第三話 桜台風
「はじめまして。私はアリシア・コールと申します。現在、特別捜査局のジン・オーツカ捜査官の元で補佐兼護衛を務めております」
仁と桜が再会してしばらく後、落ち着いた桜が最初に尋ねたことは、当然ながらその場にいるもう一人の少女のことだった。
「あ、どうも。私、仁の従姉で大塚桜といいます。あ、こっちだとサクラ・オーツカになるのかな?」
「え、ええ、おそらくそうだと思います。……あの、それで、私、サクラさんに謝らないといけないことがあって」
「え? なんでいきなり謝るの?」
「その……捜査官をこちらの世界に連れてきたのは、私なんです。本当に、申し訳ありませんでした」
そう言って、アリシアは深々と頭を下げた。
アリシアは、桜が来ると仁に聞いたときから決めていたことがあった。
自分が何をしたのか、何を考えていたのか、より正確には、自分が何も考えずに何をしてしまったのかを話し、謝罪すること。
たとえ王国が決めたことでも、その役に立候補して選ばれたのは自分だし、連れてきたのは自分だ。その責任を負わなければならない、と思った。
「えーと、話が見えないんだけど……どういうこと、仁ちゃん? こんな小さい子が、この国の政治とか召喚とか、そういうことに責任を負ってるわけ?」
「いや違う、召喚を決めたのはもっと上の方の人で、彼女は召喚する役に選ばれて、実際に俺を連れてきて、その後俺の補佐兼護衛をやってくれているってこと」
「なんだ、そういうこと」
そういうなり桜は頭を下げたままのアリシアを抱きしめた。
「あ、うぇ!?」
「あなたは自分の仕事をした、それだけでしょ? それに補佐兼護衛ってことは、仁ちゃんの手助けとか、仁ちゃんが危険な目にあったときに守ってくれたりとかしてくれたのよね? じゃあ感謝することはあっても、怒ることなんてないわよ」
「……で、でも、私は、何も考えてませんでした。捜査官に元の世界に大切な人がいることも、その人との絆を断ってしまうことも。私は王国や自分のことしか考えてなくて、捜査官のことを何も考えていなかったんです。だから、だから私は、どうしようもないくらい馬鹿でっ……」
「でも今は気付いて、後悔して、こうして謝ってくれてるんでしょう? ならそれで充分よ」
「……っ、ありがとう、ございますっ……」
大きな人だ、と思った。
身長は仁より小さいくらいだが、とても大きな器を持った人だ、と思った。
そうだ、この人は捜査官を今まで守って、育ててきた人なんだ。
やっぱりこの人も、凄い人なんだ。
アリシアは眩しいものを見るように、桜を見上げていた。
しかし、その印象は直後に一変する。
「私が用があるのはね、そういう事情を諸々承知した上で仁ちゃんを召喚だっけ? そういう言葉でごまかして、無理やり連れてくるように指示した揚句、仁ちゃんに犯罪捜査なんて危ないことをさせている人物なの。心当たりある?」
桜は満面の笑みだった。
それはもう輝くばかりの笑みだった。
ただし目だけはまったく笑っていなかった。
アリシアは恐怖に震えながら、警察省大臣シーダー卿の名前を口にした。
警察省五階のシーダー卿の執務室は異様な雰囲気に包まれていた。
今この場にいるのは五人。異世界から召喚された大塚仁と飛び込んできた大塚桜。仁の補佐であるアリシア・コール。
そしてこの部屋の主であるはずのウイリアム・シーダー卿。
最後に不運にもこの場に居合わせたデレク・ゲーリング警部。
以上が現在のシーダー卿の執務室の構成員である。
「はじめまして、警察省大臣シーダー卿。私、こちらで特別捜査局の捜査官を務めているジン・オーツカの従姉で、保護者でもありますサクラ・オーツカと申します。なんでも仁ちゃんが大変にお世話になったそうで、一言ご挨拶を申し上げなければと思って、こちらに参りました」
桜は事務机に両手を突き、乗り出すような勢いでシーダー卿に迫った。もちろん満面の笑みである。目だけは笑ってないが。
対するシーダー卿の顔はこれ以上ないほど引きつっていた。額に冷や汗が浮かんでいるのが見える。目は見事なまでに泳いでいる。
