2-6 『視線』
「別に、僕たちはあなたから鱗をはぎ取ろうなんて思っていませんよ。落ちている鱗を取れればそれでいいんです」
「そ、そんなものでいいのでしたら、どうぞ変態さん。でも、子どもには近づかないでいただきたいのですっ!!」
「分かった」
僕は頷くと、クイムと分かれて鱗を探し始めた。
「さぁて、私の大切な大切な子どもたち! この人たちが何やらしている間に、お昼寝しまちょうねぇ!」
「……」
何だこの竜は……。
卵をあやす竜を横目に、僕たちはさっさと鱗を見つけて帰ることにした。
しかし、鱗はなかなか見つからなかった。
さすが宝石商が欲しがる代物なだけに、見つけるには骨が折れるのだろう。ああ、その覚悟をしておくべきだったなぁ。
早く街へ戻りたいけれど、見つかるまで、僕らは戻ることが出来ない。だって、このままのこのこ帰ったら、あのギャングさんに何て言われるだろうか。想像するだけで恐ろしい。
だから、必死に草根をかき分けて、僕らは鱗を探した。
太陽が傾き、西日になってきたころ、ようやく一つだけ見つけることが出来た。
「やった! あったぞ!!」
「ほう。それがあの宝石商が探しておったものか。ふむ。なかなかに見事なものではないか!!」
僕は頷いて、手元の鱗を見た。
確かに、宝石と形容するにふさわしい、美しい鱗だった。鱗にしては分厚く、そして重い。太陽の光を浴びて、虹色に輝く姿は、そこに天に架かった虹を閉じ込めているかのようだった。
宝石商が欲しがったものは、この一つしか見つからなかったけれど、十分だろう。
思ったより危険でもなかったので、採りに来ようと思えばまた来られるだろうし。
この竜がいれば、だけど。
ほかの竜なら、きっとこうはならないだろうし。竜について詳しいわけじゃない僕が言うのもなんだけど。
「さあ、用事は済みました?」竜は問う。「終わったなら早く帰ってくださいな。私の子どもたちが落ち着いて眠れませんから」
大丈夫でしょ、卵だし。
殻の奥で静かに外の世界を見ることを楽しみにしているよ。自分を必死に守ってくれる、いい母親もいるみたいだし。
「んじゃ、帰ろうか。欲しいものは手に入ったんだし」
「うむ。そうだな。では帰ろう。さらばだ、子ども思いの、美しき竜よ!!」
クイムは手を上げると踵を返し、街へ向かう道を歩き始めた。
僕はクイムの巨体を小走り気味に追っていった。
街に着くと、やはりまだ、人の視線が痛かった。
クイムの影に隠れるように歩いているのに、あっさり僕を見つけるんだ、この人たち。まあ、周りを囲まれちゃ、隠れるも何もないけど。
むしろ、クイムは盾。
通行の妨げになる人たちは、クイムの前からささっと避けていくのだ。クイムは堂々と民衆の間を通っていくので、ただ普通に雑踏を歩くよりもずっと楽だった。
人の姿もまばらになるほど狭い道を通って行き、エーレンティカさんの待つ小屋までたどり着く。
中に入ると、宝石商の女性が暇そうに虚空を見つめていた。なんだ……この人も変人さんですか?
「ただいま戻ったぞ、わが主!」
「うるせぇ、黙れ」
いきなりひどい!
さすがエーレンティカさん! 伊達にギャングやってないね! ギャングやってないけど!
「……で、持って帰ってきたんだろうな」
「一つだけだがな。それで十分だろうか? お客人殿」
宝石商の女性は、さっきまでの暇そうな態度を一変させて、万円の愛想笑いを浮かべて首肯した。
彼女に竜の鱗を渡すと、目を輝かせ、まじまじとそれを眺めはじめた。ルーペで鑑定し、紙に何やら書くと、エーレンティカさんに封筒を渡して出て行った。封筒の中身が気になる……だって、すごく分厚いんだもの。
「……じゃ、今日はこれで終わりだ。はぁ……疲れた」
いや、あなた何もしてないでしょ。
なんで疲れるわけ?
脳内で突っ込みを入れている間に、エーレンティカさんは机に投げ出していた分厚い本を読み始めていた。もう、僕らと話すことはない、という風に。
僕もあまり長い間彼と話をしたいわけじゃなかったからいいだけど。
それより、師匠の部屋に置いてきた少女のことが気になって、僕は足早に小屋を去った。
外はもう夕焼け空で、街を歩く人も一層多くなっていた。
クイムがいないから、人の突き刺すような視線をもろに受けながら、僕は師匠のマンションを目指した。
でも、クイムがいないのに、不思議と人が近寄ってこない。そうか、僕とお近づきになりたい人はいないのか!
なんて歩きやすいんだ!
