第十三話 魔法警察の解決
「さて、次はどうしましょうか、捜査官?」
部屋を出たアリシアの質問に、仁は少し考えた。
死体発見時の状況はおよそ分かった、刑事同士の共謀も可能性は低そうだ。
他に調べられることは……
「あ、支配人のバットレイ氏に会おう。刑事の証言の裏付けを取る」
そう言って仁はフロントに向かった。アリシアも「はい」と頷いて後に続く。
フロントの女性に身分証明カードを見せ、支配人のバットレイ氏に尋問をしたいと話すと、なぜかフロントの女性は真っ青になって奥に引き下がっていった。
「なんか悪いこといったのかな?」
「尋問自体の評判がよくないようですね」
「なんか新しい名前考えようか、特別捜査局専用の」
「……それに何の意味が?」
「言葉のイメージって大切だよ?」
「はあ……」
そんなやり取りをしているうちに支配人のスター・バットレイが現れた。
既に老境に入っているのだろう。頭は白髪に覆われている。口髭も同じく真っ白である。
対照的に顔色は浅黒く、顔中の皺に苦労が刻みこまれているようだった。
目はアリシアと同じ緑色だが、こちらは柔和な光をたたえている。
「特別捜査局の捜査官が御用だとか。さて、この老人になにをお聞きになりたいので?」
「ちょっと事件に関して聞きたいことがあるんです。バットレイさんは死体発見時に一緒にいたということで、刑事さんの証言の裏付けをいただきたいなと」
「ほっほっほ。そうですか、またわしはしょっ引かれるのかとてっきり」
「まさか。尋問はどちらで行ないますか。そちらの都合のいい場所で構いませんが」
「そうですな、では私の執務室でどうでしょう」
「了解しました」
そんな会話を交わしながら、仁とバットレイは彼の執務室に入る。アリシアは無言で彼の後に続いた。
執務室は簡素な事務机が一つ、それに付随した椅子が一つ。客用の椅子が三つあり。事務机の両脇には観葉植物が置いてあった。
また、事務机の後ろは窓になっているが、バットレイの身長と同じくらいの高さにある。
執務室で椅子を勧められ、三人がそれぞれの椅子に座ると、尋問が始まった。
「ええと……では尋問を始めましょう。証言は証拠として取り上げますので気を付けてください」
「……どんどん形式からかけ離れてますけど、もういいです」
諦めきったアリシアにバットレイはほっほと笑う。
「随分面白い方ですな」
「ええ、それはもう。彼のおかげで私も大分変われそうです」
「嫌味かそれは?」
「いえ、褒めているつもりですが」
仁は疑わしそうな目でアリシアを睨む。アリシアは澄ました顔で手帳を取り出し、メモを取る準備を始めた。
バットレイは二人を見て愉快そうに笑っている。
「ではまず、お名前と年齢を」
「スター・バットレイと申します。63歳になります」
「このホテル『星の泉』の支配人ということでよろしいですね?」
「その通りです」
ここで仁は一度咳払いをした。ここからが本番だ。
「では、事件発生時の状況についてお尋ねします。まず、フロントに普通警察の刑事が降りてきて、あなたに404号室を合い鍵で開けてくれるようにと要請した、と言っていましたが、事実ですか?」
「より正確にはフロントの担当者に私を呼んでくれ、と言われました。かなり大きな声だったので、私が合い鍵を取って四階に向かった時には食堂の方から顔を出している方もいましたな」
「ちょっと待ってください!」
そこで仁は鋭く話を止めた。重要なことを聞く必要があったからだ。
「7時といえば夕食時でしたが、やはり大食堂は混んでいるものですか?」
「そうですね、この時期は魔演祭で混みますし、あの時間帯はスタッフも含めれば20人はいるのが普通ですな」
「ちなみに大食堂の壁は全面ガラス張りでしたが、夜間でも外の景色は見えますか?」
「ええ、特にこの時期は魔演祭でかき入れ時ですので、魔法灯のオブジェなどを庭に配置して、お客様を楽しませるようにしていますが……それが何か?」
「いえ、大したことではありません」
バットレイとアリシアが揃って首を傾げているのを見て、仁は少しだけ笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「この時リチャード・ホーソーン氏が個室食堂にいたと主張されていますが、彼の姿は見かけましたか」
「……いえ、個室食堂からは誰も顔を出していなかったと記憶しています」
