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魔法世界の名探偵  作者: 敷座武雄
第一章 魔法世界の密室殺人
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第一話 魔法世界への旅立ち

「あなたが、『闇を晴らす者』なのですね」


 黒いローブを身にまとった少女の言葉に、大塚仁(おおつか じん)は


「……へ?」


 という、非常に間の抜けた返事をした。


(誰この娘? 危ない人?)


 あまりに奇妙な状況に、仁は目の前の少女を警戒心をもって見つめる。

 客観的に見ればとびきりの美少女と言っていい。

 仁より頭一つは小柄だが、整った顔立ちで肌は透き通るような白さ。腰まで伸びた長い金髪を揺らし、緑色の瞳が仁を真っすぐ見つめている。

 外国の芸能人がお忍びでやって来た、と言われたら多少のおかしさはあっても納得できたかもしれない。

 だが、場所が場所だ。

 ここはとある寂れた市立図書館の二階。

 ファンタジー世界から抜け出してきたような黒いローブを身にまとう、西洋風の美少女がいるにはかなり不自然な場所である。


 そこまで考えて、ふと仁は周りを見回した。

 リノリウムの床にスチール製の棚、まばらに並んでいる本。いつもの図書館だ。

 そして自分はいつものように、休日の朝食を従姉と食べ、ここに小説の物色に来た。

 いつもの休日、いつもの図書館。それだけに、目の前の少女の存在が非現実的なもののように見えてしまう。


「えーと……君は、誰? 俺に何か用?」


 仁はとりあえず、少女の名前と用件を聞くことにした。

 社会人になって数ヶ月、「見知らぬ人間の訪問には、まず名前と用件を聞く」という研修が役に立った、などと今だに現実感を感じられない頭は意味もないことを考える。


「私はアリシア・コール。あなたを『闇を晴らす者』として迎えに来ました」


 返ってきた答えは、またしても要領を得ないものだった。

 彼女がアリシア・コールという名前であることは分かったが、「闇を晴らす者」の意味が分からない。

 こういう訳の分からない人間には関わらないのが一番だ。

 そう考えた仁が踵を返そうとした瞬間、彼女が仁の腕を掴んだ。


「詳しく説明している時間がありません。すみませんが、ついてきてください」


 そのまま彼女は仁を引っ張って歩き出す。


「お、おい、ちょっと、ついてきてって、どこに……?」


 突然の少女の行動に動揺してしまい、仁には彼女を制止する言葉が浮かばない。

 その上、彼を引っ張っているのは自分より頭一つは小さい小柄な少女だ。強引に振り払うのも気が引けてしまう。

 結果的に彼は、謎めいた美少女に引きずられるように、図書館の中を歩き回ることになった。


 何かがおかしい。

 仁がそう気付いたのは彼女に引っ張られて図書館を歩きはじめてから数分後だった。

 仁がいた市立図書館はそんなに大きな建物ではない。3分もあればで図書館の周りをぐるりと一周できるくらいの大きさだ。

 こんなにあちこち歩き回れるほどのスペースはない。


(それに……なんだこれ? 木造の床と、木製の本棚?)


 さらに、目に入る風景が仁に違和感を覚えさせる。

 市立図書館の床は全面リノリウムで、棚は味も素っ気もない真っ白なスチール製だったはずだ。

 こんな古びた木製の本棚や磨き上げられた木の床などどこにもなかった。

 漠然とした不安にかられるままに横に目をやり、棚に置かれた本の背表紙を見た瞬間、仁の背中に悪寒が走った。

 次の瞬間、仁は彼女の手を振り払った。


「……どうかしましたか?」


 相変わらず言葉遣いは丁寧だが、どこか挑むような目つきで仁を見上げる少女、アリシア。

 しかし、今の仁には彼女の様子を気にしている余裕などなかった。

 突然の事態に心臓が跳ね回り、背中に嫌な汗が流れ、脚がガクガクと震える。


「……ここは、どこだ?」


 絞り出すようにそう言うと、後はもう止まらなかった。


「ここは……俺がいた図書館じゃない! あの図書館にはこんな木製の床も、木製の棚もなかった! それに……それに……」


 仁は震える指で真横にある本を指す。

 そこには、仁の知らない文字で書かれた本があった。

 問題は、知らないはずのその文字を彼が読める・・・ということだった。


「なんで、なんで俺はこの本の背表紙が読めるんだ? 俺はこんな文字を知らない! なのに! この本の背表紙に『魔法歴史大全・・・・・・』って書かれているのが分かる! 一体、俺は……!」


