2-21『謎声』
クイムが僕をあざ笑うかのように訊ねて、顔面を殴ってきた。ほほ骨が折れた。鼻口から出血して、意識が遠ざかる。クイムの声が、どこか遠くに聞こえる。
「己の大切なものを守れもせず、己の弱さを悔いるか? ふん。貴様は弱い。誰も守れはせぬ。だから後悔も何もしなくていいのだ。だが、反省はするべきだな。来世では、無謀な戦いをせぬように生きよ。神を信じ、今世の許しを乞うがいい。今世の貴様は今ここで、何も守ることができないまま、後悔を胸に抱いて――静かに眠れ」
クイムが腕を引く。
ほかの巨人族らを一撃で屠る力。クイムは、今度は本気で僕を殴るつもりだ。僕は巨人とも少女とも違う。この首はもろくて、本気でない一撃でも千切れてしまうだろう。
悔しい。
大切な彼女を守りきることが出来なかった。僕がここでクイムに殺されたなら、次の標的は彼女だ。くそ……そんなの嫌だ。
「く、いむ……頼むから……その子、だ……けは……僕は……どうなって、も……いい、から……せめて……そ、その子の……命だ、け……は……」
かろうじて出せた声は、想像以上にかすれていて。
「何を言っているのだ? 二人とも、殺すに決まっているだろう?」
「た、頼むから……その子だけは……」
守れなかったことが悔しくて……辛くて……痛くて……。
「守れなかった貴様が悪い。いくら頼まれたとしても、オデは貴様ら二人を殺す。我が主に逆らう者は、この世にはいらぬのだ」
声を張り上げることもできなくて。
「恨むなら、己の弱さを恨め。憎め。貴様は弱い。それはゆるぎない事実で、今更覆せるものでもないのだ。自分より弱い奴の頼みなど、聞くわけないだろう」
「もう……嫌だよ……」
もう、この苦しみから解き放れたかった。
でも……守りたいんだ。悔しくて悔しくて、やるせなくて……。
「ま、まだ……死ぬわけには……」
諦められないほど。
悔しいほど。
僕は実感する。
「――ああ、僕は本当に……君のことが……」
「あぅ――ッ!」
少女が叫ぶのが聞こえた。でも、その声ももう遠い。
でも、遠くても聞こえる。
彼女の思いが。彼女が、どれほど僕に期待してくれているのか、伝わってくるんだ!
「諦めたくない……諦めたくない……ッ!」
「だが、貴様は弱く、ここで死ぬ。くはは! 竜の信者の末路は、悲惨なるぞ!」
耳障りだ、黙れ!
「うぅぁああぁぁぅああっ!!」
少女が叫んだ。まともにしゃべられない彼女は、ただただ叫ぶことしかできない! 悲惨に、泣き叫ぶことしか……。
誰が泣かせたんだ。
拳を握りしめた。爪に肉が食い込み、生暖かい血が流れた。けれど、痛くはない。少女を守れないことのほうが、よっぽど苦しくて、胸が痛む。
「ふん。存在価値を失った【舌壊断】は、まともにしゃべれぬのか。うるさい、黙れ。貴様の金切り声など、これ以上聞きたくないわ」
「ううぅぅぅぅぅぅうううう!!」
うんざりした風に、眉をひそめたクイムに少女は慟哭を上げ続ける。声をあげられる限り、彼女は叫び続けるだろう。
「うあああああああああああああああああっぁぁぁあああぁっっあああ!」
「くっ……存在意義を失った【舌壊断】! 貴様は後だ! まずは、タグ! 貴様を殺してやる!!」
「うあああああああああああああああああっぁぁぁあああぁっっ!」
引き絞ったクイムの怒りの拳が迫り、少女が泣き叫んだ――その時。
――――【固まれ】――――
「ッ!」
脳内にしゃがれた声が聞こえ、同時にクイムの動きが止まる。否。クイムの身体が、コンクリートでも流し込まれたかのように固まったんだ!