「そうですか、ではもう一つ。404号室の合い鍵を以前に使ったのはいつになりますか?」
「……お答えしかねます。少なくともこの一年は使っていないことは確かです」
「……ありがとうございました。では続きを」
仁は一瞬アリシアに目配せをした。今度はアリシアも仁の意図を汲み、しっかりと頷く。
「茶髪の背の高い刑事さんと一緒に四階まで上りました。この歳だと階段の上り下りも苦で、結構時間がかかってしまいましたが。ドアの前には金髪の大柄な刑事さんがいて、彼の指示で鍵を開けました」
「ちなみにバットレイさんも魔法使いとのことですが、固有魔法を見せていただけますか」
「ええ、構いませんよ」
そう言うなり、バットレイは右手をかざす。ゴルフボールほどの大きさの氷が現れ……そのまま机の上に落ちた。
「もともとあまり魔力は多くないのです。それでも昔はもう少し氷の動きが操作ができたのですがね。歳と共に魔力も衰えるようで」
「なるほど、ありがとうございました」
仁は魔法警察が彼を容疑者圏外に置いた理由が分かった。
魔力の少ない小柄な老人。しかも犯行時はフロントの奥の執務室にいることが確認されている。
一応執務室にも窓はあるが、バットレイが乗り越えられる高さにも見えないし、仮に抜け出せたとしても、その後404号室まで行く方法もない。
それらの障害を越えたとしても、この魔力では死体を焼きつくすことができるか甚だ怪しい。
「それでは事件発生時の話に戻ります……ドアを開けた後、刑事二人は部屋に入り、あなたは部屋の外に残られた。間違いないですか?」
「ええ。むしろ二人は、私が部屋に入ることを警戒しているようで、時々こちらに目を光らせていました」
「なるほど、部屋に入ってからの二人の行動は?」
「まず一人がクローゼットを開けて中を確認しました。その後、二人が入れ替わるようにしてもう一人も中を確認しました。次に机の下、ベッドの下を同じように確認しました。鞄については二人とも『開かない、魔法が掛かっている』と言っていましたね。最後にシャワールームの方に向かいましたが、そちらでも入れ替わりをしたようです」
「二人がシャワールームにいた時間は?」
「ものの数秒、といったところでしょう。その間も私が部屋に入っていないか、刑事さんが一度こちらをちらりと見たのを覚えています」
「分かりました。その後、バットレイさんは茶髪の刑事さんと一緒に魔法警察に連絡に行かれたとのことですが」
「部屋にも魔法通信装置はありましたが、金髪の刑事さんが私が部屋に入ることを許されなかったので、フロントの魔法通信装置を使いました。下りるのも大分難儀しましたが」
「魔法警察への連絡後は?」
「従業員に事件が起きたこと、魔法警察の取り調べがあること、お客様には最低限のことだけお知らせして落ちついていただくようにとの指示を出しました」
「なるほど。支配人としての仕事を行なったと」
こうして話を聞くと、死体発見時の支配人と刑事二人の証言に齟齬はない。全員が揃って嘘をついているようにも思えない。
「……とりあえず、今聞きたいのはこれくらいです。ありがとうございました」
「どうも。お役に立てましたかな」
「ええ、重要なことがいくつか分かりました」
仁はバットレイに一礼して、執務室を後にした。
「結局、普通警察の刑事と支配人からは何も得られませんでしたね」
ロビーでアリシアはそう言ったが、仁は首を振った。
「そんなことはない。いくつかの可能性が否定された、というのは大きな進歩だよ」
「なるほど、そういう見方もありますか」
そういうアリシアの横顔に差し込む夕日は既に大分暗くなっている。間もなく日が暮れるだろう。
「昨日の今日だし、今日の捜査は切り上げて、そろそろ帰ろうか」
「そうですね、今日はどこで食事を取りましょうか」
「任せる。っていうか俺はこの街をほとんど知らないんだから」
「それもそうでした」
コンビとしての絆を深めつつある二人は、軽口を叩き合いながらホテルを後にした。
彼らはもちろん、このとき魔法警察がどのような捜査を進めていたかなど、知る由もなかった。
翌朝、二人が朝食を取っていると、食堂の魔法通信装置が鳴りだした。
近くにいたアリシアが受話器を取る。
「はい、こちら特別捜査局……あ、シーダー卿! おはようございます! このような朝早くから何を……え、魔法警察が犯人を逮捕!? いえ、我々は何も聞いていません……はい、魔法学校が終わりましたらすぐに……え、直接?……はい、分かりました。ありがとうございます。では直ちに捜査官と共に警察省に向かいます」