 そこまで言ったところで仁の叫びは止まった。いや、正確には止められた。

 アリシアが右手で彼の口を塞いだのだ。


「ここは図書館です。静かにしてください」

「……!」


 この非現実的な状況がなんでもないかのように常識的なことを言われ、仁の頭にかっと血が上る。

 だが、彼が何か言おうとする前に目の前の少女がそれを遮った。


「図書館を出たら説明します。今は私についてきてください」


 そう言うと、彼女は踵を返して再び歩き出した。

 仁は慌てて彼女の後を追った。

 この不可思議な状況を説明してもらうには、彼女の言葉に従うしかなかった。


 本棚の森を抜けるにはさらに数分の時間を要した。

 ここは自分のいた市立図書館に比べてかなり大きいらしい。仁は思考が半ば麻痺した中でそんなことを考えていた。

 「アレクサンドリア王国建国記」「高速馬車時刻表・西部諸都市間及び王都・西部諸都市間」「王国と帝国――戦争と平和――」「セイジ・ミッドヴィル――希代の建築家の足跡――」「勇者ジェミヤン・ロギノフの冒険」「南部諸島観光ガイド」……見たことのない文字で書かれた、知らない本が本棚に並んでいる。

 横目でちらちらと背表紙を眺めながら彼女の後を追っていくと、やがて図書館のカウンターと思われる場所に出た。


(やっぱり……ここは俺のいた図書館じゃない)


 カウンターや閲覧場所にいる男女は皆マントをはおっている。

 服は地味目のものから鮮やかなものまで様々だが、仁に中世ヨーロッパ風の衣装を連想させた。


「こちらが図書館の出口です」


 少女の言葉にはっと振り向くと、彼女はドアの既に近くに立って仁を待っていた。

 仁は一瞬、恐怖に身体を硬直させた。

 このドアを開けたら、何かが決定的に壊れてしまうのではないか。

 直感的にそう思った彼は、しかし次の瞬間、意を決して彼女の方へ歩み寄った。

 無言でドアを開けて図書館の外に出る彼女の後に続く。


 そこは階段の踊り場だった。

 階段は出口から見て左側にあり、右側には壁に窓が二つと、その間に二人掛けと思われるソファが置いてあった。

 当然と言うべきか、床も階段も手すりも全て木製だった。

 壁はレンガ造りで、仁のいた図書館のようなコンクリート製でないことは確かだった。

 階段にも踊り場にも二人以外に人影はない。

 踊り場の中央まで歩いてきたところで、今までほとんど背を向けていた少女が、くるりとこちらを振り向いた。

 その瞬間、仁ははっと息を飲んだ。


(綺麗だ……)


 この状況でそんなことを考えるのは馬鹿げている。そう思っても仁は彼女から目が離せなかった。

 窓から入る光を浴びて彼女の髪は宝石のようにキラキラと輝き、緑色の瞳は強い意志の光を放っている。

 さらに、彼女のまとう黒いローブがその白い肌を引き立てていた。

 魅入られたように彼女を見つめていると、彼女の唇がゆっくりと動いた。


「口で説明するより、実際に見ていただく方が良いと思います。そちらの窓から外をご覧になってください」


 その言葉に導かれるように、仁はゆっくりと手前側の窓に歩み寄る。

 窓にはガラスが入っており、そこから外の風景を眺めることができた。


「……っ!」


 窓の外を見た瞬間、仁は大きく飛び退った。

 今見たものが幻覚か何かではないかと思い、彼女の方を振り向く。


「何が見えましたか?」


 彼女は、まるで仁の反応を予想していたかのような質問を投げかけた。

 仁はそれに答えようとして、身体が震えていることに気づいた。

 目の前の現実を受け入れたくない、悪い夢であってほしい。そんな思いが彼の頭の中を駆け巡る。

 しかし、混乱した気持ちとは裏腹に、彼の口は今見たものを喋り始めた。


「石畳の道路を……馬車が……走ってた……それで……道路の向かいには……高い壁があって……」


 アスファルトですらない道路を走る馬車、道行く人々、道路の両側には街路樹と街灯のようなもの、道路の向こう側に見える高い石造りの壁。

 全てが一つのことを示していたが、それを認めるのはあまりに恐ろしかった。


「そうです。ここはあなたのいた世界とは異なる世界。魔法や魔法使いが存在する、魔法世界です」


 彼女の言葉がダメ押しだった。

 仁は気が抜けたように踊り場のソファに座り込み、自分を見つめる彼女を呆けたように見上げていた。


ファンタジーミステリ始めました。

自分にこの世界を教えてくれたランドル・ギャレットに多大なる感謝を。

更新は今のところ一日一回を目指します。

……ちょっと週二回は終わるまでが長くなりそうなので。

書き溜めが切れたら遅くなります。

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