第十三話 アリバイの崩壊
シェーリーンからメルクは高速馬車で三時間の道程だった。
メルクに着いたのは昼をだいぶ過ぎた頃で、二人は遅めの昼食を食べた後、魔法警察へと向かった。
「お待ちしておりました!」
朝から入口で待ち構えてたかのような、リーツ警部の直立不動の最敬礼に軽く引きつつ、仁は挨拶もそこそこに本題に入った。
「それで、ブランキーニ刑事が予約を取ったホテルか喫茶店は見つかりましたか?」
「はい! ジン殿の仰った通りでした! こちらのホテルにエリゴが予約を取っているのが発覚しました!」
そう言って渡されたのは、宿帳のコピーと思われるものだった。
そこには事件前日から翌々日まで、二泊三日の予約がエリゴ・ブランキーニの名前で取られていた。
「ではいますぐこちらのホテルに向かいましょう」
「我々からも護衛を出します」
「分かりました。よろしくお願いします」
危険はないと思うが、魔法警察の力を借りられるのは心強いし、一般人相手の聞き込みに特別捜査局の証明カードはあまり効果がない。
素直に頷いて、二名の魔法警察刑事と共に、犯行現場のホテルに向かった。
ブランキーニ刑事が予約していたホテル・ロザリアはメルクの中心部に近い高級ホテルだった。
建物は五階建てで、一階がフロントと一部の客室、二階から四階は全て客室、そして五階が大食堂となっている。
ブランキーニ刑事が予約したのは四階のダブルルームである403号室だった。
「さすがに痕跡は残ってないな」
仁が部屋を見回しながら呟く。ホテルによると、チェックアウト後に掃除をしたり他の客を入れたりしたということで、この部屋から証拠品を見つけるのはほぼ不可能だと思われた。
部屋は通常のダブルルームらしく、部屋の右側にダブルベッドが一つ、その脇にサイドテーブルが置かれている。部屋の左側はデスクになっていて、机上には魔法通信装置が置いてある。
また、左手前にクローゼットがあり、右手前がシャワールームになっている。
部屋の奥には大きな窓があり、そこからはメルクの大通りの一つ、7番通りが見渡せる。
しかし、いずれも綺麗に掃除が行き届いており、ここから何かが得られるとは思えなかった。
リーツ警部の配下である二人の刑事はそれでも念写機を取り出して部屋の念写図を何枚か取っていた。
「どうしましょう? ここが犯行現場だとしても、証拠が何もありません」
隣でアリシアも途方に暮れたような顔をしている。だが仁には目算があった。
「フロントの人間がマリソン・ソラナスがホテルに入る所を見かけているかもしれない。それに、リリア・マルローズがここから死体を運び出したとしたらベルボーイに手伝ってもらってるはずだし、チェックアウトも自分でやっているはずだ。フロントとベルボーイの証言を取りに行こう」
「分かりました」
二人は刑事を引きつれてフロントに向かい、犯行当日に403号室をチェックアウトした人間について聞いたところ、すぐに答えが帰って来た。
「ええ、十日前にチェックインして翌日の夕方にチェックアウトされたお客様ですね。……ええと、記録ですと十日前の17時14分にチェックインして、翌日の16時27分にチェックアウトされていますね」
「チェックインしたのはどんな方だったか、覚えていますか?」
「ええ、グレーの薄手のコートを着た、金髪で青い目の方でした。目はやや垂れ気味で、すこし細面だったと思います」
「この人でしょうか?」
仁がマリソン・ソラナスの念写図を見せると、ホテルのフロントは頷いた。
「ええ、この方でした。間違いありません」
「この人がいつまでここに滞在していたかは分かりますか」
「すみません。それはちょっと分かりかねます」
「そうですか」
しかし、犯行前日にマリソン・ソラナスがメルクのホテルに宿泊した、その意味は大きい。彼女の主張通りに午前11時までに王都に現れるには、翌朝7時発の王都行きの高速馬車に乗らなければならないからだ。よほどの理由がない限り、そんなことをする必要はない。
仁は質問を再開した。今度はチェックアウトした人物についてだ。
「では、チェックアウトされた方については分かりますか?」