「なんでもこちらの世界の警察では解決できないような難事件が起きて、それを解決させるために無理やり仁ちゃんを連れてきて、魔法使いの秘密結社に命を狙われるような危険まで冒させ、挙句の果てには事件が解決しても帰す方法がないということで、保護者としてはぜひ一言申し上げなければならないと思っておりまして」
「そ、それについては、その、も、申し訳ないことをしたと、思っております……」
「申し訳ない、ですむようなことではないでしょう? 召喚と言えば聞こえはいいですが、その実態は拉致そのもの。まったくもって非人道的です。そもそも犯罪捜査など治安維持の観点から見れば国の根幹ともいえる基礎的な部分でしょう。それを異世界からの人間に頼ってどうにかしてもらおうなどと、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「し、しかし、今回の『鍵の掛かった部屋の殺人』という事件は、正に悪魔的な殺人とでも言うべきもので、事件が起きた時には、魔法錠が役に立たないのではないかと王都の貴族に大きな衝撃を与えました。また我々としても、魔法錠が突破されるという前代未聞の事態に打つ手がなく……」
「『人間が考えたものならば必ず人間に解けるものだ』とかの名探偵は言ったものです。それなのに考えることを放棄して異世界の人間に頼るなど、あなたがたは自分たちが人間以下の動物だと自己申告しているに等しいですね」
「それは『黒薔薇騎士団』の恐ろしさを知らないからだ! 奴らのここ最近の手際は狡猾さを極め……」
「その『黒薔薇騎士団』とやらの狡猾さに対応するのがあなたがたのお仕事でしょう? そのための魔法警察ではないのですか? その頭の中身は空っぽなんですか? 石ころでも詰めた方がマシかもしれませんね?」
ゲーリング警部が一矢報いようとしたが、桜の切り返しからの強烈な嫌味の連続攻撃に大ダメージを受け、なすすべなくその場に崩れ落ちることになった。
「そ、捜査官……サクラさんが、怖いです」
「うん、桜姉さんは俺に対して若干過保護なところがあるから。正直ああなったら黙って嵐が過ぎ去るのを待つしかない」
「待つしかないって……捜査官でも、止められないんですか?」
「以前止めようとしたら『私は仁ちゃんのことを思って言ってるの。黙ってて』の一言で切り捨てられた。それ以来諦めてる」
「怖いです。サクラさん、優しいけど怖いです」
「うん、その認識は全面的に正しい」
桜台風が猛威を振るう後ろで、仁とアリシアは小声でそんなやり取りをしながら、椅子の上で出来る限り小さく縮こまっていた。
桜はそこで笑顔を消して真剣な表情になると、再びシーダー卿に向かって乗り出すような体勢をとった。
「それで、警察省大臣としてのご意見を聞きたいのですが、あなたは今後とも仁ちゃんをその『黒薔薇騎士団』をはじめとする、魔法使い絡みの犯罪捜査に当たらせるつもりなのですか? 保護者としては魔法を使えない彼にそんな危険なことをさせることは、とても容認できないのですが」
桜のその質問に、シーダー卿は深くため息をつくと、はっきりと宣言した。
「申し訳ないが、今後とも彼には特別捜査局の捜査官として『黒薔薇騎士団』をはじめとする魔法使いの犯罪捜査に携わってもらいたい、と考えている」
「……その理由を伺っても?」
「ゲーリング警部の言う通り、ここ最近の『黒薔薇騎士団』の犯罪は非常に巧妙になっている。今までの単純で破壊的な犯罪行為とは一線を画しているのだ。しかし、それに対する我々の知識や捜査方法は圧倒的に劣ってしまっている。それこそ新しい劇薬を注入しなければ相対することも難しいのが現状なのだ」
「その劇薬が仁ちゃんである必然性はないでしょう?」
「あなたにとっては悪いことだと思うが、彼は既に大きな成果を出してしまっている。『鍵の掛かった部屋での殺人』を解決するという成果をだ。この事件自体が王都に及ぼした影響が大きかっただけに、今や特別捜査局にさらなる人員の追加やサポート体制を作るべきでないかという議論まで出ている。この流れは私一人で止められるものではない。ましてや解決の中心となった彼を外すなど論外だ」
「……つまり、実績のある仁ちゃんを手放したくない、ということですか?」
「より率直な言い方をすれば、彼しか実績がないため、彼を手放すことができない、というのが現状なのだ」
