2-16 『後悔』
「絶対助けるから! どうしよ……竜は向こうに行ったし、僕の剣じゃ切ることなんてできないし……」
「だから諦めよ。今はオデのことより、あの竜のことが心配だ。竜の大切なものを、オデらのせいで今こんな状況にさせてしまったのだ!」
「え……?」
どういうことだ?
だって、僕たちは巨人たちと関わっていない。竜の住処の場所だって、誰かに公言したわけでもない。
戸惑う僕に、クイムは歯を食いしばりながら、悔しそうに言った。
「奴らはオデらの跡をつけていた。オデらがあの竜の住処を見つけるのを、奴らは追っていたのだ。奴らはあの宝石商の仲間だったのだ。宝石商は、初めからオデらに罪を着せようとしていたのだ。卵を盗んだのは、オデらだと、竜に信じ込ませようとした」
「何のためにそんなことを……」
「奴らは言った。自分たちは神に遣えている。神の敵である竜は、我らの敵だ、と。奴らは竜を殺すために、竜の子どもたちをさらったのだ!」
「……あの宝石商も、神の信奉者ってことか」
「いかにも」
「僕たちは初めから、こうなることが約束されてたみたいだな……」
「いかにも」
「クイムがこうなったのも、奴らの考えた通りってことなのかな……」
「いかにも」
「…………」
「……いかにも」
「何も言ってないよ」
「いかにも」
「遊んでる場合かっ!」
クイムはガハハと笑い、身を捩らせた。チャリと鎖がこすれる。
「まあ、とりあえずそういうことだ。オデらのせいで、竜の子たちをこんな状況にさせてしまった。だから、一刻も早く、卵を持って逃げよ! オデのことは心配するな!」
「……そんなことしない。僕は絶対、見捨てないよ」
「タグ……」
僕はもう一度、クイムの手首に繋がれた鎖をいじる。
「ここで見捨てたら、僕は何も変わってないことになるんだ。あの時、僕は妹を救えなかった……神のせいで殺された妹のことを、僕はまったくわかってやれなかった。気づけなかった。それを購うってわけじゃないけれど、僕は今、目の前で助けられるものを見捨てるわけにはいかないんだ。見捨てちゃ、僕は何も変われないんだよ」
「……タグは、神を恨んでおるのか?」
「ああ。恨んでるよ。でもそれ以上に、妹を守れなかった自分を恨んでる。妹を弄んだ自分が、何より許せない」
僕は妹に嘘を吐いて生きてきたんだ。
彼女が僕を敬ってくれているのを利用して、自分の都合のいいように操っていたんだ。嘘ばかりついて、彼女がいい気になるような台詞ばかり吐いて、彼女の気持ちを弄び、そうして……死ぬまでずっと、嘘をつき続けてきた。
謝りたい。
でも、そう思ったときには、彼女はもういなくて……いや、むしろいなくなったから気づいて……気づいたときにはやっぱり遅くて……。
「――だから、僕は今目の前にあるものを、見捨てるわけにはいかないんだ。後悔してからじゃ、もう遅いんだ」
「違うぞ、タグ。後悔は前へ進むための起爆剤。後悔してこそ、己を磨くことが出来る。タグは妹を大切だと知った。それで十分ではないか。何も、オデを救うことはない。後悔するなというほうが無理なのだ。オデを助け、その結果、本来の目的が果たせないのだとすれば本末転倒だ。ならば、オデは助けなくともいい」
「両方助けるんだよ。クイムも、子どもたちも。後悔したくないから。後悔しないことは無理でも、僕は今できることをしなくて後悔なんてしたくない。確かに僕たちは子どもたちを助けるためにここまで来た。でも、子どもたちだけを助けるなんて、それは違うだろ」
「何が違うのだ? 子どもたちを助けるためにここまで来たのだろう? オデがこうして捕まったのは、オデの責任だ。タグが後悔することではなかろう」
「僕は守るって誓ったあの子を守れなかった。あの場にクイムが来てくれなかったら、あの子を守れなかった……だから、クイムのせいなんかじゃない。クイムがつかまったのは、あの子を守れなかった僕自身のせいなんだ」
「それが理由か? ふん。別に気にせずともいいのにな」
クイムは肩をすくませる。
「……実は、オデも後悔しておる」
「え……?」
「オデも、あの時違う手段を取れば、今こうして捕まっていないのではないか、と思うのだ。オデはこうして捕まってしまったわけだが、もし、あの時違う手段を取っていれば、と思うのだ」
