1-16 『勝手』
「うわっ!?」
僕の視界が、突如、机に遮られる。
蹴飛ばされた机を避けると、振り下ろされた木刀を腕で防ぐ――が、
「そんなぁことしちゃぁ、腕がすっぱぁんだよぉ!」
――グギッ!
腕が曲がるはずのない方向へ向かい、僕は悲鳴をあげそうになる。
でも、ここに少女がいる……弱い姿を見せたくない!
だから、叫ぶものかっ!
「このっ……!」
腰に提げていた模擬刀を抜き、師匠に向かって振り上げる。
剣は虚空を一閃。
代わりに師匠の木刀の剣先が僕の頬を切り裂いた!
それ木刀だよね!?
つっこみいれてる場合じゃない!
壁に突き刺さった剣を蹴り上げ、模擬刀を突き出す。師匠はそれをひらりと避け、一メートルほど下がった。
僕は立ち上がって、剣を構える。
「あぅ……」
少女は心配そうにこちらを見ていた。
大丈夫。
たぶんだけど。
「ていやぁ」
気の抜けた声と共に豪速で迫った木刀を模擬刀で防ぐ。防いだだけで、威力は吸収しきれず、壁まで吹き飛ばされたが。
「――っか」
肺に詰まった息を吐き出すと同時に、師匠の膝蹴りが僕の腹に突き刺さる。
意識が遠のく。
次は後頭部を殴られ、地面にたたきつけられた!
避けられない。
それもそうだろ!
だって……僕はまだ、師匠から何も学んでないんだ!
それでも師匠は、意識を失いかけ、地面に突っ伏した僕の腹を蹴り上げた。
「うぐ……」
「うぅん……まぁだまぁだねぇ……」
「ぼ……僕はまだ……剣をおし、えて……もらってないか、ら……ぐあっ」
「いいわけぇは男らぁしくないなぁ……」
いいわけじゃないだろ!
本当のことだ!
僕は瞑想以外に何もやってないんだぞ!?
そんなんで、師匠どころか犬の一匹にすら勝てないだろ!
いや、さすがに犬は大丈夫かな……大丈夫だよね!?
ここまでぼこぼこにされると、不安になる。もしかするとネズミより弱いかも。いや、あいつらはある意味強いからな……しぶとさは世界一! たぶんね!
そして僕はネズミでも犬でもオオカミでもない!
しぶとくないし、俊敏でもない。危機能力を身につけているわけでもない! この勢いでいけば、僕は何もない人間に成り下がってしまうかもしれない!
師匠は、気にしない。
僕の腹を蹴って、ただ冷たい瞳で僕を見下ろしてくるだけだ。
「……つまんない」
「な、何が……ぐふっ」
「必死ならぁ、もぉっとがんばりなよぉ。妹のためにぃ、かぁみさまを殺すんでしょぉ?」
「必死ですよ……で、でも、僕はまだ……何も教え、てもらってないでしょう……? 僕は……何もできないです、よ。ぼ……僕はあなたより……弱いことは確か、なん、ですから。剣を……持っていても、その扱いを……知らな、いんですか……ら……。だから……あなたに、教えてもら……おうとしているんでしょう……?」
「だぁらから、つまんないのぉ」
道端に落ちている小石を蹴るように、僕の腹を蹴る。
「うぐっ……」
弱い。
でもそれは当たり前のこと。
騎士と普通の、田舎から出てきたばかりの人間だぞ!?