「ええ、中途半端な時間に突然来て予約していたブランキーニだが急用ができたのでこの時間にチェックアウトしたいと言いました。珍しい話だったので良く覚えています。ただ、茶色のフード付きコートを着てフードを被っていたので、顔は良く分かりませんでした。サングラスをしていたので目の色も分かりません」
「この人かどうか、分かりますか?」
仁は先ほど取ったリリア・マルローズの念写図を取り出す。
「……分かりません。ジェガに聞いた方が早いと思います」
「ジェガというのは?」
「その方が部屋に忘れ物をしたので届けないといけないと言って、部屋に連れて行ったベルボーイです。今そこにいます」
フロントの女性が指差した先には、小柄な少年がいた。
二人はフロントの女性に礼を言い、ベルボーイの少年の所に向かった。
「ああ、確かに部屋まで一緒に行ったよ。忘れ物をして鞄につめなきゃいけないからって」
「どんな鞄だったか覚えているかい?」
「どんなって、よくあるバントレール製のでかい旅行鞄だよ」
仁の聞き込みにジェガというベルボーイはぶっきら棒に答えた。隣ではアリシアがメモを取っている。
死体発見現場にあった鞄と同じだ。仁の推理が正しければ、その鞄に死体が詰め込まれたはずである
「その人、どんな人だったか分かるかい?」
「ああ、俺はチビだからな」
身長にコンプレックスがあるのか、不貞腐れたようにそう言うのを仁は微笑ましく見ていた。
しかし、直後の彼の証言で仁は飛び上がる。
「下からサングラスの隙間を通して見えたのはけっこうきつい感じの青い目だった。あと、フードが一瞬はだけたけど、金髪で結構長めの髪だったぜ」
「本当か!」
「その人、この念写図の人で間違いありませんか!」
その証言に、仁とアリシアは飛びつくような勢いでベルボーイに近寄り、彼はびっくりして後ずさった。
「な、何なんだよいきなり……念写図? ああそう、この人だ、間違いないね」
「よし!」
「やりましたね、捜査官!」
魔法警察の二人が後ろで感嘆の声を上げる中、仁は思わずガッツポーズをとり、アリシアは仁の手を握った。
が、すぐに大勢の目の前であることに気づき、二人は顔を赤くしてパッと離れる。
「ああっと、それで……そうだ、その人は部屋で何をした?」
「部屋には入れてくれなかったから何を入れてたかは知らないよ。しばらく時間がかかるし聞かれたくないから、その間は部屋の前から離れていてくれって言われたし。ただ、数分後に持って帰って来た鞄は相当重くなってたぜ。前もって重いものだからって言われてたから台車を用意してたけど、そうじゃなかったら二人がかりでも運べたかどうか怪しいな」
そういって彼は荷物運搬用の台車をゆらゆらと動かす。どうやらこれで運んだようだ。
「でもそれじゃ、ホテルの外に運べないんじゃないか?」
「あんまり重いから近距離用馬車を呼んだんだよ。それでも御者とその人が二人がかりで荷台に乗っけてた。すげー重そうだったぜ」
「つまり、この念写図の女にそっくりな人が、よほど重い『忘れ物』を大型の旅行鞄に詰めてホテルから持ち出した、ってことでいいね?」
「ああ、そういうことだ」
「ありがとう。非常に役に立ったよ」
仁は最後にそう言って、ホテルでの聞き込みを終えることにした。
同時に、仁はリリア・マルローズが死体運搬の役を負ったということを確信した。
そのころ王都では、カーター、ジョン、キャロルの三人がアリバイの再調査をしていた。
馬車駅で再び事件当日に窓口に立っていたリンを呼び出し、彼女の念写図を見せたところ、リンの答えは「この人かもしれない」というものだった。
三人は次に、リリア・マルローズがマグカップを買ったと思われる西通り北側沿いの小物店に向かった。
「あら、また来てくださったの。何かお買いになりたいものでもできましたか?」
店主のゴリ押しを何とかかわしながら、カーターはリリア・マルローズの念写図を見せた。
「この間お尋ねした件です。買い物をした女性というのは、この人ではありませんか?」
「……うーん、言われてみるとそうかもしれないわね。似ているわよね、この間見せてもらった女の人と。帽子が大きくて顔の形はあんまり印象に残らなかったし……この人かもしれないわ」
