第五話 期待と疑惑
特別捜査局の設立をシーダー卿が決定した後、ゲーリング警部は「事件の捜査中なので」とだけ言って荒々しくドアを閉めて去っていった。
こりゃ相当嫌われたな、と仁が内心でぼやいていると、シーダー卿が声を掛けてきた。
「ところで、君たちのこれからの行動だが……今からゲーリング警部と共に現場を見てみるかね? それとも捜査は明日からにするかね?」
「明日からで」
仁は即答した。既に日は傾き、部屋の中は段々と薄暗くなっている。これから現場に行っても大したことはできないだろう。
(それ以前にあの警部とすぐに再会とか勘弁してほしい)
シーダー卿も仁の気持ちは分かっていたのだろう。その言葉に頷くと、二人に鍵を二つずつ渡した。
「これが君たちの住む家の鍵だ。元警察省の寮だが、部屋数の少なさから今は使われていない。貴族街の中にあって警察省からも近い場所だから安全だ」
「ちょ、ちょっと待ってください! まさか捜査官と二人で同じ家に住むんですか?」
異を唱えたのはアリシアだったが、仁も同感だった。自分だって年頃の男だ。こんな美少女と一緒に住むと言われて動揺しない方がおかしい。
「仕方あるまい。当初は『闇を晴らす者』が男か女かも不明だったのだ。それに、治安のいい貴族街でも一人きりの生活は危険や問題がないとも限らない。元警察省の寮だからちゃんと部屋ごとに鍵もある」
「しかし……」
「すまないが諦めてくれないか。三日前の事件を受けて急に決まった召喚だ。貴族街の中に場所を確保するだけで精一杯だったのだよ」
「……分かりました」
アリシアは渋々といった様子で鍵を受け取った。
一方の仁としても今日会ったばかりの少女と一緒に住むというのはかなり気まずい。ある種の期待がないといえば嘘になるが、それ以上にどう接すればいいか分からない。
ただ、魔法をまったく使えない自分を護衛するという意味では一緒に住んだ方が安全上はいいのかもしれない。
仁はそう考えて無理やり自分を納得させたのだったが。
「あ、風呂と食堂は共同だ。上手く使ってくれたまえ」
というシーダー卿の最後の一言に、二人は再び固まることになった。
二人で相談した結果、夕食は貴族街を出てすぐの商店街にある食堂でとることになった。つまり、二人とも料理は下手なのである。
商店街は貴族街の南に位置し、貴族街南門を通ってすぐの所にある。
ちなみに、召喚直後に貴族街に入る時に使ったのは貴族街東門という。
仁は頭の中で簡単な地図を作ってみた。召喚された図書館が大通りを挟んで東側、大通りの西側のうち、北の方が貴族街、南の方が商店街。
アリシアに確かめたところ、それで合っているという答えが返って来た。
「東側には他に、魔法研究所や私の通う魔法学校、一般の子供が通う学校や魔道具を作る工房等があります。あと、王都の中央は広場となっているのですが、そこから南側は危険な所や入り組んだ所もあるため、捜査官のような慣れない人間は避けるべきかと」
「分かった。それは分かったんだけど……その『捜査官』っていう呼び方はやめてくれない?」
そう、先ほどのシーダー卿による任命から、彼女はずっと仁のことを「捜査官」と呼び続けているのだ。
「しかし、特別捜査局の捜査官なのですから、そう呼ぶのが正しいと思いますが」
「いや、仕事じゃない時くらい名前で呼んでほしいんだけど」
「いけません。現状、私たちはほぼ常に行動を共にしています。誤って公の場で名前で呼んでしまっては、周りに示しがつきません」
それと、とアリシアは続けた。
「今後私のことはアリシアと呼び捨てにしてください。ただでさえ私たちの立場は微妙なものです。部下に対して『さん』付けで呼ぶと、周りに捜査官の権威を疑われる恐れがあります」
なんというか、本当に生真面目な娘だな、と仁はしみじみ思う。
初めて会った時からそうだったが、目の前の少女はとにかく真面目だ。元々の性格なのだろうか、それとも何か理由があるのだろうか。
仁は目の前の少女をぼんやりと見つめながらそんなことを考えていた。
夕食はパンとシチューだった。やや塩味がきつい感じではあったが、十分においしかったし、周りの食事を見ても、この世界の食文化はこちらの世界の現代とほとんど同じに思える。
「お口に合ったようで何よりです。食生活が合わないと今後、大変ですから」
帰りの馬車の中で食事の感想を言うと、アリシアはそう言って少しだけ笑顔を見せた。
その笑顔につられ、仁は昼間の「特別捜査局設立」についてアリシアの感想を聞いてみることにした。
「ねえ、アリシア。なんでシーダー卿は『特別捜査局』なんてものを作ってまで俺を捜査に参加させたがったんだろう?」
「どういうことですか?」
「俺は『タレント』がない上に魔法警察の警部と喧嘩した人間だよ? 一緒に捜査しようにも絶対上手くいかない。それに、いきなり新しい組織の人間が捜査に割り込んできたら、向こうだっていい気はしないだろう? どうせなら適当に次の事件が起きるまで待機させておけば良かったと思うんだ」
「……私にはシーダー卿の考えは理解できませんが、捜査官のことを『闇を晴らす者』だと信じたのだと思います」
「『タレント』がないのに?」
「『タレント』がなくても、です……だから、私も捜査官が『闇を晴らす者』だと信じます」
「……期待が重いよ」
仁は馬車の中でぐったりとした。
アリシアとシーダー卿が何を期待しているのか、自分に何ができるのか、さっぱり分からないまま、仁は自分たちが住むことになる家へとたどり着いた。
シーダー卿の行った通り、元警察省の寮は風呂と食堂は共同だが、部屋は個室だった。