脳内に響いた謎の声は、さらに続ける。
――――【集まり、手中へ……生きよ】――――
僕の手から離れて地面に転がった模擬刀が、こちらに向かって飛んできて、僕はとっさに掴み上げた。折れたはずの剣先までも戻ってきて、剣先に張り付く。そのまま、模擬刀は元通りになった。
「どういうこと……?」
混乱する僕は、しかし、今はそうしている場合じゃない! クイムが動かない間に、こいつを倒すんだ!
動けない相手を襲うのは、卑怯だと思う。だけど、今はそんなことを考えてはいられなかった。
少女を守るんだ。
そのためなら、大切な人を守るためなら、僕は何にだってなれる。卑怯者にだって成り下がってやる!
「うおおおおっ!」
―――【剣は鋭く、射抜き、その者は、己が願を叶える】――――
剣が緑色に輝き、模擬刀が真剣同様に鋭くなった。クイムは迫る剣に怯えて、震えた声を上げた。
「ひ、卑怯者がッ! 竜の味方は、やはりろくな奴がいない!」
「卑怯はお互い様。僕は守るため、君たちは壊すため。だから、僕は負けるわけにはいかないんだぁああ!!」
卑怯でいい。
大切なものを守るためなら、僕は泥水だって啜れる。
さあ、征け。
この一閃は、大切なものを守るために。
この剣戟は、大切なものを傷つけさせないため。
弱さを知り、それでも強くなろうとあがく――ゆえに。
「僕は、守るんだあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっっ!」
――――【その一閃、殺意に満ち、汝は、主の願いを、叶える、一刀】――――
しゃがれた声が響く中、僕は一撃にすべてを込めて、模擬刀を振り下ろす。
肩から斜めに斬られたクイムの身体から血が溢れ、地面に血だまりをこしらえた。クイムは自分の血だまりの中に倒れこんで、動かなくなった。
僕はふりおろした体勢のまま、彼の終わりを眺めていた。彼が倒れこむと同時に、僕も立っていられなくなって、その場に膝をついた。
模擬刀を地面に突き刺して、何とか寝転がるのは阻止できたけれど、しばらくは立ち上がれそうにない。
そんな僕を心配してか、少女は僕の傍らまでやってきた。目が赤く充血している。ああ、やっぱりこの子は僕を心配してくれて……。
「うー……?」
「大丈夫だよ。」
少女の頭をなで、僕は微笑む。嬉しそうに、だけどこそばゆそうに身を捩らせた少女の顔が、赤くなった。ああ、その反応は卑怯だ。めちゃくちゃかわいい!
抱きしめたかったけれど、動けない。手を伸ばして、その小さくて愛らしい頭をなでることしか、今はできなかった。
よかった。
この子に何もなくて。見たところ、怪我の一つもないようだし、ひとまず安心だ。
「よし。じゃあ、竜と合流しよう。子どもたちも助けたし、向こうもそろそろ片付いたことだろう」
竜は巨人たちをひきつけて、森の中で巨人と戦っているはずだ。しかし、森のどこかで破壊音が聞こえるということはない。竜が巨人に負けるとは思えないけれど、少し心配になった。
子どもたちは助かった。僕とクイムをこんなところまで連れてきた、あの異形のシカさえいなければ、今も手に持っていたことだろうけど、まだプレハブにあるはずだ。
竜も心配だけれど、彼女はきっと子どもたちの安全を優先するはず。それ以上に、彼女が巨人に負けるというビジョンが思い浮かばなかった。彼女はきっと大丈夫で、子どもたちに会えることを楽しみにしているはずだ。
クイムが裏切った以上、僕と少女の二人でプレハブに戻るしかない。しかし、僕たちが今どこにいるのかが分からなかった。ここからは闇雲に歩かないといけない。それで迷ってしまうかもしれないけれど、いなくなったとしたら、竜が空から見つけてくれるはず……僕はそう信じることにして、適当に道を選んで歩こうとした。
ギュッ
不意に、少女が僕の服を引っ張ってきた。言葉が話せない以上、彼女の言葉をくみ取るしかない。もしくは、彼女が紙に何かを書くか、だ。
少女の首にはメモ帳が提げてあって、振り向くと、少女がそれに何か書いていた。少女は顔を少し赤くしながらそれを書き終わると、僕に見せようとした。
だが。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆるるっさああああああああああああああああ!!」




