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ゴッドキル・ザ・メサイア ~カミゴロシの救世主~  作者: 蒼露 ミレン
第二章 『竜と巨人とシカと』
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2-18 『反旗』

巨人たちは僕たちの姿を認めると、目を見開いた。そのうち一人の腕には、少女が抱えられていた。少女は眠っているようだ。


 巨人にとらわれていた少女だったが、怪我はなさそうだ。よかった……一安心している間に、驚いて固まっていた巨人の一人が、我に返って叫んだ。


「な、何だ!? 急に現れたぞ!」


 巨人たちに睨まれて、僕は危険な状況に陥っていることを実感した。


「くそっ……最悪の事態だ。なんなんだよ、あのシカ! ……って、いつの間にかいなくなってるし!」


 辺りを見回すと、いつの間にかシカの姿は消えていた。いや、最初からいたかどうかさえ分からない、そう考えてもおかしくないほどに奇妙なシカだった。


 目の前に立ちはだかる巨人は五人。全員武装していて、手中にあの少女がいる。


 僕とクイムの二人だけでは分が悪い、それに、少女がいる限り僕たちは攻撃できないし、逃げることもできない。


 目の前の巨人たちもそれを悟ったのだろう。怪しげに笑うと、突如現れた二人を取り囲んで、それぞれの得物に手を掛けた。


「くっ……」


 巨人に注意を払いながら、僕も模擬刀の鯉口を切った。巨人を睨み付けたまま、背後にいるクイムに向けて、僕は言う。


「クイム、二人で何とかしてあの子を助け――」


 が。


「……」


 緩慢に歩き出したクイムは、おもむろに目の前の巨人の顔面を殴りつけた。その首がブチっと音を鳴らして飛んでいき、ころころと転がった。悲鳴を上げる暇もなかった巨人の首は、怪しげに笑った表情のまま。


 残された身体がぐちゃりとクイムに踏みつぶされると同時に、転がっていた巨人の首は静止した。クイムの顔についた返り血が頬を伝い、手の甲でぬぐう。振り返ったクイムは、すでに次の得物を決めていた。


 現状を理解できていない巨人たちと僕は、全身を強張らせて、ただその成り行きを見守ることしかできなかった。反応の一切も許さないと、クイムの全身が伝える。何も言っていなくても、動けば殺されるのが分かる。それは、味方である僕だって同じだった。


 クイムが二人目に近づく。突っ立ったままの巨人は信じられないという風にクイムを見て、やがて胃がかきまぜられるような衝撃を受けた。彼は恐る恐る視線を下へ向け……後悔する。


 後悔したまま、その巨人は自分の内臓を見つめながら倒れた。目の前にズルズルと抜き出された五臓六腑が踏みにじられ、赤黒い血がまき散らされる。胃に入っていた内容物までもぶちまけられ、辺りに生臭い臭気が漂った。


「く、クイム……?」


 こちらの声は、しかしクイムには届かない。


 三人目、四人目の巨人の頭をぐわしと握り潰すと、拍手するかのように叩きつけた。頭部をぐちゃぐちゃにされた二人の巨人の屍体が蹴り飛ばされる。屍体に人権なし。


 そして、最後に残った巨人。その腕には少女の姿。


 巨人は全身を震えさせて少女を放した。いや、放したんじゃなくて、恐怖で力が入らなくなったんだ。腰を抜かした巨人は失禁し、クイムを見上げる。


 信じられないという風に、顔面を蒼白にした巨人は、かすれた声を出した。


「ど、どうして……なぜです!? なぜ、ここで我らを殺すのですか、クイム様!」


「クイム……様?」


 巨人の一言を反芻してみたけれど、クイムは巨人を冷たい瞳で見下ろしただけだ。巨人の顔面をその手で握ると、低い声で言った。


「遅い……遅いのだ。タグに見つかる前に、竜と【舌壊断(ぜっかいだん)】を処分するように言ったではないか。これでは、オデが囮になった意味がないだろう? なぜ、【舌壊断】をその場で処理しなかった? さすれば、あとは竜とタグだけになっただろうに」


「そ、それは……竜が戻ってくるかと思い…………」


「怖気づいたか」


「い、いえ! そのようなことはあぁぁぁあっぁあぁぁっ!」


 悲鳴を上げる巨人。顔面が変形するほどの力で握りつぶされまいとされていたが、潰されない。その境界線ぎりぎりで、クイムは巨人を拷問していた。


「オデたちは主に使える者。竜と、神に仇名す【舌壊断】を処分せねばならなかったはずだ。明日の慰労祭までにすべてを終わらせ、竜の首を供物にしようと言ったのは、確か貴様だったよな。ついでに見つかった【舌壊断】の処分を怠ったのは、そういうことか?」


「お、怠ってなどはああぁぁああああぁぁぁっっ!」


「言い訳はいらぬ。役に立たぬ者は、神の背反者として、罪人として、あの世で罰を受けよ」



「わ、我は背反者などではああああぁぁぁぁぁ――――――ぐちゃっ。


 果実を握りつぶしたような音がして、巨人は強制的に黙らせられる。

 手についた赤い果汁を木になしりつけると、クイムはやれやれと言った風にため息を吐いた。


「うっ……うえぇぇえぇええ……」


 僕は目の前の光景に耐えられず、胃の中のものをすべて吐き出した。しばらくは何も食べられそうにない。自分が食べるものすべてが、潰された巨人たち見えてしまいそうだった。


