第六話 食堂にて
夕方に警察省を出た後、三人は一度貴族街を出て商店街の食料品店で買い物をすることになった。
「今までずっと外食だった? アリシアちゃん、ご飯とか作れないの?」
「は、はい……すみません」
「しょうがないなあ、アリシアちゃん、ご飯くらいは作れるようにならないといいお嫁さんになれないよ?」
「え、その……今までそういうことを考えたことがなかったので……」
「良くない、それは良くないぞ! 私がきちんと教育してあげよう」
「いえ、私はそんな……」
「いいのいいの! 料理は身につけておいて損はないよ! さあ、まずは材料選びから!」
女性二人がそんな会話をしながら夕食の材料を選んでいるのを、仁は後ろから眺めていた。
女性の買い物とおしゃべりは長い。そしてそのどちらにも基本的に男性は関わるべきではない。巻き込まれると非常に疲れるからだ。
そんなわけで仁は、馬車に寄りかかりながら二人の買い物の様子を眺めていることにしたのである。
「しかし、女ってのは買い物とおしゃべりが好きだねえ」
「世界が違っても不変の真理ってのはあるもんですねえ」
御者と益体もない会話を交わしながら。
日が暮れる頃、ようやく買い物を終えた二人と共に、仁は馬車に乗り込んで家へと帰り着いた。
旧警察省の寮であり、今は二人の家でもある。そして今日からは桜も共に住むことになる家だ。
「へえ、ここが仁ちゃんとアリシアちゃんの新居か。なかなかいい所じゃない」
「姉さんやめて。その表現は誤解を招くから」
「じゃあなんて呼べばいいの? 二人ともここに住んでるんでしょ?」
「……と、特別捜査局本部でいいのではないでしょうか!?」
「大体、二人の家みたいな言い方してるけど、今日から姉さんもここに一緒に住むんだからね!」
桜のからかい半分の言葉に仁とアリシアの二人は必死で反論する。
別に二人はそういう関係ではない。もちろんお互いに嫌いというわけではないし、どちらかといえば好ましいと言えるくらいの良い関係を築いている二人だが、だからこそ逆にこのようにからかわれると反応に困るのである。
そんな二人を気にすることもなく、桜は「ただいまー」と特別捜査局本部兼住居への一番乗りを果たした。
夕食は肉野菜の炒めものとパン、それにオニオンスープという組み合わせだった。
作っている時には一階の台所には桜とアリシアは並んで立っていたが、手際には圧倒的な差があった。
落ち込むアリシアに「大丈夫大丈夫。最初は皆そんなもんだよ」と桜が慰めている。
アリシアが立ち直ったところで、食事が始まった。
「炒めものにパンが合うかっていうと、ちょっと怪しいけどね」
「確かに。でも米がないじゃん、この国」
「米、ですか? 南部諸島の中には米を主食とするところもあると聞きますが……それに充分おいしいですよ?」
「へー、お米あるんだ。こっちに輸入とかされてない?」
「なにぶん遠い所の特産品なので、貴族街近くの高級品店ならあるかもしれませんが……」
「大体買った所で炊飯器ないじゃん。どうすんのさ? 姉さん飯盒炊飯できるの?」
「うわあ! そうだ、炊飯器ないんだ……うーん、やっぱりパンに合うおかずを考えないとダメかあ」
そんな会話を交わしながら、夕食は賑やかに進んでいった。
夕食後の主な会話は、仁が魔法世界で解決した事件の話が中心だった。
「なんか、まるで本当に推理小説の名探偵みたいなことしてたんだね、仁ちゃんは」
「まあ、改めて話すと確かにそんな感じだね」
「そんな感じもなにも、罠を張って犯人待ち受けたり、事件関係者の前で真相説明したりとか、まるっきり小説の名探偵だよ」
「……そう言われると、なんかすごく恥ずかしくなってきたんだけど!」
「そうですか? 犯人逮捕の計画を説明したり、皆さんの前で真相を説明する捜査官は非常に堂々とされていましたよ?」
「アリシア、やめて! そこで傷口を抉るのはやめて!」
「え? え?」
そんな二人の様子を笑って見ていた桜は、しかし表情を突然曇らせた。
「でもさ、危ない目にもあったんだよね」
「ん?……ああ、『黒薔薇騎士団』に襲われた時か。あの時アリシアが来てくれなかったらと思うと今でもぞっとする」
