2-20 『知恵』
「……あぅ?」
状況を分かっていない少女は辺りを見回して、首を傾げた。
「目覚めたか、【舌壊断】よ」
冷たい声で、クイムは少女を見下ろす。少女はクイムを見上げて不思議そうな顔をしていた。彼女はクイムが自分を殺そうとしていることなんて、知らないんだ。
守らないと。
助けないと。
目の前の強者を打ち倒し、大切なものを守るんだ――ッ!
「ああぁぁあぁぁあああぁああぁあっっ!!」
叫び、必死に模擬刀を振るった。
「無駄なことを」
一言、クイムはそう言って、模擬刀を弾く。代わりに飛び込んできた拳を、僕は避けられずもろに喰らってしまう。
地面をはねながら転がり、砂利を飲み込んだ。それでも、僕は立ち上がる。守ると誓った少女を助けるまで、僕は何度だって立ち上がる!
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
それでも、限界は近かった。満身創痍だった。クイムは呆れたように息を吐いた。
「そんな無理をしてまで、助ける必要があるのか? 所詮は街で拾っただけ。貴様とは関係なかったではないか。何も知らぬくせに、どうしてそこまで守ろうとする? 救おうとする?」
「理由なんてどうでもいい。守りたいから守るし、助けたいから助けるんだ!」
理由なんて後付けでも何でもいい!
ただ彼女さえ守りきることが出来れば、それだけでいいんだ!
「気に食わんな」
クイムは、不機嫌そうに頭を掻く。その眼光が鋭くなり、僕を射抜いた。僕のすることが、彼にとっては理解不能で、それがもどかしく、イライラさせてしまっていた。
「【舌壊断】は後だ。こんな何もできぬ者は、あとで殺せばいい。だが、貴様は面倒だ。弱いくせに何度も何度も歯向かってくる……その上、助ける理由がないときた。これは無駄だ。時間の無駄。さっさと終わらせたいところだ。黙るまで殴ってやろう。諦めるまで、殴ってやろう。死ぬまで、殴ってやろう。貴様はきっと洗脳されているのだ。それを正すには――殺すしかない」
「僕は守りたいから守る……ただそれだけだよ。僕は洗脳なんてされていないし、これは本心だ」
「ふん。惚れたか。まあ、オデにはどうでもいいことだ。そういうつまらないこととは縁を切った。オデは主以外に愛されるつもりはない。ゆえに、オデは主を愛している。貴様が【舌壊断】を愛しているようにな。いや、同じにはしてほしくない。貴様らの醜い愛とは一緒にされたくないな」
「何をぶつぶつ言っているのさ。どうでもいいよ、神とか愛とか……ただ思いを成し遂げられればいい。大切なものが傷つくことなく、僕の手の中にあればいい」
「独占者が」
「欲しいの?」
「誰が欲しいと言った?」
「あげないよ」
「いらぬわ」
「そう」
「くそ……頭に来るな」
クイムはさらにイライラして片眉を上げた。激情に眼光が鋭くなる。
僕はそんな彼の様子を嗤った。ああ、小さい人間だ。でかい図体をしていても、心は小さい。だから笑う。嗤う。嘲笑う。
「あはは。でも、僕には『知恵』がある。竜からもらった『知恵』があるんだ!」
「ふん。何が知恵だ。そんなものがあったとしても、オデには勝てぬわッ!」
叫びながら豪速で迫るクイムの拳を――僕は模擬刀の腹で防ぐ。
「――っ!」
身体の中が空っぽになる錯覚。何も感じなくなって、ただ身体の表面から力が湧き出てくる。
――見える。
さっきまで見えなかった、クイムの豪速にも、今なら対処できる。
「っは!」
身を屈めて、クイムの脇へ入ると、そのまま模擬刀を振り上げた。クイムは取り乱したものの、軽々と後ろへ跳んで避けた。
すかさず追撃。クイムに肉薄すると、クイムの放った拳を模擬刀の腹で受け流し、勢いをそのままに、模擬刀を薙いだ。振られた模擬刀の腹にクイムは肘を突き立て、下へ弾く。やはり、クイムは戦い慣れしている。
「くそ……っ!」
何度も何度も、クイムに向かって剣を振るった。が、どれだけ本気で振るっても、竜の知恵を以ってしてでも、クイムに剣は届かなかった。
「くっ……」
「ふはは! 何が竜の知恵だ! 所詮はこんなもの。竜の知恵……つまりは、竜の魔法なのだろうが、使い手が貴様では意味がなかったようだな!」
まったく、その通りだった。
竜から教えてもらった知恵――魔法。
剣をまともに使えない僕を危惧して、竜が教えてくれた秘策。もしかすると、巨人族のあの素早い動きについて行けば、倒せるのではないか、と期待を込めて。
でも、結果は散々だ。
クイムに対して使ってみるだけで分かった。この魔法は、巨人相手では分が悪かった!