人の視線さえ気にしなかったら、これほどいいことはない。と、思う。
人ごみをかき分けることもなく、師匠のマンションにつき、最上階まで行くと、師匠の部屋の扉をノックした。
少し時間を空けて、おずおずと少女が出てきた。師匠はまだ帰ってきていないようだけど、このまま帰ってもいいんだろう。
どうせ、泥棒とか入ってきても、盗むことすら諦めるほどに散らかっている現状を見て、逆に片付けたくなることだろう。ならばよし! さあ、帰ろう帰ろう!
僕は少女を引き連れて、テントまで向かった。
やはり街中では人が寄り付かず、僕らは難なくテントまでたどり着くことが出来た。
『みんな、おかしい』
それは、テントに戻ってから、恒例の乾パンを食べているときだった。
「おかしい? って、何が?」
『みんな、避ける。あなた、嫌っている、みたい。おかしい』
「人それぞれだから仕方ないんだよ」
それに、わざと肩をぶつけられたりなんかはしていないから、怪我もない。だからいいんだよ。
今の状況に満足する僕は、そう思っていたけれど、でも、少女はそうは思ってくれないし、納得だってしてくれない。
この子は、なにより理不尽を嫌っているのだから。
『仕方ない、わけない』
こう、断固として、己の正義が正しいと信じて疑わず、宣言するのがこの少女。少し、この子のことが分かってきたかもしれない。
だから、分かる。
この子は、僕にとって天敵なんだ。
この子の正義に、僕は歯向かえない。
『仕方なくなんか、ない』
「……仕方ないんだよ。僕は彼らの前で、師匠と剣舞をして、ただの田舎者の僕がでしゃばって……それで、あいつらのプライドを傷つけたんだ。だから、これは仕方ないんだよ。僕が悪いってだけ」
『悪くない』
少女は僕の胸に、メモ帳を押し当てて、むうっと頬を膨らませた。
『強者、戦う、悪いこと? 違う。強者、挑む、あなた、すごい。プライド、関係、ない。自分たち、挑まない、弱虫。でも、あなた、挑む。それ、立派。現状、おかしい。なぜ、あなた、責める、される?』
「だから、それは僕がみんなのプライドを傷つけたから……」
『それ、くだらない、理由。そんなことで、あなた、傷つけられる、謂れ、ない。おかしい』
「おかしくないよ。これが正しいんだ! 僕がでしゃばらなければ、何も起きなかったんだ。あの時の感情に任せてやったことで、今があるなら、それは僕の責任だ」
『違う。何度、言えば、分かる?』
――ドンッ
「あー、あーあーあー!」
少女が、メモ帳を僕の胸に押し当てて、何かを叫ぶ。僕に、何かを訴えかける。
「だから、仕方ないんだって。僕が悪い。僕が――」
『そんなの、嘘。本当、あなた、それ、思ってない』
「嘘……いや、これは仕方ないこと……僕があんな仕打ちを受けたことは全部――」
――仕方ないこと。
……そう思うだけで片付けられること、なのに。
僕は乾パンを握り潰す。
粉々になった乾パンを見下ろしながら、街中での、あの刺さるような人の視線を思い出して、奥歯をかみしめる。
「そうだよ……仕方ない、なんて嘘だ。ふざけるな……なんで僕が、こんな仕打ちを受けないといけないんだよ。あのとき、師匠に挑まなかった弱虫が、何をいまさら言っているんだよ。それも、師匠のいない時に……っ!」
『あなた、悪くない。悔しい、気持ち、彼ら、分かってない』
ああ。
僕は悪くない。
「僕は……ただ悔しかったから、ああして師匠の前に出ただけなのに、何だよ……だったら、あの時僕はどうすればよかったんだよ! あのまま、うわさ通りに弱いままで、師匠に挑まず、ただの腰抜けになっていればよかったのか!? 違うだろ……そうじゃねえだろ!!」
師匠に挑んだ。
そりゃあ、勝てるなんて夢のことだ。
それでも、勝ちたかったことに変わりはないんだ。
勝てなかった。
勝てなかった。
それは、僕が弱いから……それでも僕は、師匠の剣舞を見ているだけだった観衆よりは、ずっと強いんだよ!
弱いと思われているから、強がってでも、師匠に挑まないといけなかったんだ。
できないことだったとしても、手を伸ばさないと、僕は彼らの言葉を否定できなかったんだ。
ただ、悔しかった。
ただ、勝ちたかった。
それだけなんだ。
たった、それだけ……。
「だから――絶対強くなる。師匠を超えて、そしていつか……」
いつか、神を殺すために――。
僕は立ち上がり、模擬刀を握ってテントの外に出た。
「ああ! くそったれっ!」
丸い月が見下ろす中、僕はほんの少しでも前に進もうと、素振りをするのだった。