 それなのに……クイムは平然と、それどころか恍惚と、胸に手を当てて懺悔していた。懺悔というのに、その言葉は懺悔には程遠い。


「無駄な殺生をしてしまった。しかし、これが我が主の願いなら……」


「……ひ……人殺しを願う神なんて……うっ……いるかよ」


 全てを出し切った僕は、そう言うのがやっとだった。だけど、クイムは僕の言葉を当然のように無視する。


「おお。彼らは命を賭して、我が主に忠儀を誓おうとしなかった。我が主にとってよからぬ害虫を駆除できぬ者たちが、今、あなた様の下へ向かいましたぞ。さあ、慈悲ぶかきわが主は、オデに何を与えてくれるのだろうか! かはははっ!」


 哄笑。


 耳障りな笑い声が森に反響して、生物を震え上がらせた。


 模擬刀の剣先をクイムに向けた。全身が震える。ガタガタ。クイムにこの剣先を向けるのがとてつもなく恐ろしい。だってクイムが――ま、まだ、そうだと決まったわけじゃない……。


「甘いな、タグよ」


 氷のように冷たい眼光が、僕を見下ろした。クイムが恐ろしい怪物に見える。無慈悲な、無感情な、無秩序な殺人を繰り返すロボットを見たかのような絶望感、そして己の無力感、何もできないだろう虚無感に襲われた。僕は何があっても、クイムに対抗できない……そう肌身で感じさせられた。


 クイムは果たして、これほどまでに恐ろしい存在だっただろうか? それを思い出すことは難しかった。彼と共に過ごした時間が、前世のことであるかのように、思い出すことが出来なかった。記憶に靄がかかる。


「甘いぞ、タグ」


 クイムはもう一度言って、一歩足を踏み出した。僕は一歩後退する。


「ち、違うよね……クイムは……巨人を倒しただけなんだよね……」


「いかにも」


 クイムが進み、僕は後退。


「別に、あいつらの仲間なんかじゃ、ないよね……?」


「いかにも」


 進み、後退。


「じゃ、じゃあ……クイムは僕の味方?」


「違うな」


 進み、立ち止まる。


「っぁあ!」


 模擬刀を構えた僕に、クイムの巨腕が襲い掛かる!


「がは――っ!」


 巨人の頑健な身体をも貫く一撃で、僕は吹き飛ばされた。地面を転がった僕は、全身に走った痛みにうぅと呻いた。何とか立ち上がり模擬刀を構えて見せたが、模擬刀がひどく重く感じた。足ががくがくする。まともに動けない僕は、クイムの玩具(おもちゃ)だった。無邪気に遊ばれ続け、やがて壊され忘れ去られる運命を持つ、子どもの玩具。


「オデは、神に仇名すもの、また、神の信託に答えられぬような者の味方になった覚えなどない」


 冷たく、クイムは言う。


「タグよ。オデは貴様とあの娘――【舌壊断】を殺そうとした。崖から突き落とせば、必ずタグはその後を追う。だが、予定外だったのはその場に竜がいたことだった」


 クイムは悔しそうに息を吐くと、一歩近づいてきた。


「竜はもっと人間に疑心暗鬼すると思っておった。だから、あの場で自ら崖に飛び込むようなバカな真似をするとは思っておらなかった。だが、あれは想定外だった」


「ば、バカな真似って……っ!」


 何がバカな真似だ!


 ふざけるな……。


「自分が殺されようとしているのに、危険を冒してまで助けようとした竜の行動が、バカな真似なわけあるか! 大体、あの子が何かしたっていうのか? 竜が神と仲が悪いのは知っているけど、あの子は関係ないだろ! 街に捨てられてた――」


 慟哭する僕の言葉を遮るように、クイムは鼻で笑った。その態度がひどく気に入らない……腹が立つというより、気味が悪い。


「何も知らぬものが。教えるのは面倒だ。関係はある、とだけは言っておこう。それ以上はオデを倒して自分で探すことだな。まあ、貴様ごときに倒されるオデではないがな」


「あの子のこと、何か知っているのか!?」


「ああ。少なくとも、貴様よりは知っておる。まあ、今の貴様では認めることが出来ぬだろう話だ。さて。二人とも死んでもらおうか。貴様ら二人は、この世で必要のない背反者どもだからな」


「神に忠儀を誓うわけないだろうが。僕は妹を殺されたんだ!」


 惨殺された妹。


 私欲の塊となった人間が、その身に神を宿す妹の噂を聞きつけて、誘拐、拷問し、挙句に殺すと脅して――神に殺された。妹の命と共に。


 僕が駆けつけた時にはすでに妹は死んでいて、動かなくて……声をかけてあげることも、触ることも、どうすることもできなかった。助けられなかったし、守れなかったし、神という異端の存在に気づいてあげられなかった!


 神さえいなければ、僕の妹はまだ生きられたんだ。


 僕の妹が拷問の果てに死んだのは、全て神のせいだ!


「僕は神を殺す。背反者でも何でもいい。でも、クイム……僕は少し期待していたんだ。君とは仲良くなれるって。たぶんだけど、でも、本当に……」


「知らぬ。オデは神に仇名すものと仲よくなるつもりは毛頭ない。何を期待しておったのかは知らぬが、オデは貴様とは仲良くなれない。なってしまえば、オデは主に歯向かうことになってしまう」


 クイムは拳を握る。殺意の瞳が、僕を貫いて動けなくさせる。


 模擬刀を構えてみても、力がまるで入らない。クイムは裏切り者だ。だから僕の敵……敵……敵……。


 でも、それが嘘だったとしたら、どれほど幸福だろうか……。


 だから、今からでもいい。


 僕を裏切ってなんかいないって、言ってくれ!


「――裏切り者は貴様だ、タグ」



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