1-14 『舌断』
「ぁ……」
「……?」
驚く僕に、少女は首を傾げる。
僕は少女になんていえばいいのか分からなかった。
目を覚ましてくれてよかった?
なんだか、その言葉が無責任なもののように思えて仕方なかった。
「……?」
「あ、いや……何でもないよ。それより、よかった。どこか具合の悪いところとかない?」
僕はできだけ気にしないように訊ねた。
少女は首を振る。
もしかすると、彼女は自分の舌が半分ないことに気づいていないのかもしれない。
……誰だ、この子をこんな目に遭わせたのは。
激情が体の内で轟き、僕は拳を強く握った。
赤の他人だけど、この子は放っておけない――そう感じるから、僕は少女をこんな目に遭わせたやつを許せない。
見つけ出して同じ目に遭わせてやりたいくらいだ。
もしかすると、僕はこの少女と妹を重ねたのかもしれない。
確かに似ているしね。
でも、たぶんその感情は、ただの罪滅ぼしなんだ。
妹を守り切れなかった、罪滅ぼし――
妹を守れなかったから、この子を守りたい。
その感情は、決して嘘なんかじゃない。
明日、師匠に相談してどうするか決めよう。この街に詳しい騎士なら、何とかしてくれるかもしれない。
それに、少女が目ざめてくれたおかげで、明日の修行は集中できそうだ。
その時は少女も一緒に連れて行こう。
もし何か思い出すことがあれば、少女を救うことが出来る。
もしかすると、それが原因で辛いことを思い出させるかもしれないけれど、その時は僕がそばにいてあげよう。
これも罪滅ぼしなのかな?
まあ、どっちでもいいけど。
僕は、いつの日か、妹にそうしていたみたいに少女の頭をなでる。
「……っ!」
「お腹すいてない? のど渇いてない? 今は乾パンしかないけど……食べれそう?」
「……あい」
少女は頷くと、差し出された乾パンをおずおずと手に取って、小さな口でちびちび食べ始めた。
たぶん、こうして食べている間も、少女は味を感じていない。
舌がないということは、つまり味を感じないということでもある。しゃべられないだけじゃないんだ、この子は。
それを憐れむのは、おかしいこと。
だから僕は、その事実を気にしないようにしながら、自分も乾パンを食べた。どっちにしろ味のない乾パンを食べていると、高級料理を食べているような錯覚を感じて、僕は鉛を抱いたような心を押し殺しながら、それをよくかみしめて食べた。
ひとまず腹ごしらえをすると、少女に眠るように促して、ランタンの明りを消した。
僕も少女の隣で眠る。
少女は僕と二人だということをあまり気にしていないようだった。そりゃ、僕も彼女に何かしようって言うわけじゃないからいいんだけど、ね。初対面相手にいくらなんでも無警戒すぎじゃないかな?
少女のことをあまり知らない僕がそれを言うのもなんだけど。
これから先、少女が僕の手から離れるまで、って言ったらなんだか我が子のような感じになっちゃうけど、いつか来る少女との別れまでの間に、少しでも彼女のことを知ることが出来たらいいな。
少女のことが、妙に気にかかる。
妹と姿を重ねているからかな? 僕はそう納得することにして、瞳を閉じる。
少女は、なにもしゃべらないまま、僕を見ていた。
僕が目覚めたとき、少女はまだ眠っていた。
もしかすると、夜中少女が起きたことは、夢だったんじゃないか?
懸念する僕の目の前で、少女は眠気眼をこすりながら緩慢に身を起こして、僕は安堵の息をついた。
「おはよ」
「……ぉあよ」
聞き取り辛かったけど、少女は挨拶を返してくれて、そこに笑顔をつけてハッピーセット! スマイルください! もうもらったけど!
これまでずっと眠っていたことが嘘だったかのように、少女は元気そうに笑う。
とりあえず朝食として、乾パンを差し出した。嫌な顔一つしない少女は、不自由な舌で「あいあおー」と言うと、ちびちび食べ始めた。
これからもっと元気になってくれたら、僕もうれしい。これまで、このテントで一人で生活していたせいで、僕は近くに誰かいることがこれほどうれしいものなのかと、新たな発見をした。
朝食が済むと、乾かしていた少女の服が乾いていることを確かめて、それを手渡した。
少女は首を傾げていた。
「それは君のだよ」
少女は自分が着ていた服のことすら忘れているようだった。
しかし、服を着るという行為だけは覚えているようで、僕の服をおもむろに脱ぎ始めた。
「ちょ……っ!」
僕は少女に背を向けた。なんでこんな小さな子の着がえに、いちいち辟易しないといけないのか、自分でもよく分からないけれど、とりあえず背を向けた。
衣擦れの音が背後で聞こえ、それが止むと、僕は少女へ振り返った。
「……!」
振り返った先にいた少女は、僕の服を着ていた時よりも美しく映えた。
フリルをあしらった白いシャツの胸元で、赤いネクタイが身体のラインに沿って垂れている。身体を揺らすたびに丈の長い緑のスカートが、ふっくらと緩やかに揺れ動き、妖精が優雅に舞っているような美しさを感じた。
どこかの民族衣装のようだけど、それが少女に似合っていて、僕は少し見とれた。
少女は金色に輝く髪をふわりと揺らして首を傾げた。その一動作にさえ、思わずドギマギしてしまう。
……って、僕は変態か。
僕はできるだけ気にしないようにして、視線を地面に落とした。
少女が着ていた服を拾い上げて畳むと、荷物の中に押し込む。ついでに別の服も取って、僕も着替えることにした。
その時、少女がじっと僕を見ていた。そ、そんなに見られたら着替えにくいな……。
僕はちょっと待っててと少女に言い残すと、テントの外に出た。
どうせここらに人はいないのだから、外で着替えてもあまり気にならないだろう。
僕は手早く着替えることにして、上着に手を掛けた。
「――っ!」
僕はとっさに視線を街へ向かう小道へ向けた。
誰かがいたような気がした。
そして、その誰かがこちらに向けて殺気を放ったのだ。
先日、師匠が向けてきたようなあれと似ていた。
明らかな殺気。敵意。それは、果たして僕に向けられたものだったのだろうか。
小道にはもう誰もいず、その答えを知ることはできない。
僕は警戒しながら、手早く着がえを済ませ、テントに入って行った。
もし、今の殺気が、少女を狙う者なのだとしたら――。
僕は、少女を守ることが出来るだろうか……?
「……守るんだ、今度こそ」
僕は、呟く。