会話を終えたアリシアは驚きに顔を引きつらせながら仁の方を向いた。
「魔法警察が昨夜、ホテル従業員のミリー・ブライトという人物を犯人として逮捕したそうです。捜査官は何かご存知でしたか?」
「魔法警察が逮捕!? いや、何も聞いてないけど」
「そのことについてシーダー卿から話があるそうです。魔法学校への報告はシーダー卿から行なっていただけるとのことで、これから二人で警察省に向かうことになりますが、良いですか?」
「了解。俺としても、魔法警察がどういう解決をしたのかは興味がある……ミリー・ブライトか。どこかで出てきたような……?」
そう呟く仁を尻目に、アリシアは既に魔法通信装置で馬車を呼び出していた。
三日ぶりの警察省大臣の執務室は全く変わっていなかった。いや、机の上の書類が少し変わっているようだが、仁には違いは分からなかった。
「朝早くから済まないな、二人とも」
「いえ、こちらとしても放っておけないことですから」
シーダー卿の言葉に仁は鋭く答える。
「そう言ってもらえると助かる。では、まず二人に確認したいのだが、魔法警察が逮捕したホテル従業員のミリー・ブライトという名に聞き覚えはないかね?」
「どこかで出てきたと思います。ただ、少なくとも容疑者として扱ったことはありません」
仁の答えに「そうか」と頷くと、シーダー卿はぐったりと椅子にもたれかかった。
「つまり、君たちの指示で逮捕したわけではないのだね?」
「はい。一体どういう経緯で、魔法警察はそのミリー・ブライトを逮捕しようと考えたんですか」
仁の問いにシーダー卿は頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「ハワード・ハミルトンが殺される直前のことだ。ハミルトンのいる404号室のベルが鳴り、それにミリー・ブライトが応対をした。彼女は部屋に入ったが、しばらくすると、まるで逃げ出すように部屋から出ていったそうだ」
「その証言はどこから?」
「ホテルの従業員からだ。それと、ミリー・ブライト自身もハミルトンに怒られて追い出されたと喋ったらしい」
「しまった。それを聞くのを忘れていた」
証言の取り忘れに仁は臍を噛んだ。
「でも、それがなんで逮捕に繋がるんですか? 今の証言だと、ミリー・ブライトがハワード・ハミルトンに脅されて部屋から逃げ出したようにしか思えませんが」
アリシアの疑問に、シーダー卿は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「魔法警察はこう考えているのだよ。実はミリー・ブライトは『タレント』持ちで魔道具で彼の衣服に火を付けた後、怖くなって逃げ出した。鍵を閉めた後、ハミルトンはしばらくそれに気づかなかったが、気づいた時には全身に火が回って手遅れだった、とね」
「無理がありすぎる」
仁はその仮説を一言で切って捨てた。
「大体、火炎放射の魔道具を使われて自分に火がついてないか確認しないなんてありえない。鍵を閉めた後でそれに気づいたなら真っ先にいくべきはシャワー室だ。それに、自分が『黒薔薇騎士団』に襲われていることからみても、彼らの存在が関わっている。そんな偶然の上に成り立った犯罪には思えない」
「魔法警察はミリー・ブライトを『黒薔薇騎士団』の一員で、今まで『タレント』を隠していたのだと主張している」
「そんなのタレント検査をすれば分かることでしょう」
「魔法警察の上層部を通して伝えたんだが、ゲーリング警部がその必要はないと頑固に突っぱねているようでね……」
ため息をつくシーダー卿に、仁は心底同情した。野心に溢れるのはいいが、最低限の調査くらいはやっておくべきだ。
「分かりました。こちらでミリー・ブライトと接触して彼女のタレント調査を行ないます」
「すまないが頼めるか。……組織を分けたことがこんな形で役に立つとはな」
シーダー卿の苦笑を背に、二人は警察省大臣の執務室を後にした。
魔法警察本部は警察省からほど近い所にあった。意外というか、二階建ての小さな建物である。
「魔法使い自体が少ない上に、対魔法使いの戦力になるほどの魔力を持つ魔法使いとなるとさらに少ないですから。規模自体は小さいんです」
アリシアの説明に頷いて、魔法警察本部の扉の前に立つ。
「なんだお前は」
