2-3 『剣舞』
剣舞と名だされた、慰労祭の恒例行事。
毎年、ランダムで選ばれた騎士と、一般、もしくは兵士などが、剣技を競って争う。
さっき投げられた雑誌にはそんなことが書いてあった。師匠は今年、選ばれたわけだけど、実は去年も選ばれていたらしい。
なので、去年のリベンジのために挑む人が絶えず、彼女の周りには、昏倒させられた人々が大勢いた。これほどの人数を相手取ってもなお勝てる師匠って……。
「次は俺だッ!」
剣をくるくると回して、兵士らしき男が師匠の前に立つ。
互いの剣先を合わせて、剣士ならではのあいさつを済ませると、一歩、二歩、三歩と下がり……静寂が訪れる。
先にどちらが動くか、民衆は固唾をのんで、彼ら彼女らを見守った。
「――だぁっ!」
先に動いたのは兵士の男。
大振りに振り下ろされた剣は、虚空をさまよい、突如、彼の目の前から師匠の姿が消えた。
男の体側に現れた師匠は、男の剣を持つ手首を握ると、足を蹴って、男を空中で回転させて地面に叩きつけた。地面に叩きつけられた男は、すぐに立ち上がり、下から斜めに剣を振り上げた。
――ギィン!
剣の腹で防ぐと、師匠は姿勢を前へ傾かせた。
「ぐっ……」
「ふふぅ。去年とぉ、まぁったく同じねぇ。進歩なぁし」
言うと、師匠は剣を払い、男の顎を蹴り上げた。
苦悶の声を上げる間もなく、男は気絶し、民衆は歓声を上げた。
「「「うおおおぉぉおっっ!!」」」
「やはりすごいな、パズリィ→エーレンは」
僕の隣で話していた青年の声が耳に届く。
「ああ。たしか、去年の剣舞で騎士長とやって互角だったか? それで、立場が危うくなった騎士長が、パズリィに自分の部屋を渡したっていう噂だぜ」
そんな……まさかあの部屋が、本当は高所恐怖症の騎士長がパズリィに渡したものじゃなくて、自分の地位と引き換えに渡したものだったなんて!!
騎士長が師匠に頭を下げる姿を思い浮かべて、僕はふっと笑った。
「でもさ」
青年らが言った言葉に、密かに笑っていた僕は、顔をこわばらせた。
「最近、パズリィに弟子が出来たらしいぞ。それも、田舎からひょっと出てきただけのやつ」
「マジかよ……それが本当なら、俺だって剣を教えてもらいたかった」
「いや。そいつ、剣が全くできなくて、オオカミに殺されかけたらしい。んで、それを見かねたパズリィが、そいつに剣を教えているんだと」
「オオカミに? ははっ! 田舎者のくせに、オオカミを対処することもできねぇのかよ。それに、そこまで剣ができずによく生きてこられたな」
「どうせ、徴兵すらなかったんだろう。俺たちとは違うよ、田舎者は」
「楽でいいや。それなのに、パズリィに剣を教えてもらえるとか……生意気だな。どうせ、剣を教えてもらっても全くできないんだろうよ。見つけたら、俺が教えてやろうか? 己の弱さをさ!」
「あはは。そんなことしなくても、どうせ自覚するさ。で、諦めて泣きわめいて、帰っていくんだろうよ」
「それもそうだ。あははっ!!」
……違う。
なんだ……お前らとは違うんだよ。僕には目的があって、それで剣を教えてもらっているんだ。
お前らに僕のなにが分かる?
大切な人を守り切れず、死にゆくのを、ただ目の前で見届けることの辛さが、お前らに分かるっていうのか!?
無力っていうのが、どれほど惨めなものか、分かるのか!?
