2-23『治療』
「あぁあ……めぇんどうだなぁ。いいんじゃなぁい? このままぁ、治療なんてしぃなくてもぉ、たぶん大丈夫だよぉ。全身複雑骨折だけどねぇ」
「し、師匠……そんな殺生な……痛っ!」
僕は動かせないほどの痛みで、寝転がされたベッドから動けずにいた。師匠がある程度の治療はしてくれるけれど――僕は街の人間じゃないので、医者には診てもらえなかった――その治療が正しいのかどうかは怪しいところ。彼女が言うには、それらは騎士が行っている荒療治らしい。
身体の一部に穴をあけて、針金を通す。あとは固定。治療と言うよりは、壊れたプラモデルを接着剤で補強しているようなものだった。けれど不思議なことに、痛みはあっても動かせるのだ。
また、騎士必須の治療薬もあって、その効き目もすごい。死ぬほど苦い薬で、一錠飲めば、たとえ鍛えた騎士でも一日は気絶する薬らしい。当然、僕は飲まされて二日間、気絶していた。
薬を飲んだおかげか、不思議なことに、その次の日には針金なしでも動けるようになっていた。以前よりも調子がいいというわけじゃないけれど、これなら動ける。
「よぉし。じゃぁあ、これでタグも退院だぁ!」
次の日には完治! 末恐ろしい騎士の世界。伊達に夢遊病やってないね! 夢遊病関係ないけれど、僕はとにかく騎士をほめたかった。
そして、退院した僕は直後、額を床にこすりつけていた。
「なぁに? タグ……なぁんのつもりかなぁ?」
「お願いします。師匠……僕に剣を教えてください」
「……まぁたその話ぃ? ちゃぁんと教えてるよぉ」
「そうじゃなくて……一刻も早く、僕は強くなりたいんです」
僕は少女を守れなかった。
結果的には、少女に何かあったわけでもない。怪我もしていないし、なにかトラウマを植え付けられたわけでもない。けれど、彼女を守れたわけじゃないんだ。
「僕は、守ると誓った一人の少女を守れなかった。絶対に守る、救うって……なのに、結果はこれだった! 僕は裏切られて、あの子を守ることが出来なかった! だから強くなりだいんです。誰よりも、彼女を守りたいからっ!」
「強くなりたいのはぁ、みぃんな同じよぉ」
師匠が、いつものまったりとした口調で話す。いつもふざけているような彼女だけれど、しかし今日の彼女は本気だった。
「みぃんな、現状に満足できなぁいで生きているのぉ。だぁから努力するかぁ、もしくはぁ、諦めてぇ何かに流されちゃぅう……諦めたほぉうが楽なことだってぇ、あるのよぉ?」
諦めて楽になること……。
「確かに、諦めて楽になることだってありますよ。この背中に背負った重荷を、誰かに譲ったり、捨ててしまったほうが、きっと楽になる。でも、諦めるって選択肢を最初から考えていないからこそ、僕たちは自分の将来に期待するんです。夢を持つんです」
「タグの夢ぇは、やぁっぱり、神をころぉすこと?」
「はい。諦めるつもりはありません。僕は妹の仇を取らなくちゃいけない。でも、夢は未来のこと……今の僕は、あの子を守りたいんです。あの少女を守るために、僕は強くなりたい。だから、お願いします。僕に剣を教えてください。僕に……大切な人を守る方法を、教えてください」
「……剣は傷つける者よぉ? だぁれかを犠牲にしてぇ、自分のエゴを守るたぁめにあるのぉ。それにぃ、守るためにぃ、自分の命をぉ賭けなくちゃぁいけない。タグにぃ、その覚悟はぁあるのぉ?」
誰かを守るために、時には親友すら裏切って、傷つけなくちゃいけない……けれど僕は、守りたい人さえ守れればよかった。あの子さえ守ることが出来る力があるならば、僕はほかの何を犠牲にしてもいい。あ、もちろん、妹を除いてだけど。
妹の仇を取りたい。そのためなら、果たして僕はほかの誰かを傷つけることが出来るのだろうか。
そんな疑問、考えるまでもなく答えが出てくる。
「覚悟も何も、ありませんよ。僕は守りたいものを守る。そのためなら、誰を傷つけたってかまわない。僕はあの子を守るためなら、妹の仇のためなら、たとえ相手が師匠でも斬りかかりますよ?」
「ふふふぅ。面白ぉいこと言うねぇ? ならぁ、いつかぁわぁたしの相手になぁってねぇ? ぼっこぼこにぃしてあげるからぁね?」
「そ、その時までには、僕だって強くなりますよ」
少女を守るためなら、僕は師匠さえ殺してしまえる。だから、僕は師匠より強くならなくちゃいけない。師匠よりもずっと……強くならなくちゃ、神を殺すことさえできないのだから。
師匠はくすくす笑った。僕はそこまでおもしろいことを言った覚えはないのだけれど、師匠にとってはツボだったらしい。
やがて師匠は顔を上げると、眦に浮かんだ涙を払って頷いた。
「分かったわぁ。剣を教えてあぁげる」
「本当ですか!?」
「ただし」
師匠は真剣な瞳を向けて、人差指を立てた。そして「一つ条件」と言った。
「条件?」
「タグはぁ、眠っててぇ忘れてるかもしれないけれどぉ、今は慰労祭の真っ最中なのぉ」
そういえばそうだった。眠っていたから忘れていたけれど、今は慰労祭の真っただ中。うるさくないのは、師匠のこの部屋が地上からかなり高いところに作られているからだろうか。
しかし、慰労祭は神を崇めるための祭りだったはず。なぜそれが剣を教える条件になるのだろうか?
