2-11 『落下』
「いぃぃいい異端者がぁァァ!! 汚らわしい存在めが! 否! 貴様はすでに、存在すら確立されていない、塵以下の存在! 貴様に生きる権利なし! 貴様を、背反者として、我らが手で処するぞ! ――ぐあっ!?」
叫びをあげた巨人が突如、悲鳴を上げて、ゆっくりと崩れ落ちた。
シンと静まり返る巨人たちの背後に、幽かな足音。
そして、その人物は無表情に現状を眺めていた。
「クイム……」
彼の手には、一振りのこん棒が握られていた。
巨人はそれに殴られて、意識を失ったらしい。
「……」
クイムは巨人たちを睥睨すると、緩慢な足取りで僕のほうへ近づいてきた。唖然とそれを見守る巨人たちは、つい、彼に道を譲ってしまう。
「クイム……助けてくれるのか?」
「……」
クイムは何も言わず、僕を見下ろし、そして。
――ガバッ。
おもむろに、僕の背後にいた少女を崖から突き落とした。
「――あっ」
「なっ!?」
僕は少女の腕を取ろうと、手を伸ばした。が、指先にほんの少しかすっただけで、彼女の手を取ることができなかった。
「くそっ!」
僕は少女を追って崖から飛び降りると、必死に手を伸ばして少女の手をつかんだ。空中で彼女を引き寄せると、彼女の頭を守るように、胸に抱いた。
「絶対、守ってやるから……」
ていっても、このままいけば死は確実!
「うあああああああああっ!」
彼女だけでも! 彼女だけでも救えるならっ!!
僕は死を覚悟して、目をつぶる――。
――しかし、その予想は裏切られる。
「……っ!」
一瞬の上への浮遊感の後、僕たちは竜の背中にいた。
「……このまま行きます」
「この異端者が! 待てェェェェッッ!!」
幾千もの弓矢が射られるが、そのどれもが空しく方々へ散り、竜には一切当たらなかった。
いくつか当たりそうになった矢は、僕が防いだ。少女を抱いたままなので剣は振りづらかったけれど、何とかなった。
少女は気絶していたけれど、特に異常は見られなかったのでひとまず安心。
「あぐっ……」
でも、竜は決して安心できる様子ではない。
「大丈夫……じゃないか。でももう少し頑張って」
「わ、分かっています。あと少し……この先へ行けば、たしか洞窟があったはずなのです。そこまで行けば、あの巨人どもも、追っては来れないでしょう」
「そう……」
幸い、巨人たちは追っては来れなかった。飛び道具は持っていても、飛ぶ手段は持っていなかったのだ。
そう考えると、少し疑問が残る。
「クイムは……敵、なのか?」
少女を崖から突き落とした。
それは、少女を殺そうとしたからなのか、もしくは、少女を突き落すことで、僕たちを助けたのか……。
分からない……でも、もし、僕たちを救おうとしたのだったなら、このままではクイムが危ない。クイムも竜を助けた異端者として見られてしまうんだ!
どちらか分からない限り、クイムも助けないといけない。
「無事を祈ってるよ、クイム……」
やがて竜は、崖にぽっかりと空いた洞窟に降り、ゆっくりと身体を横たえさせた。僕は少女を抱えて降りると、少女を一旦壁へもたれかからせた。
竜は酷い傷を負っていた。何度も何度も斬られていたせいで、どくどくと血が流れ出て、血だまりが出来ていた。
「し、心配なさらなくとも、この程度で、私たち竜は死にはしませんから」
「で、でも……その傷じゃ……?」
「大丈夫ですよ。こ、このくらいなら……」
「……」
竜のことをあまり知らない僕は、今は彼女の言葉を信じることしかできない。
数分後には、彼女の言葉を信用できる現象が起きた。
あれほど流れていた血が、止まっていたのだ。このままいけば、一時間ほどで傷も治るだろう。竜の生命力には驚かされる。
「ふぅ……まずはここまで逃れられました。が……子どもたちが……」
「……たぶん、大丈夫だと思うよ」
「なぜです?」
竜は不安げに僕を見つめた。
「人質なら、その目的が達成されるまでは生かしておくべきだから。彼らの目的は、君を殺すこと。なら、子どもたちは今はまだ、生きている。あいつらが嘘を吐いているかもしれないけど、嘘なら嘘で、子どもたちは、あいつらとは別のところにいるって考えたほうがいいよ。悲観的に考えないほうがいい……」
それが実際に起こるだなんて、今から考えるのは嫌な気分になるから。
