! らしい。
十六歳となった者は、村の教会で神に神託を受ける。神の代弁者――神官を選び、十六歳となった者に、今後の道を言い渡す。
その神官の役目に、僕の妹が選ばれた。
「あたしがやる! にぃちゃのためなら、あたしは何でもする!」
「ありがとう。×××以外は誰も僕の相手なんてしたくないだろうからね、助かるよ。やっぱり、お前は僕の自慢の妹だ」
「えへへ~。あたしはにぃちゃの自慢の妹なんだぁ~! よぉし! 頑張るからねッ! にぃちゃ!」
彼女は喜んで引き受けた。大好きな兄のためになら、そして、自分を大切に育ててくれた村人のためになら、と、彼女は考えたのだった。
「×××が神官になるなら、村人全員、否定しない。だが、相手があのタグだからな……あのダメ兄貴のどこがいいんだか」
「全くだよ。あのダメ兄貴より、ウチの息子のほうがずっと……」
「いやいや。あのダメ兄貴を比べたら、そこらの犬のほうがずっとましだね。比べるべき相手が違ってらぁ」
「あはは! それもそうだ! いや、本当に……あの子がかわいそうだ。きっとあの子は騙されているんだよ。あのダメ兄貴、何を考えているのか分かったもんじゃない」
「――みんな、にぃちゃのこと……そんなに嫌なの?」
「……僕は気にしていないから。どれだけ陰で何を言われても、お前さえいてくれればいいからさ……」
「……嫌だよ。あたしのにぃちゃが……みんなにバカにされるなんて……」
「……」
満場一致。誰もが彼女が神官になることを否定などしなかった。
そして、神託を受ける当日、事件は起きた――。
「……はぁ……っはぁ……」
嫌な記憶だ。
思い出したくないこと。
だけど、僕の思いとは裏腹に、それは夢として現れて、僕は呼吸を荒くして跳ねるように起き上がった。寝汗が酷く、服がぐちゃりと濡れてしまっていた。
まだ外は暗い。日が昇っていないのだ。
「くそ……今日は剣舞があるっていうのに」
こんな目覚めが悪いことはない。今日の剣舞で勝たなくちゃいけないのに、ここまで目覚めが悪いと、どうも嫌な予想しかできない。
もう一眠りしよう。無理矢理でも、今見た夢を忘れたかった。
妹を利用した過去なんて、僕は見たくなかった。あんな醜い過去、消えてしまえばいい。
毛布をかぶったとき、肘に何か固いものが当たった。こんなところに何か置いておいた覚えはない。僕は薄目を開けてそれを確認すると、ガバッと布団を跳ね上げた。
「え……こ、これって……」
それは一振りの剣だった。真っ黒な、稲妻を模したような剣……鞘から出た部分がうっすらと薄青の靄を発生している、不思議な剣。
異形のシカに連れられて手に入れた、奇妙な剣。
これを手にした瞬間、僕は意識を失ったんだ。
「――夢じゃ、ないみたいだな……」
あの異形のシカは実在したんだ! そして、どういうわけか、こんなものを僕に渡して、再び消えてしまった。
柄を指先でなぞる。これを抜いたときのように、意識を失ってしまうことはない。が、その剣は脈動しているように、触れると幽かにドクン、ドクンと動いていた。気味が悪い。でも、嫌じゃない。嫌どころか、僕の脈と共鳴して、まるで一つになったかのような心地よささえあった。
不思議な剣、そして気味の悪い剣……僕と共鳴して脈動する剣。
あの異形のシカが、僕にこれを渡した。何のために? あのシカは、僕の味方なのだろうか……それとも、ただの気まぐれか。
「……あのシカ……もしかして……」
いや、そう考えるのは早いか。まだ、そうと決まったわけじゃない。
でも、あのシカには注意しなければならない。少女が巨人に捕まったのを見つけられたのはあのシカのおかげだけれど、それでも、あのシカは怪しい。
この剣……【霧銘】だって、なぜ僕に渡したのかが分からないんだ。
あのシカは、僕に一体何を求めているのだろうか……。
そんなことを思いながら、僕は再び眠りにつく――。