「ふん。さしずめ、『相手の動き同様の力を得る』魔法、と言ったところか。だが、それだけだ。動きについてくるだけで、貴様の膂力が変わったわけではない。そんな不完全な魔法を使ったとしても、オデは倒せぬぞ!」
ばれるのが、思ったよりも早い。
クイムが言った通り、僕は竜に知恵を……巨人族と対抗出来得る可能性――魔法を教わった。それも、クイムの予想したものに近い、『相手の動きに追い付く』魔法……。
巨人族の俊敏な動きに追い付き、攻撃を防ぐ。そして、隙あらば攻撃できるといった魔法なのだが、ばれてしまえば、脅威でも何でもなくなる。
クイムは相手を理解し、それに対処する方法を瞬時に導き出すことが出来る。だから強い。ただ膂力があって、動きが素早いだけが武器じゃない。
結果、僕は窮地に追いやられる。
僕の振るう剣戟はすべて避けられるか弾かれ、代わりに飛んできたクイムの拳を受けると、僕のほうが力負けして後退し、吹き飛ばされる。
圧倒的な力の差!
それさえなければ、僕はクイムに負けはしないのに……!
「くっそぉぉぉっ!」
でも、負けるわけにはいかないんだ!
クイムの背後で、少女が心配そうにこちらを見ているのが見えた。彼女はクイムに殺されかけていたことを覚えていないものの、彼が自分にとって脅威であることを悟ったらしい。恐怖で身を竦ませながら、瞳をうるうると潤ませている。
クイムに怯えながらも、泣きそうになりながらも、彼女は僕を心配してくれている――なら、その期待には応えなくちゃいけない。
力の差がどれだけあろうとも、彼女を守らなくちゃいけない。
だから、僕は彼女を安心させるために薄く笑った――その時だった。
――バキィンッ!
クイムの続く攻撃に耐えられなくなった模擬刀の剣先が折れ、僕の背後へと飛んでいった。地面に突き刺さった剣先が、空しく陽光を反射して光った。
「くそっ!」
剣先のない模擬刀を、クイムめがけて振り下ろした。だが、模擬刀の腹を殴られ、模擬刀は殴られた勢いそのままに、僕の手を離れて遠くへ飛んで行ってしまう。カランと空虚な音を上げて落ちた模擬刀は、僕の手の届く範囲にない。
落ちた模擬刀を拾おうとクイムに背中を向けた。
当然、無防備になった背中に、クイムの拳が突き刺さる。べきべきっと背骨が砕ける。
「がっ!?」
立ち上がることが出来なくなって、僕は地面に突っ伏した。手を模擬刀に向けて伸ばしたけれど、あと少しのところで届かない。
倒れた僕の背中に、再び衝撃が走る。クイムが僕を踏みつけたのだ。地面に亀裂が走るほどの衝撃をそのまま受けて、一瞬意識が飛びそうになる。意識を失う直前で胸ぐらをつかまれ、無理矢理起こされた。
「あーっ! うぅーっ!!」
少女が何か言おうとしている。だけど、僕は彼女へ顔を向けることが出来ない! それでも彼女が今、どんな顔をしているのか簡単に予想できて……僕は歯を食いしばった。
ああ、情けねぇな……。
だせぇな。
あれほど大見得切って守るって言ったのに……結局こんなことになってしまった。僕は少女を守り切れない。奇跡でも、起こらない限りは。
「悔しいか、タグよ」