悔しい……悔しい……。
「うるさぁいよ、そこ。次のぉ相手はぁ、君たちがするぅの?」
その時、師匠がこちらを向いて言った。
僕の隣の青年たちは、驚いたように跳ね上がって、首を振る。
師匠の瞳は、彼らの隣の僕へ向かい……そして、彼女は微笑む。
「つぅぎの相手はぁ、誰がするのぉ?」
微笑んだのは一瞬のことで、師匠は辺りを見回すと、次の挑戦者を募り始めた。しかし、強者をあらかた倒してしまった師匠の相手をする人物は、なかなか出てこない。
誰も出てこなければ、このまま剣舞が終わる。
嫌だ。
「負けるか……」
悔しいんだ。
僕は確かに、師匠に負けた。勝てなかった。それは、師匠が剣を教えてくれなかったからって言い訳して、簡単に負けを認めてしまった。
「だから僕は――否定できない」
剣が上達せず、のこのこ田舎へ帰るだろうって言った、青年たちの言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
このまま、師匠に負けたまま、負けを認めたまま、何もしないで、何もできないでいれば、僕は彼らの言葉を否定できないんだ。
事実、僕は負けたし、それを、易々と認めた。
それじゃあ、ダメなんだ。
そんなの、本気なんかじゃない。
妹の復讐が本気なら、あの時、僕はがむしゃらに、何が何でも、師匠を倒さなければいけなかった!
負けを認めた。
勝てないことを受け入れた。
師匠のせいにして、自分が、実は本気なんかじゃないことを隠したんじゃないか?
違う!
僕は本気なんだ!!
本気で、強くなりたいんだ。
本気なら、彼らの言葉を否定できるだろう?
本気なら、誰よりももっと高みを目指せるだろう?
負けたとしても、何度だって立ち上がることが出来る。だって、僕はまだ一度しか負けていないじゃないか。
僕には二本の足があって、何度も何度も立ち上がることが出来る。
立ち上がるだけじゃない。
前へ……前へ……。
足を踏み出せ。
強くなりたいと思え!
本気だから何度だって立ち上がれる。前へ進める。
後悔は起爆剤だ!
後悔したくないから、僕は諦めないし、絶対に強くなるって、この心の底から湧きだつ思いが止まらなくなる!
後悔したから、僕は師匠に勝ちたいって、思うことが出来る。
だから……だから……。
本気なら……後悔したなら、今ここでできることは――ただ一つ。
「――次は、僕が相手だッ!!」
観衆がどよめくなか、師匠は僕の姿を確認すると、ふっと笑った。
ああ、この人は分かっていたんだ。
僕は、観衆の視線が集まる中、師匠の前へ歩みだす。
「誰だ、あいつ? 見たことねぇ面だな」
「まさか、あいつがパズリィの弟子か? ははっ! ひょろひょろじゃねえか! あんなんで、パズリィに勝てるわけねぇだろ!」
「無駄だ無駄! こんな剣舞、今すぐやめちまえ!」
「帰れ、田舎者ッ!」
「――うぅるさいなぁ……」
――ダンッ!!
師匠が地面をける。
彼女を中心にして、亀裂が観衆へ向かって入り、観衆は悲鳴を上げて下がった。
恐怖におびえる観衆に向けて、師匠は微笑んで言う。
「タグを排除したいならぁ、わぁたしに挑めばぁいいだけでしょぉ?」
「「「……」」」
それは。
観衆が、自分の負けを恐れて、師匠の前に出なかった弱さを、自覚させるかのような……そんな言葉だった。
「わぁたしに挑まないくせぇに、タグを貶すなんてぇ……愚かよぉ。挑まなぁいくせに、挑んできたぁ、弱者をぉ、バカにしないでぇよね。わぁたしの弟子をぉ、バカにするやつなんてぇ……」
そして、師匠は最後にこう言い足す。
「――みぃんな、死んじゃえばいいのよぉ」
静寂。
彼女の言葉に、だれも反論出来ず、ただ己の弱さを受け入れる準備をしているかのように、息を詰まらせ、何度も瞬きをして、師匠と僕の姿を交互に見ていた。
「さぁて……勇敢なおバカさぁん」
静寂の中で、ただ一人だけ発言権のある師匠は、僕に言うのだ。
「始めよぉっか。昨日のぉ、続き」
にっと笑う師匠に、僕も笑い返す。もう、観衆のことは気にしない。
「……はい。今度こそ、絶対に勝ちます!」
剣を交差し、三歩下がる。
お互いの息が合うのを待ち、剣に意識を集中させる。
勝つんだ。
そして、証明しろ。
「――僕は、弱くなんかないッ!!」
――ダンッ!
僕が足を踏み出した瞬間。
「ぐあっ!」
僕の負けが確定した。
ああ、師匠。強すぎます。
首筋を手刀で殴られた僕は、意識を失う直前、手を伸ばして嘆いた。
観衆が歓声を上げる中、奇しくも、僕は気絶した。
瞬殺かよ……。




