第三話 召喚の理由
「はじめまして。私が警察省大臣のウイリアム・シーダーだ」
二人の目の前にいるのは、鋭い目つきをし、顎鬚を生やした大柄な男だった。
彼の灰色の目は、しばらく仁を値踏みするかのように見つめていたが、やがて視線をアリシアに移した。
「アリシア君、彼が『闇を晴らす者』で間違いないのかね?」
「間違いありません。私は『世界間ゲート』の前でずっと待っていましたが、ゲートが閉まる直前に来た彼以外には、誰にも遭遇しませんでした」
アリシアの即答にシーダー卿は満足したように頷くと、再び仁に顔を向けた。
三人が今いる場所は警察省の五階にある警察大臣の執務室である。
ちなみにここまでは階段を使って登って来た。どうやらこの世界にエレベーターはないらしい。
シーダー卿の座っている椅子の前には余計な装飾を排した実用一点張りの事務机がある。机の上には数多くの書類が整然と並べられ、シーダー卿の右手の近くにはマグカップが置いてある。
また、彼が座っている椅子も何の変哲もない事務用の木製の椅子に見える。
壁の両脇は本棚となっていて、すきまなく本や書類が詰まっている。
一方で、仁とアリシアの二人が座っている椅子は複雑な彫刻が施され、座面も背中にも柔らかいクッションが使われている。
また、椅子の前には小さいながらも華美な装飾の付いた丸テーブルが置かれ、その上には二人分の紅茶が湯気を立てていた。
仁としては、先ほどからの理由不明の持ち上げが続いているような気がして、とにかく落ち着かない。
そんな様子を察したのか、シーダー卿が仁に声を掛けた。
「まず、君の名前を聞いてもいいかな」
「は、はい。大塚仁といいます。大塚が名字、仁が名前です。年齢は22歳」
「ふむ。ジン君と呼んで構わないかね」
「はい」
そこでシーダー卿は手元のマグカップを手に取り、中のコーヒーに少し口を付けた。
一息つけた彼は、改めて仁に話しかける。
「突然で済まないが、君の血を少量欲しい」
いきなりの突飛な要求に、仁は椅子ごと1メートルほど後ずさった。
(な、なんで血? 吸血鬼かなんか?)
異世界だし、吸血鬼の一人くらいいてもおかしくない。
それにしても、異世界に召喚されて警察に連れていかれたら吸血鬼に血を吸われるとか、どんな超展開だ。
混乱した頭で仁がそんなことを考えていると、隣からアリシアの補足が入った。
「ジンさんの魔法の素質を調べるために、少量の血液が必要なんです。ちなみにこの魔法の素質のことを私たちは『タレント』と呼んでいます」
つまり、異世界の人間である仁が魔法を使えるかを知りたい、ということらしい。
シーダー卿は名刺大の大きさの紙とペーパーナイフを仁に向かって差し出した。
どうやらこれで指か何かを少し切って血を紙に付ければ良いらしい。
仁はナイフの刃で左手の親指を少し切って、傷口を紙に押しつけた。押しつけた部分が赤く染まる。
すぐにシーダー卿が小さな箱を差し出す。
「これで傷口をふさいでおくといい」
蓋を開けてみると、軟膏薬のようなものが入っていた。おそらくはこの世界の傷薬なのだろう。
少しすくい取って、傷口に塗っておいた。
「これでいいですか?」
「うん。それで十分だ」
そう言うとシーダー卿は右手を少し上げた。
一瞬その手が淡く光ったかと思うと、次の瞬間、その手に小さなベルが握られていた。
彼がそのベルを振ると、すぐにドアにノックの音がした。
「お呼びでしょうか、閣下」
「うむ。入りたまえ」
シーダー卿は入って来た部下に血のついた紙を渡すと、こう言った。
「大至急、この血のタレント調査を行なってくれ。最優先事項だ」
「はっ」
そんなやりとりを見ながらも、仁は先ほどの一瞬でベルを手元に持って来たのが不思議だった。
「えーと、コールさん?」
「アリシアで構いませんよ。」
