2-17 『奇鹿』
「師匠こそ、こんなところで何を?」
「騎士の仕事よぉ。明日かぁら慰労祭だからねぇ。街の周辺にぃ、不審なものとかがぁ、なぁいかなぁって、警戒しているところよぉ」
教えてくれないかと思ったけれど、師匠はわりと丁寧に教えてくれた。
そういえば明日から慰労祭だった。騎士は毎日忙しそうになにやらしていたようだったけれど、そういうことだったのか。
慰労祭で街にはいつも以上に人ごみが出来る。そんな中、外部からの攻撃があれば街民が混乱して、甚大な被害を招くかもしれない。騎士は……いや、あの街はそれを警戒しているんだ。
森の中で、外部から遮断されたような街だけれど、それでも大きな街だ。警戒しないわけにもいかないのだろう。
「じゃぁあ、長話もいいけぇど、わぁたしたちも暇じゃなぁいからねぇ。もう行くわぁ」
「あ、師匠!」
踵を返して街へ帰ろうとした師匠の背中に向けて、僕は呼びかける。ガチャリと鎧を鳴らして振り返った師匠は、「なぁに?」と振り返り、子どもをあやすように微笑んで瞬きした。
「い、いや。この辺りで巨人族を見ていないかと思って……」
「? なぜそれを訊ねる?」
クイムは不思議そうに瞬きすると、僕を見下ろした。
「この辺りに巨人がいたら、卵を持っていったって意味がないからね。見つかったらダメなんだよ、僕たちは。せめて竜と再会するまで」
「へぇ、タグたちの目的はぁ、その卵なんだぁ」
失言だった。
訂正は……別にいいか。
「まぁ、そんなところです。それより、師匠はこの辺りで巨人族を見ていませんか?」
「巨人とかぁくれんぼぉ? あははぁ! 楽しいぃ?」
「いえ。まったく」
むしろ命の危険を感じてますから。できれば、もうこんなことしたくないんだけどね。痛みを快楽として受け止められるほど僕の懐は広くないよ! 変態でもないからねっ!
師匠はふぅむと腕を組むと瞑目。しばし考えて、目を開けた師匠は短く瞬きすると、
「見てなぁいなぁ。巨人がいたよぉうな痕跡も見当たらなぁかったなぁ」
「そうですか。それなら安心です」
「ふふふぅ。巨人とかくれんぼもいいけどぉ、気ぃをつけてねぇ。ここの近くにはぁ、獣がいっぱぁいいるからぁ」
悪戯をするように片目をつぶった師匠は、人差し指を立てて横に振った。そして振り返ると、手を振ってガチャガチャ音を上げながら去って行った。
短い再会だったけれど、情報は得た。この近くに巨人がいないと分かったなら、すぐに少女を回収して竜の巣に戻るんだ!
僕は小走り気味にプレハブの陰に回って少女の姿を探した。こんな時に、少女の名前が分からないのは不便だ。名前が分かっていれば呼んであげられるのに……。
「おーい! 子どもたちは無事だから、早く行こう!」
巨人がこの辺りにいないことが分かったので、僕は大きな声で言った。が、声は森に反響するだけだった。プレハブの陰に繁茂した茂みは、風になびいて動くだけ。
少女が動く気配が、全くない。
いや。
少女は、ここにいない?
「――まさかッ!」
それは最悪の事態。
それが起きることだけは絶対に嫌だ!
少女がいない、その事実を認めたくない!
だってそれは……巨人に捕まってしまったということだから!
「くっそ……!」
僕は卵を抱えたまま、茂みの中を突っ切った。おーい、と何度も呼びかけたけれど、返事がない! あの子は話せないというだけで、声は出せるんだ! だから、僕の声が聞こえたら返事くらいしてくれるはず!
返事がない。
気配もない。
焦る気持ちが胸を掻き立てて、不快な感情が外へ出て行こうと身を捩った。
やがてプレハブを一周した僕は、その事実を認める。
「捕まった……僕が、あの子を危険に晒した……っ!」
膝を地について、頭を抱えた。守るって決めたあの子が……僕のせいで危険に晒された!
「落ち着け、タグよ。どこか別の場所にいるかもしれぬではないか。もう少し、離れた場所を探そう。だが、この卵が邪魔だ。一旦、竜の巣へ戻って――」
「嫌だ」
わがままだ。
本来の目的をかなぐり捨てて、あの子を探すなんてこと、あの竜が許すわけがない。でも、このままじゃ僕は僕を許せない! あの子を危険に晒したのは、まぎれもなく、僕なんだからっ!!
でも、義務は果たさないといけない。
「クイムは先に戻ってて。この卵、クイムの巨体ならもう一つくらい抱えられるんじゃない?」
「あ、ああ。まあできぬことはないが……仕方あるまい」
クイムは意外に素直だった。しゃがんで一旦卵を下ろすと、僕の卵と合わせて抱えた。さすが巨人。こういう荷物運びには役立つ。
「ごめん、クイム。僕はあの子を見つけてから戻るから」
「ああ、分かった。だが、最後にもう一つ、よいか?」
「何?」
僕は焦っていたけれど、クイムは悠然とした態度で僕を見据えると。
「む?」
首を傾げて、僕の背後を見た。振り返る。
「……え?」
僕の背後には、一頭のシカがいた。それだけなら別に驚くことじゃないけれど、違う。シカだけどこれはシカなんかじゃない!
茶色の短い毛を生やした、平均サイズのシカ。雄鹿のようで、立派な角を生やしてる。問題なのは、その角だった。
頭の上に二つあるはずの角は、頭蓋を貫通して顎の下にも生えていた。否。角は身体全体から突き抜けるように生えていた。その姿はまるで一本の木のようだった。
頭の上の角だけは特別に大きく、後ろへ向けて曲がっていた。角の先端は尻にまで到達していて、目の前のシカがただのシカではないことが容易にうかがえた。
シカは僕を見つめると、やがてキャーッと悲しげな声で鳴いた。甲高い声は森に反響して、辺りの風景をゆがめた。
「なっ……なんだ!?」
みるみる内に景色が変わっていく。
木が捩れ、迫り、離れ、飛び、埋まり。
血が鳴動、隆起、陥没、変形、移動し……。
それらが収まったとき――僕の前に五人の巨人の姿が現れた。