「むしろ私が常に捜査官のそばについているべきでした。あれは私が悪かったんです」
「うーん……でもさ、仁ちゃん、魔法が使えないのは仕方ないけど、年下の女の子に守られてばっかりってのも男としては恥ずかしくない?」
桜のその発言に、アリシアは即座に反論した。
「そんなことありません。魔法使いの護衛は、実力のみが重要なのです。年齢や性別など関係ありません」
「ふーん、そういう考え方なのか、アリシアちゃんは」
「……まあ、恥とか抜きにしても、今後とも魔法使いと対決する機会はあるだろうから、何か身につけないといけないだろうなあとは思ってるんだけどね」
「それについてはシーダー卿に聞いてみましょう。普通警察の対魔法使い犯罪者用の教習などに参加させてもらうなど、方法はあると思います」
「そんなものがあるんだ。うーん、どんなものか分からないけど、一度見てみようかな」
「まあ、今回の事件はそんなに危なくないんでしょ? それだけでもお姉さんとしては安心だよ」
召喚からの出来事、この世界のこと、自分自身のことなど、話すことは尽きない。
三人の会話はその後、夜遅くまで続いた。
翌朝、パンにジャムとサラダという簡単な朝食を食べてアリシアは一足先に家を出た。
魔法学校への報告のためである。
「アリシアちゃんって学生なんだ。それで仁ちゃんの補佐兼任とか凄いね」
「正確には俺の補佐役自体が魔法学校の『学外実践演習』ってのに当たるらしい」
「そんなのがあるんだ。社会見学みたいだね」
「いや、どっちかっていうとインターンシップだろ」
そんな会話を交わしていると、突然、魔法通信装置が鳴り始めた。
アリシアがいない時間に鳴り始めるのは初めてなので、二人とも一瞬固まったが、桜相手に魔法通信をかける相手などいないと考えて、仁が受話器を取った。
「はい、特別捜査局です」
「こちら、アリシアです。捜査官ですか?」
「アリシア? うん、仁だけど、一体何の用?」
「……あの、ちょっと捜査官にご相談したいことがありまして、魔法学校まで来ていただけないかと思っているんですが」
「魔法学校に? 一体なんで?」
「……ええと、ちょっと一言では説明しずらくて……」
「分かった。馬車はどうやって呼べばいい?」
「それはこちらから馬車駅に連絡しますので、捜査官は待っていてください」
「了解」
魔法通信装置を切ると、桜から質問が飛んだ。
「アリシアちゃんから? なんだって?」
「いや、良く分からない、なんか魔法学校に来てほしいって言われた。馬車はアリシアの方で呼ぶからって」
「捜査官の仕事かしら?」
「うーん、でも魔法学校は今回の事件に関係ないと思うんだけど……」
首を傾げながらも、仁は魔法学校に行くための準備を始めた。
準備が終わるのとほぼ同時に家の前に来た馬車に乗ると、御者に「魔法学校前までですね、よろしいですか」と確認された。
まるでタクシーみたいだな、と思いながら仁は「はい」と返答すると、馬車はゆっくりと動き始めた。
アリシアは魔法学校の正門前にいた。隣に背の高い茶髪の男がいる。
知り合いだろうか、と思いながら仁は馬車を降り、御者に料金を払ってアリシアの元に向かう。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、呼び出したのはこちらですから」
そんな風に言葉を交わしながらアリシアはちらりと隣の男に視線を送る。釣られて仁もその男に目を向ける。
背は非常に高いがひょろりとした感じだ。ちょっと癖のある茶髪と人懐っこい茶色い目をしている。
(あれ、誰かに似ているような……)
仁は一瞬そう思ったが、次の瞬間相手が話しかけてきた。
「急に呼び立てちゃってすまない。俺はジョン・デクスター。歳は18でこの魔法学校でアリシア・コールとは同級生だ」
「デクスター……ってもしかして?」
「ああ、兄貴が世話になってるって話に聞いてるよ」
道理で見覚えがあるはずだ、と仁は思った。背が高い所も、茶髪も、人懐っこそうな目もそっくりである。
しかしカーター・デクスターの弟が一体自分に何の用だろう?