勝てるわけない。
勝てるわけが……。
「……やぁめた」
つまらなさそうにつぶやいて、師匠は木刀を放った。
からんと落ちた木刀は数度跳ねて壁のほうまで滑っていった。
「はぁ……」
「安心してる?」
「そりゃ、そうでしょ……。僕は……剣を教えて……もらってない。だから……何も、で、できるわけが……ないんですから……」
「そ……」
「殺されるかと……思いましたよ……。でも、そ、のつもりじゃない……みたいなので……安心しました。はぁ……冗談も……大概に、してく、ださい……」
「うふふぅ。そうねぇ。じゃあぁ、今日は終わりねぇ。その怪我じゃぁ、しばらくは無理そぉうだからねぇ」
いつものにこにこ笑顔に戻って、師匠は言った。
確かに、師匠が言った通り、しばらくは修行なんて無理そうだ。
腕が折られたのだから当たり前だ。
……それを分かっているなら、折らないでほしかった。
早く妹の復讐をしたいのに、遅くなってしまう。
師匠のせいだ。
教えてもらっていることは感謝するけれど、この師匠の無計画さ……というより、無責任さにはほとほと呆れる。
怒りすら覚える。
僕は不機嫌な顔を、できるだけ晒さないようにした。
それでも、師匠にはすべて見透かされているような……そんな気がしてならなかった。
「今日はぁ、エーレンティカのところにもぉ、いかぁなくていいわぁ。わぁたしからちゃぁんと説明しておぅくからねぇ」
ゆったりと、師匠はそう言うと、部屋を出て行ってしまった。
残された僕と少女は互いを見合って、僕だけはため息を吐いた。
少女が手帳に何か書いて、僕に見せる。
『大丈夫?』
「大丈夫だよ……心配も……しなくていい……」
そうだ。心配だってしなくていいよ。
君は僕が守るから。
絶対に強くなって、君を守る。そして、妹の仇を取るんだ。
でも……遅くなる。
師匠に折られた腕が、痛い。動かせない。
「……強く、ならねぇと……」
呟いて、僕は服の袖を握りしめた。
あそこまでぼこぼこにされて、醜態晒させられて、このまま、何もしないわけないだろ。
次は絶対に勝つ。
ちゃんと修行してもらって、師匠を超す。
「次は勝つから……絶対に……強くなるから……君は、心配し、なくて……いいよ……」
『違う』
「え……?」
少女は困ったようにうーんと唸ると、顎にペンを当て、しばらく考えた。答えが分かると、さらさらと何か書き始めた。
僕は痛む体に鞭を入れ、少女に近づき、やがて見せられた文章に、驚愕する。
『心配、してない。不安、してない。焦燥、してない?』
「……僕が、焦ってる……?」
一体何を?
そして、なんでこの子は……まだ妹のことすら話していないはずなのに、まるで、僕が何のためにここにいるかを知っているかのように、そんなことを言うんだ?
少女は僕の顔を見上げて、再び何か書く。
『私、何も知らない。でも、焦ってる、わかる。あなた、焦ってる。恨み、連ねて、感謝、忘れて、ただただ、自分のため、何か、焦ってる』
「……違う」
単語だけを連ねる少女の言葉を、僕は否定する。しかし、少女は止まらない。
『私、知らない。あなた、目的。それ、焦ってまで、すること? それが、あなた、苦しませる、要因、なってない?』
「僕が・……苦しんでるって? 違うよ……違うっ! そして、僕は自分のためだけにこうしているんじゃない! 僕には守るべき人がいて、でも守れなくて、それで……僕は……」
『ほら、自分勝手』
「何がわかるっていうんだよっ!!」
ダンッ!!
壁を殴りつける。ああ、こっちの腕はさっき折ったほうだった。
いや、折れたわけじゃなかったのかもしれない。
もしかすると、師匠もそれを分かってやったのかもしれない。
僕は、折ったと、勝手に思い込んで、師匠を悪者扱いして、そして、いつまでも進まない修行を、全て他人のせいにして、自分では何もせず、全く動かず、ただ誰かが僕に施しをしてくれるんじゃないかって、そう思っていただけなのかもしれない。
でも、僕は間違っていない。
妹は死んだ。
僕は復讐するんだ。
それを間違っているなら……僕は何のためにここにいるんだよっ!
「僕は間違ってない! 僕は自分勝手なんかじゃない! 僕は焦ってなんかない! 僕は、僕は、僕は……殺すんだ……神を、この理不尽さを生み出した、あの神を殺すんだよ!」
『どうでもいい』
「何がどうでもいいって、言うんだ!?」
『あなた、目的。だって、あなたは――』
そして、少女はペンを止めた。
ほら……続きの言葉を書いてみろよ!
書けないってことは、僕が正しいってことだ!
僕は正しい!
僕の目的は、正しい!
妹の復讐は、僕のためだけなんかじゃなくて、妹のためで、そして、僕に何もしない、何も教えてくれない、師匠がすべて悪いんだ!
腕が折れてないことを知っていたなら、彼女は僕を嗤っているんだ……僕を弄んで、嗤っているんだ!
修行なんて、最初からする気なんてなかったんだよ。
それもそうだ。
だって僕は、彼女に救われた身。
ただ、それだけの関係で、師匠が僕に何か教えてくれるわけがないんだ!
少女は、本当は書き連ねた言葉を言わず、否。見せず、僕の顔を覗き込んで、諦めたように瞑目した