子どもたちは無事だって考えたほうがいいに決まっている。きっと無事で、僕たちの助けを待っている。まあ、卵だから待っているも何もないと思うけど。
「楽観的ですね」
竜は肩をすくませて言う。
「呆れた?」
「いえ。そう考えられることが、少しうらやましいと思っただけです」
竜は笑う。
「でも……確かに。あの子たちを救うのは私です。私が、あの子たちを助けないといけないんです。私はあの子たちの母ですから。早く助けてあげないと……」
「僕も手伝うよ」
「いえ……あなたのことはもう、疑っておりません。濡れ衣を着せたことは謝ります。そして今のような状況に巻き込んでしまったことも……ですから、私を助けようなんて、考えなくても……」
「それでも、僕は助けたいから」
大切なものを失う悲しさを知っているから。
僕は悲しんでほしくないんだ。
誰にも、大切なものを失ってほしくない。
僕はそれに気づけた。大切なものは、普段は気づかなくて、鬱陶しいと思うことさえあるけれど、いざいなくなると何もできない。一人じゃ何もできなくなって、心が欠けてしまったような、むず痒ささえあるんだ。
竜は、子どもたちが何より大切だって知っている。
僕は、そんな彼女を救いたい。彼女の子どもたちを救いたい。彼女の大切なものを、何としてでも取り戻したい。
「濡れ衣とか、そういうのはもうどうでもいいよ。僕はただ、助けたい。大切なものを失う辛さは、僕自身がよく知っているから……」
妹の笑顔が脳裏を横切る。
もう二度とみることのできない笑顔。そして、笑い声……守りきれなかった悔しさがこみあげてきて、僕は拳を握りしめた。
「……あなたに何があったのかは、私には分かりかねます。しかし、私はあなたを疑ったのに、それでも救ってくださるのですか?」
「救う……と、いうよりも、悲しんでほしくないだけだよ。僕と同じ悲しみを、誰かに味わわせたくない。守り切れなかった悔しさは、もうごめんなんだよ」
「……そう、ですか」
竜はすっと視線を落とした。
「あなたはいい人間です」おもむろに、竜は言う。「そんなあなたに、これ以上悔しい思いをさせたくはありませんね。どうか……私の子どもたちを、助けてください」
「もちろん」
僕は頷いて、さてどうしたものかと考える。
「でも……あの巨人たちを倒す手段なんて、僕は持っていないし……」
「あなたは剣を持っているではありませんか」
「これは飾りみたいなものだよ。僕はまだ、剣を使いこなせていないんだ。だから、巨人たちとは戦えないかな」
こうなることが分かっていれば、もっと修行していたのだけれど、今になって後悔しても遅い。
僕は巨人と戦うことを諦める方向で話を進める。
「なら、戦わずしてどうやって子どもたちを取り返すか……」
「どこにあるかも分かりませんし、私は彼らと戦うことが出来ません。子どもたちが人質に取られてしまっていては、もうどうにもなりません」
「だからって、諦めるわけにはいかないよ」
「分かっています」
「子どもたちを探すのが先決。それは確実なんだ。子どもたちの近くに巨人がいるはずだしね。できれば、巨人たちに見つからないように子どもたちを助けられればいいんだけど……」
「無理ですね。巨人の視野は広いですから。遠くにいても、すぐに見つけてしまうでしょう。そして、もし見つかればその時は……」
「……結局、戦わないといけないってことなのかな」
額に嫌な汗が流れる。
あの巨人たちと渡り合えるほどの力量は、僕にはないことは確か。それに、クイムがいるんだ。敵か仲間かもしれない彼が、人質として捕えられていたのだとすれば……僕の方も戦えなくなる。
どう思考を転がしても、結局のところ、僕たちに勝算はなく、巨人に負けるビジョンが流れる。イコール、子どもたちを救うことが出来ない。
「……仕方ないですね、これは」
やがて、竜はため息交じりに呟いて、僕の方を見た。
「仕方ない? 諦めるつもりじゃないよね」
「まさか。私の大切な子どもたちを、私が諦めてどうするのですか。諦めません。子どもたちは絶対に助けます。ですからそのために、私はあなたに知恵をお貸しするのです」
「知恵?」
竜は頷き、
「もしかすると、あなたが巨人に勝てるかもしれない、知恵です」
と言った。