問いかける視線を師匠に向けると、師匠は真剣な顔のまま、腕を組んだ。
「慰労祭の行事の中にねぇ、『剣舞』があるのぉ。トーナメント形式でぇ、強者と剣を使って戦うのぉ。タグはぁ、そこに参加してぇ、勝ち抜くのぉ。で、最後までぇ勝ち抜くことが出来ればぁ、剣を教えてあぁげる」
「で、でも……そこまで勝ち上がるための剣術を教えてもらってないのですが……」
「大丈夫! そぉれまでは、まぁいにちしごいていてあげるからぁね? だけどぉ、もし途中で負けたらぁ、その時点でぇ、剣を教えるのはぁ、止めにするわぁ」
慰労祭で行われる『剣舞』。
それに勝てば勝つほど、僕は強くなっていく。毎日師匠に剣を教えてもらえるだけでなく、『剣舞』の中で学ぶことだってできる! こんな好都合なことはない!
僕は頷いた。けれど、慰労祭の途中なのに、参加できるのだろうか?
師匠はふっと笑っていつも通り軽い口調になった。
「だぁいじょうぶ! 『剣舞』はぁ、明日から三日間行われるからねぇ。だぁから、今日からぁ、タグは修行するのぉ。みっちり教えてあぁげるからねぇ?」
「はい! 絶対に勝ち抜きます!」
そして、あの子を守れるほどに強くなってやるんだ!
僕はそう誓って、師匠に投げ渡された木刀を構える。
「――じゃあ、修行開始よぉっ!」
夜半にテントに戻ると、少女が眠気眼をこすりながら僕の帰りを待っていた。かくんと眠そうに頭を振っている少女は何とも情けなくて……同時に愛らしく思えた。
「待っていなくてもよかったのに。僕が帰らなくても眠ってて良かったんだよ?」
「うー……」
少女は首を振る。首から提げたメモ帳に何か書くと、僕に見せた。眠さゆえに字がいつも以上に汚かったけれど、仕方ないね。
『私、守られた。あなた、頑張る。私、待つ。いつま~』
途中から力尽きたのか、字が波を引いて紙から飛び出していた。メモ帳から視線を上げると、少女はすでに夢の中。
僕は苦笑して、少女に毛布を掛けてあげた。この子は本当に、何をしたかったのだか。
本当に……。
「……」
この子は、何者なのだろうか?
クイムはこの子のことを【舌壊断】と呼んでいた。人前でしゃべることを止めさせたはずなのに、クイムはこの子に舌がないことを知っていたかのようだった。
「【舌壊断】……舌を断たれて壊された少女……っていうことかな?」
なんて残酷な仇名だろうか。
舌がないからと言って、何があるわけでもない。この子はか弱い、一人の少女なんだ。なのに、なぜクイムはあそこまで執拗にこの子を殺そうとした?
いや、殺そうとしたのはクイムだけじゃない。
巨人族全員が、この子を狙ったんだ。それは、竜と同じくらいに。
この子は、もしかして神の敵なのか?
神に恨まれることをして、でも記憶がない。だから狙われる理由も分からないのだけれど、竜よりも理不尽な理由なことは確かだ。
そういえば、この子のことを知っていたのは巨人族だけじゃない。
あの竜も、この子のことを知っていた。
そして、彼女は僕に『知らなくていい』と言った。
それはどういうことだろうか? クイムも同じようなことを言っていたし……この子は一体、何者なのだろうか?
僕が知る必要のない、少女の過去。
「……僕が守らなくちゃいけないのになぁ……」
少し寂しかった。いや、少し、妬ましかった。
少女のことを一番知りたい僕が、何も知らない。この子を狙う敵が、何なのかが分からない。
もどかしい気持ちに包まれた。
しかし、考えても仕方がない。僕は毛布にくるまると、瞼を閉じた。
「……痛っ」
ちなみに、今日一日師匠にしごかれたのだけれど、ハードすぎて何度も気絶した。今も全身が痛くて痛くて仕方がない。
こんな日常を続けることが出来るのだろうか?
だけど疲れたのは確かで、何か悩みがあっても、今日ばかりはすぐに眠ることが出来た。
はずだったんだ。
――クヲォォォォォ……