「じゃあアリシアさん。さっき一瞬でシーダー卿の手にベルが現れたよね。あれなに?」
「あれがシーダー卿の固有魔法『転移』です。視界に入る物ならば瞬間的に自分の手元に持ってこれるそうです」
なにそれ凄い。魔法って凄い。
そんな子供のような感想を抱いている仁に、シーダー卿は少し笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「君はアリシア君からどの程度のことを聞いているのかい?」
「自分が『闇を晴らす者』としてこの世界に召喚されたこと、この世界が魔法を中心とした世界だということ、それからここが警察省で、あなたがここを束ねているということです」
「ふむ……『闇を晴らす者』というのがどういう意味か、というのは聞いていないね?」
「はい、彼女にあなたから聞くべきだと言われたので」
「うん、その通りだ。実際の魔法を見せてから話を進めた方がいいと思ったのでね」
そう言ってから、シーダー卿は再びコーヒーを啜った。
「まず、この世界のことから話そう。ここはアレクサンドリア王国の首都アレクサンドリアという場所だ。西に山岳地帯を挟んでヴェスティアン帝国、南に群島や小規模の国々からなる南部諸王国連邦と接しているが、両国とは現在良好な関係を保っている。王国の北端には一年中雪に閉ざされた山脈があり、その向こうは未開の地となっている。また東側は海と接している。
あと、勘違いさせる前に言っておくが、この世界には魔物や亜人といったものはいない。過去に召喚された世界の人間の中にはそういうものが存在すると信じていた者もいて、世界中を回って魔物を捜したそうだが、結局見つからなかったようだ」
それを聞いて仁は内心で首を傾げた。こういう異世界召喚というのは、大抵の場合、国が滅亡寸前だとか何らかの脅威に晒されているとか、そういう切羽詰まった状況で行なわれるものだと思っていたからだ。ところが、今の話を聞く限りでは、このアレクサンドリア王国という国は極めて健全な状況にあるように見える。
仁の心を読んだわけではないのだろうが、シーダー卿の話は続いて核心に入っていった。
「次に、君を召喚した理由と『闇を晴らす者』という称号について説明しよう」
そこで一息ついて、シーダー卿は話を再開した。
「今、この国はある秘密結社の存在に脅かされている」
「秘密結社?」
「そうだ。名前は『黒薔薇騎士団』という」
なんかいかにも悪の組織という感じのネーミングだな、と考えていた仁は、隣でアリシアが拳を強く握り締めたことには気づかなかった。
「彼らにはある信条があってね。それは『全ての人を魔法使いに』という極めて荒唐無稽なものなんだ」
「ちょっと待ってください。この世界では誰もが魔法使いになれるわけではないんですか?」
仁の質問に答えたのは、隣に座るアリシアだった。
「いえ、この世界における大部分の人は魔法が使えません。一般には100人に5人から10人程度が魔法使いの素質である『タレント』を持つと言われています」
「つまりこの世界における魔法使いというのは、ある意味特別な存在であると。この貴族街に邸宅を構えるような人々も強力な魔法使いなわけですね」
「その通りだ」
仁の言葉にシーダー卿はゆっくりと頷く。
「『タレント』は遺伝によるものが大きいとはいえ、魔法使いでない両親から『タレント』を持った子供が生まれる場合もあるし、その逆も存在する。とはいえ、強力な魔法使いの一族が代々特別な地位を占めるとなれば……」
「それを面白く思わない人間も当然いるわけですね」
「まさに。それに魔法使いの技量は個人の魔力によるものが大変に大きい。魔力が小さい魔法使いの中には同様に特別な地位にいる強力な魔法使いに妬みを持つ者もいる」