「えーと、それで、カーターさんの弟さんが俺に何の用?」
「それについてなんだが……ちょっとここでは話しずらいな、昼も近いし、校内食堂で飯でも食わないか」
「ああ、いいけど……」
「よし、じゃあ決まりだ」
そう言うなり歩き出すジョン・デクスターの後を二人は慌てて追いかける。
仁は小声でアリシアに尋ねた。
「ねえ、あのジョンとは親しいの?」
「いえ、ほとんど話したこともありません。今日、急に話があると言ってきたんです」
「じゃあ話の内容とか検討もつかない?」
「はい」
そんな二人をよそに、ジョンは校内食堂の開いている席を見つけ、二人を手招きする。
「こっちが頼んでることだから奢るよ。定食でいいか?」
「任せるよ」
「ええ、私も手伝いましょうか?」
「ああ、頼む。ジンさんはそこで座って待っててくれ」
そういうと二人はどこかに行ってしまった。仕方なく一人でぼんやりと待っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「あら、ジンさんじゃない。こんなところに何か用ですか?」
振り返るとそこにいたのは赤髪に気の強そうな目をした少女、キャロルだった。
仁はどう対応しようかと考え、適当な言い訳も思いつかなかったので結局正直に答えることにする。
「アリシアの同級生に魔法学校に呼び出されたんですけど、用件がまだこれからで」
「……そう、じゃあご一緒させてもらおうかしら」
そう言うなりキャロルは仁の向かいに座ってしまった。
仁としては困ってしまう。
「あの、捜査関係だと用件次第では聞かれると困るんですが」
「あら、そんな話ならこんなところでしないと思いますよ? それに私だって好きな席でお昼を食べるだけですから」
「……あの、俺に話しかけるのってそんなに面白いんですか?」
「ええ、とっても」
キャロルの正論に仁はぐうの音も出ない。
せめてもの抵抗に関わるなと遠回しに言ってみたが、満面の笑みで「ええ、とっても」などと返されてはどうしようもない。
そこへちょうど二人が戻って来た。キャロルの姿を見るなり、ジョンが露骨に顔をしかめる。
「……なんで大貴族の御令嬢がこんな所にいるんだよ」
「あら、誰かと思えばジョンじゃない。別にこの学校のどこにいようが私の勝手でしょ?」
「俺達はジンさんに用があるんだ。どいてくれないかな」
「私はジンさんに興味があるの」
昼食の定食である肉野菜スープとパンを並べながらジョンとキャロルは火花を散らして口論する。
仁はアリシアに囁いた。
「この二人、仲悪いの?」
「……ええと、ジョンは元々一般人から出た魔法使いなので、代々魔法使いである貴族に対してあまりいい感情を持ってないようです。キャロル自身も貴族としての自負心が強く、一般人のジョンには負けられないと思っているようです。ただ、実技試験は伯仲しているので、お互い相手の実力は認めていると思います」
「おいアリシア、いつ俺がこの貴族のお嬢さまの実力を認めたって?」
「アリシア、嘘を吹き込むのは感心しませんね。それに私は貴族らしくあろうとしているだけです。こいつとはなんの関係もありません」
「ああ分かった、似た者同士なんだな」
『違う!』
そう言った二人の言葉はみごとにハモり、それに気づいた二人はお互いに顔を背けた。
やっぱり似た者同士じゃねーか、と仁は思った。さすがに口には出さなかったが。
「で、アリシアから相談事としか聞いてないんだけど、一体どういう話なのか、そろそろ説明してくれない?」
仁がそう話しかけたのは昼食も終わりの頃になってからだった。
それまでジョンは何とかしてキャロルを追い払おうとしていたが、キャロルも粘りに粘り、とうとう四人は食事の終わりまで一緒にいることになったのである。
「いや、でもこいつがいると……」
「あら、私に聞かれたらまずい話なの?」
「くっ……分かったよ、好きにしろ!」
そう言うとジョンは姿勢を正して、仁に向き直った。
「あのさ、ジンさん。あんた、今度の魔法警察刑事殺しの捜査をやることになったって本当か?」
「ああ、うん、そうだよ」