「……否定はしないよ。僕はあの子を危険に陥れたことを少し怒ってる。でも、その結果、僕たちは無事だった。それはクイムのおかげだよ。だから、クイムが後悔することなんてない。それに、後悔しているのなら、早く助かって、竜やあの子に謝ろうよ。こんなところで諦めずに」
「謝る、か……それでオデは許されるのだろうか? オデのせいで危ない目に遭わせた。二人ともな。それに、タグにも危険に遭わせてしまいそうになった」
「僕のことは別にいいんだ。あの子さえ助かれば、僕はあのまま、もし竜が助けに来なかったとしても、あのまま落ちて行ってもよかったんだ」
「違う。タグも助かるべきだったんだ! ああして崖から飛び込むことなどせずとも助かる方法を、オデが見つけられなかったのが悪い……」
「大丈夫。気にしてないから。でも、やっぱりあの子には謝ってよ」
「……」
「もう、後悔なんてしなくていいからさ。助かることを考えて、で、助かって……あの子に謝って。それでチャラにしよう。よし、これで外れる」
僕はクイムに繋がれた鎖を解く。ガシャンと落ちた鎖を蹴飛ばすと、クイムは立ち上がって僕に振り返った。
「……すまない。手を煩わせた」
鎖に繋がれていた手首をさすりながら、クイムは頭を垂れる。
「いいよ。ありがとう。僕の大切なものを救ってくれて……」
「大切なもの?」
「あの少女のことだよ」
「ああ、あの子か」
あの子を守らなくちゃいけなかったのは僕だ。クイムのやり方が間違っていたとしても、僕が最善の策を思いつけさえすれば、クイムだって謝らなくて済んだ。
だからせめて、ありがとうと言いたかった。
「よし、巨人たちが戻ってくる前にここから出て行こう」
「竜とあの少女はどこにいるのだ?」
プレハブの奥の床に置かれていた、一抱えするほど大きな卵を持ち上げながら、クイムは訊ねた。
「二人とも、巨人たちをおびき出すために別行動してる。一応、集合場所は竜の巣があったところっていうことにしているんだけど、あの子だけはたぶん、この近くで身を隠していると思うから、あの子だけ回収して竜の巣まで行こう」
よいしょと卵を抱えて、僕たちはプレハブから出て行った。辺りを見回してみたけれど、巨人の姿がないことから、二人ともうまく巨人をおびき寄せられたようだ。
巨人の姿がないとなると、少女を見つけないといけない。
少女は少し離れたところから石を投げて巨人たちをプレハブから外へ出した。その後、少女は巨人に見つからないように移動し、プレハブの陰に身を潜めている――はずだ。
少女がいるだろ方向へ向き直り、プレハブの影を覗き込んだ、その時だった。
――ガチャ
重なった金属がお互いにこすれあったような音が聞こえた。とっさに振り返る。
腰の模擬刀に手をかけて振り返った僕に、ガチャリともう一度音を鳴らして、その人物は首を傾げた。
「あれぇ? タグ、こぉんなところでなぁにしてるのぉ?」
「し、師匠?」
何してるの? は、こっちが訊きたいです、師匠。
紛らわしいよ!
巨人と間違って攻撃しちゃったらどうするのさ! 一撃入れる余裕もなくひれ伏すのは僕なんだぞ!
けれど、こちらの事情を知らない師匠に、そんなことを言っても迷惑なだけ。
僕は言いたいことを飲み込むと、一つため息をついて、師匠を見た。いつもの鎧姿の師匠は、いつものやわらかぁな笑みを浮かべて、僕たちを一瞥すると、一つ瞬きした。
師匠の後ろには、同じような鎧を着こんだ騎士が二人いた。うへぇ、どっちも強そう。鎧が大きくて迫力があるからそう見えるだけなのかもしれないけど。
師匠はたぶん、騎士の仕事で、たまたまここにやってきたのだろう。
師匠が騎士である限り、ここにやってくるのは不思議じゃないような気がする。といっても街から離れているので、街を守る騎士としてはおかしな部分もあるのだけれど。
ともあれ、こんなところにいるのがおかしいのは僕たちだね。うん。
「えっと……ま、まあエーレンティカさんのとこの仕事で……」
「ふぅん。大変ねぇ。こぉんなオオカミとかぁ、シカとかがいるよぉうなところにやあぁってくるなんてねぇ」
いや、あんた知ってたでしょ。知ってたから僕にこの仕事を紹介したんだよね!?
師匠の無責任さ、適当さにあきれるのは今更だからそれほど気にしないとして、僕は師匠に問いかける。