「なるほど。同じ魔法使いでも、魔力による差というのがあるのですか」
「もっとも魔力が小さくても、珍しい『固有魔法』を有していればその限りではないがね。ああ、すまないが、話が逸れてしまうから『固有魔法』については、後でアリシア君から聞いてくれ」
仁が「固有魔法」という言葉に反応したのを見たシーダー卿はそう言った。
仁としては「固有魔法」という言葉の意味が気になったのだが、その話はどうやら後回しのようだ。
「そういう妬み嫉みから『黒薔薇騎士団』に入る人間もいるが、最もやっかいなのは心の底から『全ての人間が平等に魔法を使えるべきだ』と考えている人間だ」
「……こちらの世界にそういう言葉があるのか知りませんが……いわゆる『狂信者』というものですか?」
「そう、まさにその狂信者だ。彼らは魔法使いとしての能力も決して低くはなく、社会的に高い地位を築いている者もいる。そういう地位にあるものの中にも少数だが『黒薔薇騎士団』の者が潜んでいると我々は考えている。」
そこまで話すと、シーダー卿は一息ついた。
「もちろんそう考えるだけで何もしなければ無害な連中だ。だが、性質の悪いことに、『黒薔薇騎士団』の中には人体実験などを平気で行なって何十人もの死者を出したり、反対派を抹殺したりという過激な行動をとるものが少なくない。数年前に大規模な討伐を行なった結果、一時的にはおとなしくなったのだが……近年、より陰湿で巧妙な方向で活動を活発化させているのだ」
そこまで話すと、シーダー卿は疲れたように椅子に沈み込んだ。気のせいか10歳ほど老けこんだようにも見える。
どうやら「黒薔薇騎士団」という組織は彼にとって相当な悩みであるようだ。
「これが今、アレクサンドリア王国を脅かす『黒薔薇騎士団』の概要だ。といっても反社会的な秘密結社である性質上、構成員などの我々にも詳しいことは分からないがね」
「大体の話は分かりました。ただ、なぜ自分がこの世界に召喚されたのかという理由をまだ聞いてないのですが」
その言葉にシーダー卿は苦笑し、再び姿勢を正して仁の方に向き直った。
「そうだな。ここまでが君を召喚するまでの背景といったところだ。本題はこれからだったな」
シーダー卿は再びコーヒーに口を付けると、再びベルを鳴らした。
入って来た部下に彼はマグカップを渡す。
「すまないが、コーヒーをもう一杯くれ。それから君たちは?」
「いえ、結構です」
「私もこれ以上はいりません」
仁とアリシアはほぼ同時にそう答えた。二人とも、まだ紅茶にはほとんど手を付けていなかった。
部下がコーヒーを淹れて戻ってくるまでの短い間、部屋を沈黙が支配した。
部下が再びドアの向こうに消えた所で、シーダー卿は話を再開した。
「現在この地を治めておられるアレクサンドリア王家の一族というのは光の魔法に長けている、というのは聞いているかい?」
「いえ、まったく。雷を落としたりするんですか」
「そういう固有魔法を持つ人もいたようだが、現在の国王陛下の固有魔法はまた非常に特殊なものなんだ」
冗談のつもりで言ってみたら真面目に返されてしまい、仁はちょっと面食らった。
が、シーダー卿はそんな彼に気づくことなく、話を進めていく。
「国王陛下の固有魔法は『導きの光』と呼ばれている。この国の王である陛下が悩み、助けを求める時に、解決に必要なものが光を放ちこの国を導く、そんな力だ」
「それはそれで強力な魔法ですね」
「うむ。それだけに使用魔力も膨大だし使用制限も厳しい。それでも最近の『黒薔薇騎士団』の活動の活発化はこの国にとって非常に大きな問題になってきたんだ」
「そしてこの国の国王は『導きの光』を使われた」
「そう。そしてその結果、解決手段として挙げられたのが……」
そういってシーダー卿がアリシアの方を向くと、彼女は丸テーブルの上にある物を置いた。
