2-2 『逸楽』
隣にうるさいのを引き連れて、僕たちは街を歩き回った。
慰労祭があると聞いて、改めて街を見てみると、本当にみんなして、今から楽しんでいる。
でも……たぶん、慰労祭があろうとなかろうと関係ないのだ。
ただ楽しみたいから、慰労祭を口実にして、みんなで騒ぎまわっているんだ。踊ったり、酒を飲んだり、騒いだり……やることはみんな違っていても、同じように、楽しみたいから楽しむ。
それがこの街。
この勢いだと、慰労祭がない日でも同じような気さえする。
そして、その予想は外れてないだろう。
僕も出店で何か買えたならなぁ……でも、今の生活からして無理なんだよなぁ。
どうやら、僕は祭りを楽しむ前に、今の乾パン生活から抜け出すことを考えたほうがいいようだ。
でも、エーレンティカさんには会いたくない!
怖いからね!
お金を稼ぐには仕方ないことだから、諦めるしかないんだけどね。
僕は首を振ると、気を取り直して、周りを見回した。
人の波は、道路の左側と右側で、それぞれ進む方向が決まっているようだった。みんな、どこへ行くのかは知らないけれど、五メートルはある道幅に、人がぎゅうぎゅうに詰め込められて、それぞれの方向へ向かっていった。
少女とはぐれないように手を繋いでいたけれど、気を抜けば、人にぶつかって思わず手を放してしまう。ここではぐれたら、もう会えないかもしれない。
「人、多いな……」
「仕方ないのだ。この街はいつもこうだからな。慰労祭があろうとなかろうと、この街は、いつもうるさい」
「楽しそうで何よりだけど、僕はこういうところになれてないからね……」
「あーうー……」
「ん?」
少女が同意するように声を上げた。
とっさに、僕は少女の口をおさえた。
クイムは少女を見下ろして、首を傾げていたけれど、何も言わず、再び前を向いて歩き始めるのだった。
「はぁ……あまり外でしゃべらないほうがいいよ。言いたいことがあれば、メモ帳に書いて」
「……ん」
訝りながらも、少女は頷いてくれた。
舌先がない少女……この子が目覚める以前に、僕は何があったのかは知らないけれど、もしかすると、こうして歩いている人の中に、彼女のことを知っている人物……いや、もしかすると、少女の舌を切った人物が紛れているかもしれないんだ。
少女の異常を悟った人が、うわさして、それが加害者の耳に入ることだって考えられる。
少女のためを思うなら、しゃべられないことは隠しておいたほうがいいのかもしれない。
クイムはうるさいけどいい奴だと思う。でも、彼はわりとおしゃべり好きな気風がある。彼にも秘密にしておいたほうがいいかもしれない。
少女には少し辛い思いをさせてしまうかもしれないけれど、それも仕方のないことだと思ってほしいな。うん。
僕は謝罪の意を示すように、少女の手を握りしめた。
小さな手が握り返してくれて、僕は少し安心する。
「――おお! あそこで人が集まっておるぞ!」
その時、クイムが自前の長身を生かして、街の遠くを指さして言った。もちろん、僕たちには見えないほど遠い。
「人が集まってるって……ここも十分集まっているように見えるんだけど?」
「いや、違うな。こう……なんていうのだ!? オデには分からぬが、とにかく集まっているのだ。騒ぎが起こっていると言ってもいいのやもしれぬ」
「面倒事の渦中にわざわざ首を突っ込みたくないよ」
「否。否。オデらの仕事は、こういった面倒事を静めることも含まれておるのだ。街で起こったことは、オデらが責任をもって対処せねばならぬのだ!!」
「何それ!? 初耳なんだけど!」
「初めて言ったからな」
「何それ!? 先に言ってほしかったよ!」
「まあ、冗談だが」
「何それ!? 結局何がしたいの!?」
「面倒事を見届けるのも、オデらの……」
「もういいよ! 行きたいだけでしょ!?」
クイムはにかっと笑って、その方向へ歩いていく。
よし。ここでお別れだ。
僕は踵を返して、クイムと別方向に行こうとした――が、
「ぐあっ……誰だ! 今足踏んだやつ!」
「わはは! 今更引き返すことはできぬぞ! さあ、征こうではないか! もしかすると、面白いものが見えるかもしれぬぞ!」
「どうせ喧嘩とか、そういうことでしょ!? 嫌だよ!」
「ふはは! 違う違う。あそこで起きていることは、何も喧嘩だと決まったわけではないのだ。とりあえず行こう。もしかすると、毎年恒例のあれかもしれぬ」
「毎年恒例……?」
慰労祭で毎年やっていることだろうか?
でも、それを見るために、わざわざ人ごみに入って行くなんて……。
顔を真っ青にしていると、不意に、服の袖が引っ張られて、視界をメモ帳が覆った。
『私、行きたい』
「マジかよ……」
『本当。興味、ある』
「……ま、君が言うなら……」
僕はため息をつくと、クイムの先導を頼りに、雑踏を歩き出した。
人はどんどん増え、やがて道を埋め尽くすほどの人が、みんな同じ方向へ歩いていっていた。みんなして、その毎年恒例の何かを見ようと、向かっているんだ。
向かいから歩いてくる集団はいなくなり、いても衛兵くらいなものだった。衛兵が落ち着いているということは、やはり喧嘩とかそういうことではないらしい。
わざわざ何を見に行くのだろうか。
ちょっと興味を持ち始めたころ、やっとのこと着いた広場で、人がひしめきあっているのに軽く戦慄した。
歩いてきた道以上に人が集合して、バカみたいな歓声を上げていた。でも、かなり出遅れた形で到着した僕らは、人々の中心で行われている何かを見ることが出来ない。
クイムなら見えるけど。
というか、クイムの後ろ、人がどんどん離れていく。クイムは観戦の敵だな。
「うーん……全く見えないなぁ」
「そうか。オデの身長なら見えるがな。もっと大きくなれ。牛乳を飲むのだ!!」
「牛乳飲んでも君みたいな図体にはなれないよ。絶対」
「それもそうだ! ぐわははは! ぶしっ!」
「「「うるさい!! 黙れ!!」」」
集団の皆さん、乱暴ですよ。
何も雑誌投げることないじゃないですか。
しかし、クイムはもう慣れっこといった感じで、がははと笑って謝っていた。反省しないなぁ……その笑い声もものすごくうるさいのに。
僕は投げつけられた雑誌を拾い上げて、パラパラめくった。どうせ見えないんだから、暇つぶし。
そして、僕はあるページを見て、まるで時が止まったかのような錯覚に陥る。
「え……ま、まさか……」
僕は少女から手を放すと、人ごみをかき分けて、その中心へ向かった。
何とか抜け出せた先で、円を描くように人が集まっていることに気づいた。そして、その中心に、彼女がいた。
「ぐあっ!?」
目の前で、武装をした男が倒れこんだ。気絶した彼の向こうで、剣をくるりと回すと、彼女はいつもの調子で笑いながら、観衆を見回した。
「うふふぅ……さぁ、次は誰が相手ぇかなぁ?」
無数の人間が倒れる中、師匠がその中心に立っていた。