二階建てで風呂と食堂は一階、個室四室が二階という構成だ。
ちなみに家の明かりや風呂は魔力蓄積方式の魔道具となっていたため、アリシアに魔力を補充してもらうことになった。
仁が風呂に入ってから寝る、というとアリシアは変な顔をした。どうやらこちらでは毎日風呂に入る習慣はないらしい。
「おやすみなさい、捜査官」
「ああ、おやすみ」
寝る前の挨拶を交わしたが、アリシアはまだ二階への階段の途中にいる。
彼女はしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると、顔を少し赤く染め、仁を真っすぐ見つめてこう言った。
「今日は、ゲーリング警部から庇っていただき、ありがとうございました」
そういうなり、彼女は彼に背を向けて階段を上っていった。
仁はしばらくぽかんと口を開けて彼女がいた所を眺めていた。
「……可愛い」
言ってしまってから自分の口にしたことが猛烈に恥ずかしくなり、仁は風呂場に飛び込んだ。
翌朝、アリシアは学校で実践演習の報告を行なうとのことで急いで家を出ていった。
どうやら自分の補佐と護衛は学生の授業の一環、ということになっているらしい。
インターンシップみたいなもんか、と考えながら、のんびりと起きた仁は遅めの朝食を楽しみ、その後、シーダー卿に用意してもらったこの世界の服を試着し始めた。
その頃アリシアは、級友に囲まれて質問攻めにあっていた。
社交的な性格ではない彼女だが、異世界の人間の召喚の立ち会いと補佐という大役を務めているのだ。
同年代の少年少女の好奇心の的になるのは当然だった。
「ねえねえ、『闇を晴らす者』ってどんな人だった?」
「男の人? 女の人? 『闇を晴らす者』なんていうから物凄いおじいさんかな?」
「『タレント』の調査はしたの? 学校にはいつから来るかとか、決まってる?」
魔法一筋の彼女にとって、こういう経験は初めてだった。
それ以上に、答えにくい質問が多すぎてどうすればいいか分からない。
この場から抜け出せればそれが一番なのだが、動きが取れないのでどうしようもなかった。
「ほら、そんなに質問攻めにしたらアリシアがかわいそうじゃない」
決して大きくはないが良く通る声が、アリシアの耳に届く。
同時に人波が割れ、アリシアの視界に一人の少女が現れた。
燃えるような赤毛と釣り目がちな瞳が、見るものに勝気な印象を与える。背は女性にしては高い方で、仁より少し低いくらいだろうか。
彼女の名前はキャロル・ファルギエール。王国の西部山岳州を治める貴族の娘である。
彼女の一族は炎の魔法に長けており、彼女自身、強力な炎の槍を固有魔法としていた。
その彼女がアリシアに手を差し伸べた。
「行きましょうアリシア。急いでいるんでしょう?」
キャロルの手を取り人の輪から抜け出しながらも、彼女の心には疑問が渦巻いていた。
確かに急いで家に帰り、仁と共に現場に向かわなければならないのは事実だ。
だが、常日頃から自分をライバル視し、『闇を晴らす者』の補佐役を競った彼女がこんな風に親切に接してくる理由が分からない。
そう思っていたアリシアは次の瞬間、なぜキャロルが親切心を見せたのかを知らされた。
「『タレント』もないのに魔法使いの犯罪を捜査させるなんて、シーダー卿も無茶なことをするわね」
キャロルのその言葉に、アリシアは息を飲んだ。
彼女は彼について何もかも知っているのだ。それを皆の前でばらさないために自分を連れだして二人きりになったのだ。
気づけばキャロルは手を離し、アリシアと向かいあっている。いつものような、睨みつけるような視線がアリシアに突き刺さる。
「あんた、本当に彼についていく気? 魔法も使えない一般人の護衛で実践演習を終えても、大して評価されないわよ」
「……そんなに『闇を晴らす者』の補佐役が羨ましいの?」
「彼は『闇を晴らす者』なんかじゃない。ただの一般人だって言われてるじゃない。私だってそう思うわ」
「? じゃあなんで……?」
「いい、あんたはファルギエール家の一員である私を越えるだけの魔法の才能を持って、それだけの努力もしているのよ。それをこの実践演習でドブに捨てる気?」
「……もしかして、忠告のつもり?」
「別にあんたが勝手に落ちるっていうなら構わないわ。私が主席の座をいただくだけだもの。ただ、どうせならあんたには正々堂々と勝負して勝ちたいの。こんな形で勝ってもつまらないもの」
「あなたがなんと言おうと、私は彼が『闇を晴らす者』だと信じているわ」
「そう。じゃあせいぜい頑張りなさい。私も魔法警察の仕事があるから」
そういうと彼女は踵を返し、二度とアリシアの方を振り向くことなく歩み去っていった。
アリシアは知らず知らず、拳を握りしめていた。
「タレント」がなくても、ただの一般人にしか見えなくても、彼女は彼が「闇を晴らす者」だと信じている。
きっと彼はこの事件の解決に貢献してくれる。
あらためて気を引き締め、彼女は二人の住む家へと向かった。
「ただいま帰りました。捜査官! 事件現場に向かいましょう!」
「あ、ああ。了解。っていうかアリシア、妙に気合入ってるね」
「何事も最初が肝心です。表に馬車を待たせています。早く行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待って。そんなに引っ張らなくていいから!」
しかしこの時、彼女はまだ何も分かっていなかった。
事件の捜査において彼がどうしたいのかも、自分がどうすべきかも。
彼女は何も知らないまま、やる気だけで現場に乗り込んだのだった。