見た目は完全な球状で、卵くらいの大きさの真黒な石だ。それがまるで叩き割られたように真っ二つになっていた。
「それが解決手段として挙げられた『召喚ゲート』を開けるための召喚用の魔道具『虹の扉』だ。元は虹色をした球なのだが、一度使用した時点で破壊されてしまう。極めて貴重な魔道具だ」
「魔道具というのはなんですか?」
「魔道具というのは、魔法使いが魔力を込めることによって使えるようになる道具のことだ。必要な魔力が小さいものから巨大なものまであるが、必要な魔力量さえ満たせばどのような魔法使いでも同じ効果が表れる」
「ここに来るまでだと、街路樹の間にあった魔法灯や貴族街の門を開けるレバーが魔道具になります。ちなみに、魔力を魔道具内部に貯めることで魔法使い以外でも使える魔道具というのも少数ですがあります」
シーダー卿の説明とアリシアの補足によって、仁は大体の事情を理解した。
「つまり、僕はこの国の国王の魔法の導きに従って、貴重な魔道具を使って反社会的な秘密結社を壊滅させるために呼ばれた。そういうことですか」
改めて言葉にするとなんとも勝手な話である。文句の一つでも言ってやろうか、と仁は考えた。
そんな様子を察したのか、シーダー卿は慌てて説明を続ける。
「もちろん、当初は反対派が多数を占めていた。異世界からの召喚自体が人道に反する、そもそも協力を得られる保証がない、自国の問題に異世界の人間を巻き込むなど他国に弱体化を知らせるのと同じだ、過去の召喚の記録が古くて参考にならない、召喚に成功してもその効果に疑問がある、などなど、様々な反対意見が出されて、一度は召喚は見送られた」
その言葉を聞いて、どうやらこの国の偉い人達は鬼畜でもなければ無能でもないらしい、と仁は胸をなで下ろし、次の瞬間「あれ?」と思った。
「でも今、自分はこうしてここに召喚されていますよね。何がきっかけで召喚が行なわれることになったんですか?」
その問いに、シーダー卿は深いため息をついた。隣を見てみると、アリシアが拳を握りしめ、視線をテーブルに落としている。
「三日前、恐るべき殺人事件がこの王都アレクサンドリアで起きた」
そこでシーダー卿はコーヒーを一口啜り、ゆっくりとマグカップを置いた。
そして懐から一枚の紙を取り出す。
それは一人の男の写真だった。手入れのしていないもじゃもじゃの茶髪を頭に乗せ、青い色の瞳はやや鋭い目つきをしている。
「これは……写真ですか?」
「写真? いや、それは念写図という。ある範囲の風景や人物等を正確に写すことのできる念写機という魔道具を使って作られた絵だ」
なるほど、この世界には写真じゃなくて「念写図」なるものがあるのか、と思いながら仁はその男を見る。
「殺されたのはそこに写っている男で名前をハワード・ハミルトンという。彼は魔法研究所に勤める魔法使いで、『固定化』という珍しい固有魔法の持ち主でもあった」
そこまで言うと、シーダー卿は一度ため息をついた。
「実は彼は少し前から『自分は黒薔薇騎士団に命を狙われている』と言うようになり、一般警察の護衛を付けることになった」
「それにも関わらず殺されてしまった、ということで王国の人々が危機感を抱いたのですか?」
仁の質問にシーダー卿はゆっくりと首を横に振った。
「それも理由の一端ではあるが……真に恐るべきは彼が殺されていた状況だ。彼はホテルの一室で炎を放射する魔道具によって焼き殺されていた。普通警察の護衛二人は両隣りの部屋にいて、『助けてくれ!』という彼の声で慌ててドアの前に来たが、ドアには鍵がかかっていた。仕方なく刑事はホテルの支配人を呼び、合い鍵でドアを開けてもらったのだが……彼の手の中には部屋の鍵があり、誰も出ることができないはずなのに、部屋の中には彼の焼死体以外には誰も見つからなかったのだ!」