桜は真剣な表情でシーダー卿を見つめる。
シーダー卿もその視線をしっかりと受け止める。
そのまま、しばらく緊張感に満ちた沈黙が続いた。
「……仕方がない、か」
桜は呟くようにいうと少し身を引き、シーダー卿に向かって言った。
「そちらの事情は分かりました。どうしても仁ちゃんの力が必要だ、というのであればそれは仕方のないことなのでしょう。ですが、安全には充分に注意して、万が一にも仁ちゃんの身に危険な事態が起こらないようにしてください。よろしいですね」
「もちろんです。我々としても、彼を失うわけにはいかないのですから」
その言葉に頷くと、桜はくるりと仁とアリシアの方に振り向いた。
思わずびくっと震える二人。
しかし桜は優しい笑顔で二人に話しかける。
「仁ちゃん、シーダー卿はあんなこと言ってるけど、本来、仁ちゃんはこの国になんの義務もないんだからね。仁ちゃんは巻き込まれただけの被害者なんだから、いつでも逃げていいの。だから、危ないと思ったらすぐ逃げなさい。いいわね?」
「う、うん、分かったよ、姉さん」
あんまりにあんまりな言い方だと思ったが、事実そうではある。
それに、ここで頷いておかないと桜台風のさらなる暴風化が予測される。それは避けたかった。
桜は次に、アリシアの手を握る。
「アリシアちゃん。本当に申し訳ないんだけど、この子のこと、よろしく頼むわね。後ろのおじさんたちは偉そうなこと言ってるけど、ああいう偉い人達って、はっきり言って現場じゃ全然役に立たないから。現場で仁ちゃんの安全について頼れるのはアリシアちゃんしかいないから。だから、こんな一方的なお願いで申し訳ないんだけど……仁ちゃんのこと、守ってあげてね」
「そんな、一方的だなんてこと、全然ありません。捜査官は今まで私が知らなかった世界をたくさん見せてくれました。捜査官のおかげで、私も変わることができました。私にとっても、捜査官は守るべき大切な人です。絶対に守り切ってみせます」
「……ありがとう、あなたが補佐役でよかった」
女性二人がしっかりと手を握り合って、お互いに目に涙を浮かべて見つめ合っているいる姿は感動的ですらあった。
その後ろで役立たず扱いされた偉い人二人が精神的ダメージを受けていたが、仁は敢えて見ないことにした。
こうして、一応ではあるが、保護者である桜の許可を得て、仁は改めて、特別捜査局の捜査官として活動することになったのである。
「それで、サクラさんは急にこちらの世界に来たわけですが、彼女の部屋はどうすればいいでしょう?」
「今君たちが住んでる家にまだ空き部屋があるから、そこでいいんじゃないか?」
「分かりました」
そういえば桜姉さんの住む所はどうしよう、と仁が思っているうちに、アリシアとシーダー卿の話し合いであっさり決まってしまった。
まあ仁としても異論もない。これで外食続きの生活からもおさらばできるわけだし。
そう暢気に思っていた仁は、次の桜の言葉に固まった。
「へえ、今二人って一緒の家に住んでるんだ。年頃の男女が一つ屋根の下で生活して、何かトラブルとか起きないの?」
起きないも何も、ついこの間風呂を覗くという大失態を犯したばかりである。それが事件解決の糸口になったとはいえ、大失態には違いない。
隣を見ると、アリシアも真っ赤になって俯いている。
「ん、もしかして何かあったのアリシアちゃん。このケダモノに何かされちゃった?」
言うに事欠いて従弟をケダモノ扱いである。とはいえ覗いたのは事実である。このままでは桜台風が今度はこっちに向かいかねない。
そう思って仁は慌てて話題を変えた。
「そ、そういえばゲーリング警部は一体ここで何をしているんですか? シーダー卿に直接報告するようなことでもあったんですか?」
そう言うと、ゲーリング警部は唸るような声を上げ、しばらくシーダー卿の方を見ていたが、やがて仁の方に向き直った。
「正式にシーダー卿に依頼してからのつもりではあったが……ジン・オーツカ。お前たち特別捜査局の力を借りたい事件が発生したのだ」
ゲーリング警部のその言葉が、仁たちを新たな事件へと巻き込む発端となったのだった。
桜さんが大暴れしましたが、彼女は仁が絡まなければ普通の人です
参考文献
アーサー・コナン・ドイル「踊る人形」[1903]