「特別捜査局の局長兼捜査官のジン・オーツカです。ハワード・ハミルトン殺害事件の犯人として逮捕されたミリー・ブライトへの尋問を行ないにきました」
「その必要はない。事件は解決したのだからな」
後ろからの声に振り向くと、そこにはゲーリング警部が立っていた。404号室を見張っていた二人もいる。
「そうですか、では警察省に帰り、シーダー卿に報告します。特別捜査局の捜査をゲーリング警部が妨害した、と」
絶対零度の声でそう言ったのはアリシアだった。あまりの冷たさに仁も思わず一歩距離を取る。
「我々はシーダー卿直轄の組織なのです、ゲーリング警部。そして我々はシーダー卿から直接、ミリー・ブライトへの接触を許可されました。それに逆らうということは……ゲーリング警部、あなたがシーダー卿に直接異議を申し立てたとみなしてよろしいですね」
アリシアの迫力にゲーリング警部は一歩引き、そうしてしまった自分に舌打ちをしたようだった。
「分かった、好きにしろ。だが、魔法警察の結論は動かないからな!」
「ありがとうございます。行きましょう、捜査官」
「お、おう」
アリシアの迫力に飲まれるように仁は頷き、彼女の後に続きながら、こっそりと囁く。
「あそこまで言う必要あったのか? すげー怖かったんだが」
「召喚した日に私のことも捜査官のことも馬鹿にしましたからね。これでお相子です」
ああ、やり返したかったのね。
結構根に持つ性格なんだな、と仁は思い、アリシアを怒らせることは極力すまい、と心に固く決めた。
ミリー・ブライトが拘束されている部屋は、捜査本部の人間に聞いたところすぐ分かった。
特別捜査局の証明カードを振りかざして取調室に入ると、金髪をツインテールにした少女がびくりと震えてこちらを見上げた。
「あ、あの、私……」
「大丈夫ですよ、私たちはあなたの味方です」
尋問では初めてアリシアが声を掛けたが、これは事前の打ち合わせ通りだった。
同性の方が話がしやすいだろう、と仁が提案したのである。
「ミリー・ブライトさんですね。ホテル『星の泉』の従業員の」
「はい、そうです……」
「私たちは『特別捜査局』の者です。こちらが捜査官のジン・オーツカ。私が補佐を務めるアリシア・コールです」
「……魔法警察の人とは違うんですか?」
「ええ、そうですよ」
「……あ、あの、私、魔法なんて使えません! 『タレント』もないし、そもそも『黒薔薇騎士団』なんかと関わりなんてないんです! だから、あの人を殺したりなんか、できるわけなくて……!」
「大丈夫、分かっています。私たちはあなたの無実を証明しに来たのですから」
「ほ、本当ですか……?」
「あなたのタレント調査をしに来たのです」
そう言ってアリシアは、紙とナイフを取り出す。
「ここにあなたの血液を少量付けてください。後は私たちが全て行ないます」
「わ、分かりました」
指示通りに指を少し切り、紙に血をつける。
「これで大丈夫。あなたの潔白は、私たちが証明します」
「……あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
泣きそうな顔で頭を下げる彼女を見ながら、二人はそっとドアを閉めた。
「さて、この『タレント』調査ですが……」
「直接、魔法研究所に持って行こう。魔法警察の手には渡したくない」
「そうですね。私もそう思っていました」
そう言いながら二人は魔法警察を出て目の前にあった馬車に乗り、魔法研究所へ行くように指示を出す。
貴族街の東門を抜け、召喚の行なわれた図書館を横目に見ながら、大通り沿いの魔法研究所に到着した。
研究所の入口で特別捜査局の証明カードを見せると、あっさりと通ることができた。どうやらシーダー卿から事前に連絡があったようだ。
「この血液のタレント調査を行ってください。大至急です」
窓口で証明書を見せながらそう言ったところ、捜査用の研究施設を紹介された。向かって左側、研究所の北側が魔法警察などが捜査用に使う研究施設らしい。
案内通りにしばらく歩くと捜査用の研究施設にたどり着いた。そこで同じ台詞を繰り返す。
「了解しました。調査結果はどちらにお送りすればよいでしょうか」
「そうですね……複数個所に送ることはできますか」
「ええ、可能です」
「では、一通を魔法警察に、もう一通を警察省シーダー卿の執務室に送ってください」
「了解しました。なるべく早く調査結果をお送りします」
「よろしくお願いします」
二人は頭を下げて、魔法研究所を後にした。