「それで、まずは王都での聞き込み捜査をやるってのも本当か?」
「まあ、魔法警察の警部が容疑者への尋問をやるから、証人への聞き取り調査はこっちでやることになると思う」
「……じゃあさ、それに俺の兄貴を連れて行ってくれないか?」
「……どういうことだ?」
「あのさ、兄貴は普通警察の刑事としては新人で、ろくに成果も上げてないからまだまだ給料が安いんだ。……なのに最近、兄貴の奴、いきなり結婚するなんて言いだしてさ、しかも結婚相手の弟の面倒まで見るって言って、生活が大変になりそうなんだ」
「あ、ああ……そうなんだ……」
まさかそっちの件にも関わっているとも言えず、仁は言葉を濁す。ちらりと隣を見ると、アリシアも気まずそうな顔をしている。
「ただでさえ『黒薔薇騎士団』の活動が活発になってきて、普通警察って魔法警察に押されてるらしいんだ。でも今回は魔法使いが関わっているっていっても、容疑者の尋問は魔法警察がやるんだろ? だからさ、このチャンスに兄貴に手柄を立てさせてやりたいんだ。そのためにはジンさんの助手にしてもらうのが一番いいと思って、こうして頼んでるんだ」
「はあ……何かと思えば、身内に手柄を立てさせてやりたいだなんて。大体、ジンさんの補佐はアリシアの役割でしょう。わざわざ普通警察の人間なんか入れる意味なんてないでしょう?」
「……考えておくよ」
「ほら、考えるまでも……えっ?」
「本当ですか、捜査官!?」
思わぬ返答にキャロルとアリシアが驚く中、ジョンは喜びのあまり仁の手を握って上下に振り回す。
「マジか! ありがとう! ホント助かるよ!」
「……どういうことか、説明してもらっていいかしら?」
対して驚きから立ち直ったキャロルはジョンの思惑通りに行ったのが気に食わないのか、不機嫌さを隠そうともせずに仁を問い詰める。
言葉にはしていないが、アリシアも不思議そうな顔をしている。
仁はスープの残りを啜ると、三人に向かって話し始めた。
「元々さ、普通警察から一人、サポートを貰おうと思っていたんだ。それが気心の知れている人間ならなお良いと思っただけ」
「サポート? あの、何か私に悪い所があったんでしょうか? でしたら言っていただければ直しますので……」
「ああ、違う違う、アリシアに不満なんてないよ。これは特別捜査局自体の問題なんだ」
自分の責任の所在を問い始めた生真面目な少女を遮り、仁は説明を再開する。
「今回はさ、王都や西部諸都市に行くことになると思うんだけど、どこへ行っても一般の人に対する聞き取り調査が大部分を占めることになる。そんな場合に、特別捜査局っていうできたばかりで知名度も低い組織が動いても、一般の人には怪しく思われるんじゃないかと思うんだ」
そこで仁はアリシアの方をちらりと見た。アリシアが納得したようにうなずく。
「実際前回の事件でも『聞いたことない組織だ』って何度も言われたしね。対して普通警察なら知名度も高いし、一般人にも魔法警察ほど威圧感を与えることもない。ってわけで、王都での捜査のために普通警察から一人サポート人員を都合してもらえないかって今日、調査の前にシーダー卿に打診するつもりだったんだ。それが良く知っているカーターさんならこっちとしてもやりやすい」
「……ふん、一応筋は通ってるわね」
渋々ながらも納得したのか、キャロルが矛を収めたが、不機嫌な表情はそのままだ。
「そういうことでしたら捜査官、今からでも警察省に行ってシーダー卿にカーターさんをサポートに付けてもらえないか尋ねてみましょう」
「そうだね。カーターさんと上手く合流できるかも分からないし、言うのは早い方がいい」
「本当にありがとう。兄貴のこと、よろしく頼む」
「ジョンの思惑通りっていうのが気に食わないけれど……アリシア、今回は安全らしいけど、だからこそ、前回のようなミスをしたら今度こそ私が補佐役に名乗りを上げるわよ」
「キャロル……ありがとう、気を付けるわ」
「だから! 別にお礼を言われるようなことは言ってないでしょう!」
四人はそんな会話を交わしながら、食堂の外に向かった。