二つ目のアリバイを崩した三人は最後に、「白いワンピースに赤い帽子の女」が昼食を取ったレストランに向かった。
「はい、この人だったかもしれません。店内が暗かったので顔の輪郭等は良く分かりませんでしたし……ええ、白いワンピースと赤い大きな帽子だけが印象に残ってしまって……はい、この人かもしれませんし、先日念写図を見せていただいた方かもしれません。どちらとは断言できません」
こうして、マリソン・ソラナスの午前中から昼にかけての王都でのアリバイは完全に崩れることになった。
仁とアリシアの二人が王都に戻って来たのは王都が闇にすっかり包まれた午後8時過ぎだった。
二人はそのまま家までの近距離馬車を都合してもらい、家に帰った。
桜と三人での夕食もそこそこに、仁はアリシアに魔法通信を掛けてもらった。
カーターの捜査状況を知るためだった。
「ジン君か。今どこだい?」
「家に帰ってきました。無事犯行現場を特定できましたし、マリソン・ソラナスが前日にチェックインしたこと、リリア・マルローズが現場で死体を大型の旅行鞄に詰めたという貴重な証言を得ることができました」
「そうか、こっちもだ。少なくとも馬車駅、小物店、レストランでのアリバイはリリア・マルローズが作ったものでもおかしくない、という結論が出た」
「そうですか、するとやはり彼女はメルクで殺人を犯した後、王都に午後からいたということで間違いなさそうですね」
「ああ。これでマリソン・ソラナスの証言は完全に崩れたと見ていいね」
カーターの言葉に、仁は受話器を持ったまま頷いた。
「そうですね。今日中にでもシーダー卿に報告して、リリア・マルローズを共謀罪で逮捕できないか問い合わせます」
「なら、シーダー卿の自宅に掛けた方がいい。もうこの時間なら彼も家に帰っているだろう」
「そうですね。それでは、おやすみなさい。今回は本当にありがとうございました」
「ああ、おやすみ。ジン君こそ、本当にお疲れ様」
仁は次に、シーダー卿に連絡を取った。
アリシアに掛けてもらった魔法通信を使い、仁は今回の事件のあらまし、共犯者リリア・マルローズの行動とそれを証明する証言について説明した。
「シェーリーンの魔法警察に連絡をしてリリア・マルローズを共謀罪で逮捕してください。今日の尋問で既に警戒されている可能性が高いです。逃げられる前に捕まえる必要があります」
「それについてだが……君が今日はメルクに泊まるかもしれないということで連絡しなかったんだが、今日の夕方にシェーリーンの魔法警察から連絡があってね」
「何かあったんですか!?」
「リリア・マルローズが逃亡を図ろうとしたということで魔法警察が拘束した。バディエラの魔法警察もそうだったが、これだけ大掛かりな犯罪となるとやはり規模の大きい王都の魔法警察に任せたいとのことで、リリア・マルローズも明日の午前中には王都の魔法警察に引き渡される予定だ」
「分かりました。そこで二人に真相を突きつけるということですね」
「それは君の役目だな。よろしく頼む」
その言葉に仁は思わず躊躇した。
「……やっぱり僕ですか?」
「むしろ君以外に誰がやるんだね?」
「……そうですよね。分かりました、明日の午後にアリシアと共に魔法警察に伺います」
シーダー卿との会話を終えた仁は居間のソファにダイブしてそのまま動かなくなってしまった。
「……あの、どうしたんですか捜査官?」
「そっとしておいて、アリシアちゃん。また名探偵をやらなきゃいけないのかって恥ずかしがってるだけだから」
「それが分かってるなら本人に聞こえるように言わないでくれるかな、姉さん!」
「でも、私としてはあの堂々とした捜査官がまた見れるのは非常に楽しみなのですが……」
「ほうほう、アリシアちゃんは名探偵の仁ちゃんが好きらしいよ?」
「す、好きとかそういう意味ではないです! 勝手に言葉を変えないでください!」
「姉さん煽るな! アリシアも傷口に塩を塗るな! あれ思い返すと恥ずかしいんだから!」
桜のからかいに二人が真っ赤になって反論しながら、その夜は更けていった。




